HVのパイオニアによる普及戦略
どうやらトヨタはそう遠くない将来、「すべてのクルマ(乗用車)はどんなカタチであれ、駆動用モーターとバッテリーを標準装備するようになる」と考えているようだ。
もちろんそれは、短絡的にガソリン、あるいはディーゼルエンジンの終焉を意味するわけではないはずだ。とくに「趣味のクルマ」を考えてみた場合、内燃機関を動力とするものもきっと末永く残ることだろう。
けれども、マニアックな世界を除けば、「自動車技術はやはり『石油はできるだけ燃やしたくない』という方向に進んで行くのは間違いないと思います」と語るのは、プリウスの開発を担当する、とあるエンジニア氏。この期に及んで「原油は地中深くの炭素源から、無尽蔵に生成をされる」(!)という石油無機起源説も再び聞かれるようになる中、「たとえそうだとしてもCO2発生の問題がクリアされない限り、モーターとバッテリーが標準装備化されるという動きを止めることはできないはず」と氏は断言する。
仮に石油の枯渇問題がクリアになったとしても、もはや内燃機関のユートピアという時代には戻れないというのが、少なくともトヨタの読みであると言って良いように思う。
とは言え、より現実的に「今この瞬間」に目をやると、個人のモビリティの手段として普通に購入ができて、毎日普通に使うことができるものの中での最先端を行くのは、やはりガソリンエンジンと電気モーターを運転状況に応じて自動的に使い分けるいわゆるHV(Hybrid Vehicle=ハイブリッドカー)ということになりそうだ。
そして、そんな一般市販型HVのパイオニアであるトヨタは、このタイミングでどうやらそのさらなる普及の戦略面で新たな段階に足を踏み入れつつある。先日発売されたハリアー/クルーガーHVや、まもなく登場となるレクサスGS HVに目をやると、そんな思いを強く抱かされる。「HVは、単に燃費が良いだけのクルマではない」というのが、このところのトヨタの大々的なアピール戦略であるように思えて仕方がないのだ。
プリウスは「エコ・リッチ」、ハリアーは「パワー・リッチ」
1997年に「21世紀に間に合いました」のキャッチフレーズと共に誕生した初代プリウスは、ご存知のように10・15モード燃費28km/Lというデータを根拠とした、「従来車比2倍相当の低燃費」が最大の売りもののクルマだった。このモデルにとって最も重要なポイントは、従来車に比べて、いかにエコ性能が優れているかという点に集約されていたわけだ。
ところがトヨタのハイブリッド戦略は、燃費面での話題だけには留まっていなかった。それは、SUV初のハイブリッドモデルとしても話題になったハリアーHVに乗り込み、アクセルペダルを軽く踏み込んでみれば、誰もがたちまち納得できるだろう。
ハイブリッドシステムの搭載により、車両重量は1.9トンを超えてしまう重量級のハリアーHVではあるが、「プリウス比で軽く2倍以上」というシステム出力ゆえに、その加速は強力そのものだ。低回転域になるほどに強力というのが電気モーターの基本特性であるだけに、とくに日常シーンでの力強さがことのほか印象に残るのがハリアーHVの走りのテイストだ。
プリウスの場合、「エンジンの燃費効率の悪い領域を電気モーターで補う」というエコ・リッチの考え方で用いられているハイブリッドシステムを、ハリアーHVは「エンジンの出力効率の悪い領域を電気モーターで補う」というパワー・リッチな使い方で用いているという印象がとても強い。「各モデルのトップグレードには、基本的にハイブリッドモデルを必ず設定する」と明らかにしているレクサスの場合、そんなパワー・リッチの考え方がさらに加速すると予想される。
FRレイアウトのHVの場合、減速時の後輪グリップ力低下の懸念から回生ブレーキ力をFF、もしくは4WDモデルほど高くは設定しづらいという読みも成立する。となると、「FRレイアウト採用のHVは、必然的にパワー・リッチのセッティングとした方がやりやすい」という見方もできるわけだ。エンジン出力に対し、相対的なバッテリー容量がある程度大きくないと燃費型のシステムは成り立たないはず、という意見もある。
リアシート下をすべてバッテリーのためのスペースに使えたハリアーHVに対し、セダンであるレクサス車のパッケージングがバッテリー用のスペースを確保するのが難しいことも、ハイブリッドシステムがさらなるパワー・リッチなセッティングとなることを予想させるひとつの根拠だ。
少なくとも、FRレイアウトを採用するレクサスブランドのハイブリッドカーは、かつてないほどに高度な加速性能をアピールするモデルとなるに違いない。そして、おそらくは『GS450h』以上に強力なエンジンとシステムを組み合わせる次期LSのHVは、そうした傾向がより強まって世界中が驚愕するほどの動力性能の持ち主として仕上げられるのではないだろうか。
HVには大きな進化の可能性がある
と、そんなことを考えながら、マイナーチェンジが行われたプリウスをドライブしてみる。今回のマイナーチェンジのメニューには、ハイブリッドシステムのリファインは含まれなかった。が、サスペンションの取り付け部周辺などを中心にボディ補強が施され、それに合わせたサスペンションセッティングの見直しなどが行われたおかげで、乗り心地や静粛性面の向上を筆頭に、全般的な走りの質感により磨きがかかったのが特徴だ。
施されたそうした補強策が、走りの質感向上に大きく寄与をすることは、「現行モデルのデビュー以前に認識できていた」とのこと。しかし、それでいながら、そうしたデビュー前に処方を行うことができなかったのは、「当時の解析ではそれにともなう重量増が2ケタkgになると予想していたため」であると言う。
実はプリウスの場合、35.5km/Lという10・15モードでのチャンピオンデータを叩き出すのは車両重量値が1260kgという『S』グレード車のみ。試験時に課されるシャシダイナモ上の負荷が車両重量+110kgという重量数値で決定される日本のモード試験の場合、車両重量が1265kgを超えると1クラス上の負荷が適用されるため、たとえば1280kgの『G』グレード車では、モード燃費値は33.0km/Lへと低下をするのだ。つまり、当初に予想された2ケタkgに及ぶ補強策を採用すると、「35.5km/Lはマークできなかった」というのが現行プリウス。
ちなみに、後の解析技術の進歩などにより、今回のマイナーチェンジで補強に用いられたパーツ類の総重量は「1.5kgほどで済んだ」とのこと。カタログ上でのマイナーチェンジによる重量変化はプラスの10kgだ。
やはりウイークポイントとされていた、やや曖昧なステアリングフィールを改善すべく、インパネまわりの補強パーツなども板厚や材質の変更などが実施された。確かによりシュアな感覚を増したという実感はあるが、しかしそれでも、まだ路面とのコンタクト感は若干希薄であり、こちらの方はまだまだ改善の余地アリという印象を受けた。
それにしても、こうしたこのところのトヨタの動きを見ていると、HVの持つ無限なまでの可能性に圧倒をされるほど。様々な要素技術の集合体でもあるのがHVであるだけに、それだけ大きな進化の可能性も秘めている……ということなのだろう。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年1月号より)
トヨタ プリウスS(2005年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4445×1725×1490mm
●ホイールベース:2700mm
●車両重量:1260kg
●エンジン:直4DOHC
●排気量:1496cc
●最高出力:77ps/5000rpm
●最大トルク:115Nm/4200rpm
●モーター最高出力:68ps/1200-1540rpm
●モーター最大トルク:400Nm/0-1200rpm
●駆動方式:FF
●車両価格:231万円(2005年)