「クール」なのがA8のセールスポイント
ドイツを代表する巨大企業集団であるフォルクスワーゲングループ。コンパクトカーを得意とするシュコダやセアト。ニッチなスーパースポーツカー市場に攻勢をかけるランボルギーニ。さらには、長い歴史が育んできたヒストリー性を武器に現代という時代を生き抜こうとするベントレーやブガッティなどなど、今や数多くのブランドを擁するこのグループ内にあって、アウディは本家であるフォルクスワーゲンと共に、まさにこのグループの屋台骨としての役割を受け持つメジャーなブランドだ。
実際、このところのアウディAGの業績は、企業規模としては先輩格にたるフォルクスワーゲンのそれすらも霞んでしまいかねない好調を維持し続けている。2005年度には生産/販売台数と売上高で、いずれも「記録的な水準」を達成。中でも全世界での販売台数は「10年連続の更新」が報告されている。
そうした好調ぶりを受けて製品づくりに対する投資規模もさらに拡大。「今後3年間で少なくとも6つのニューモデルを発表する」と明らかにするなど、「投資資本の3/4は新製品のために注ぎ込む」と意欲を燃やすのが現在のアウディの状況だ。
こうして、世界のマーケットで時を追うごとにますます好評をもって迎えられるようになっているのは、やはりこのブランドが用意する様々なプロダクツが、年を追うごとに魅力あるものへと成長しつつあることの証と受け取るべきだろう。もはやアウディの各車をかつてのように「フォルクスワーゲンの上級版」と受け取る人は世界的にも少数派であるはず。アウディは、すでにメルセデス・ベンツとBMWという両巨頭と並ぶまでに、そのブランドイメージ押し上げることに成功しているのだ。
かくして、世界的にそう認識されるようになって久しいアウディブランドが、リリースをするラインナップ中で、名実共にフラッグシップのポジションに位置づけられるのがA8シリーズだ。
5mを超える全長とほぼ1.9mという全幅は、メルセデス・ベンツのSクラスやBMWの7シリーズと「まさに双璧」という大きさ。ホイールベースとリアドア部分のボディを延長し、全長が5.2m級というロングバージョンをカタログに加えるのも三者で同様の商品戦略だ。
しかし、そうしてお互いを意識したクルマづくりを行いつつも、Sクラスや7シリーズとはあえて完全に同じ土俵には上がらない、という手法を採るのはいかにもアウディ流儀だ。ともすれば、前述した両巨頭がお互いに持てる力で相手を屈服させるというスタンスでの戦いを繰り広げる中、それよりもオーナーに「より『クール』なクルマを選んだ」と実感させるやり方で攻め込んで行くというのが、アウディなりのテクニックと言えそうだ。
新世代アウディ車の文字通りの顔であるシングルフレームグリルを採用したA8のフロントマスクの押し出し感は、新しいSクラスや7シリーズと並べて見ても負けず劣らずの強さ。同様のモチーフによる顔付きを採用することで、遠目にはラインナップ内のどのモデルかを瞬時に見分けにくい、という懸念は残るもののファントム・ブラックなる漆黒色に塗られたテスト車の佇まいは、さすがに大型リムジンゆえの迫力と威圧感が一杯だった。
一方で、そんな今回のテスト車が標準車より全長とホイールベースを130mmずつ延長したロングバージョンであったにもかかわらず、高級リムジンとしての風格を醸しつつも退屈な間延感などを抱かされることがなかったのは、オプション設定のシューズを履いていたことと無関係ではないだろう。
何しろ、今回のA8L 6.0クワトロが履いていたのは9J幅のアルミホイールに275/35ZR20(!)というタイヤの組み合わせ。特に、20インチという大径ホイールがボディサイドの面積の大きさを中和し、車両全体を必要以上に大きく見せるのを防いでいた効果は見逃せない。
こうして、風格やサイズ感、あるいは塗装の鮮映性などといった外面上では決してライバルに見劣りすることのないA8が、しかしそうしたクルマたちとは異なる自らの個性をアピールする最たるものがハードウエア部分に存在する。
その代表はもちろんASFすなわち、Audi Space Frameと呼ばれるオールアルミによる独自のボディ構造。大型の鋳造コンポーネンツや押し出し成型品を多用して構築されていた初代モデルのそれをさらに大きく進化させた新型A8のそれは、まずは「静的なねじれ剛性を60%、動的な固有振動数では40%アップさせた」という基本的ポテンシャルをアピール。ボディシェルの重量が「同型スチールボディ比で半分に過ぎない」というのも大きなセールスポイントになる。
実際、6Lの12気筒エンジンを積んだA8L 6.0クワトロの車両重量は、(S600ロングが日本未発売なのでヨーロッパ仕様車同士でスペックを比較すると)メルセデス・ベンツS600ロング比で185kg、BMW 760Li比では260kgも軽量というデータを叩き出している。
コンパクトなW12ならではメリット
ところで、そんなASFにも匹敵するA8の技術面での見どころは、トップモデルである6.0クワトロが搭載するそのエンジンにもある。ライバルと目されるSクラスや7シリーズ同様、トップエンドのモデル用に用意をされる12気筒のユニットは、しかし、そんなライバルが搭載するV型12気筒に対して、W型12気筒という孤高のデザインを採用。
「W型」なる呼称は、フォルクスワーゲングループが誇るバンク角がわずか15度という狭角V6エンジン2基を72度の角度で合体させるという構造を採り、見掛け上はシリンダーがW型に並ぶというのがその由来。クランクピンをオフセット配置とすることで等間隔爆発を実現させたこのエンジンは、全長513mm、全幅690mmと、「V8エンジンとほとんど変わらないサイズを実現」というのが最大のセールスポイントで、これにより初めて「12気筒エンジンとフルタイム4WDというメカニズムの組み合わせが可能になった」というのがアウディの説明になっている。
ドア部分にアルミ材を用いると、その開閉フィーリングがどうしても軽々しく安っぽいものとなりがちで……と、そんな理由からもこの部分の材料置換には消極的な意見を述べるメーカーもある中で、A8の実際のタッチはドアハンドルの操作感も含め、「アルミ製ボディだから」などというエクスキューズは一切必要としない。
それどころか、全てのドアにパワークロージャーが装備される今回のテスト車では、軽くラッチをかみ合わせた半ドアの状態を作り出せば、そこから先はほとんど無音で完全なロック状態まで面倒見てもらうことが出来た。
スカッフプレートに刻まれた「W12」のロゴを目にしながら、こうして丁重な歓迎ぶりで迎えられるキャビンの仕上がりも、さすがにどこをとっても素晴らしいのひとことだ。まるで「吟味をし尽くされた木目とレザー、そして装飾用のアルミ材のみを用いて仕立てられているのではないか」と思えるほどに高質感タップリなこのインテリアは、1660万円というその価格が誰にでも素直に納得出来るフィニッシュレベルの持ち主と表現しても過言ではないはずだ。
シートやドアトリムなどにいかにも丁寧に入れられたステッチ。そして磨き抜かれた木目のパネルや各種スイッチ類の操作タッチなども、いずれも最高級車と呼ぶに相応しい雰囲気を盛り上げてくれる重要な要素。ルーフライニングにも人工皮革であるアルカンタラを用いるなど、隅々まで手を抜かない仕立ての良さも、このクルマならではの質感の高さを演じる大きな一因だ。
パイピング処理が施されたシートのデザインは、とかくビジネスライクな雰囲気となりがちな多くのドイツ車のインテリアとは、異なる温かみをアピールするひとつの要素。現代のマスプロダクションというシステムを象徴する量販車としてのインテリアではなく、ひとつひとつの部分にいかにも人手が携わったという温もりを感じさせてくれるのが、A8のインテリアの特徴だ。
夜間のインテリアの雰囲気づくりの巧みさもまた、A8のセールスポイントになっている。ドアトリム全面をほのかに照らす間接照明のアンビエンスライトはV8エンジン車以上に標準装備。さらに、LED光源によって足元をさりげなく照らすフットランプも、やはりV8エンジン車以上に標準装備となる。
こうして、闇の中に質感の高いインテリアのデザインがスポット的に浮かび上がるさまは、高い対価を支払ったオーナーの満足度を巧みにくすぐるに違いない。
一方、照明といえば現在考えられる最先端のテクノロジーが満載されているのがこのモデルの走行用ライトシステムでもある。光軸を進行方向へと振るアダプティブメカはもちろんのこと、70km/h以内の速度でのきついコーナリングや右左折時にさらに近接部分を照らすための専用インジケーターライトもヘッドライトユニットの中に装備。ロー/ハイビーム双方にキセノン式のヘッドライトを採用することと相まって、いかなる条件下でも最適の視界を確保しようという取り組みは、路面や気象条件に関わらず最善の走行性能を確保しようというクワトロシステムに対する考え方にも通じる部分があると、ぼくにはそのように思えてしまう。
ところで、こうしたカテゴリーのクルマのテレマティクス機能の充実ぶりには昨今、目を見張るばかりだが、多分に漏れずもはや一筋縄では覚え切れないほどに多彩な機能を誇るこのクルマのそうしたシステムをサポートする重要なアイテムがMMI(MultiMedia Interface)だ。
センターコンソール上に置かれた操作ターミナルと、ダッシュボード中央の木目パネル内からリトラクタブル式で現れる7インチのディスプレイから成るこのアイテムは、こうしたシステムの先駆者であるBMWのiDriveや、逆に後発である最新のメルセデス・ベンツのコマンドシステムとの比較でもいまだに優位性を失わないもの。
ジョイスティックタイプのロータリースイッチと、それを囲む4つのコントロールスイッチ、さらにそれらを挟むようにレイアウトされた8つのファンクションスイッチから構成されるA8のシステムは—操作に対してディスプレイ上の表示変化が遅れ気味であったり、操作そのものはブラインドタッチが可能でもディスプレイに目をやる必要は欠かせなかったりという課題は残すものの、表示系と操作系との整合性が理解しやすく、「説明書ナシでも大抵の操作は行うことが出来る」という点で、この種の数あるシステムの中でも世界のトップランナーを行くものだと評価したい。
重厚だが走らせれば軽快そのもの
パワーウエイトレシオがわずかに4.7kg/psというだけあって、全長5.2m級の巨体にもかかわらずA8L 6.0クワトロの加速感はさすがに逞しい。弟分であるA6がモデルチェンジによって大きな成長を遂げ、「もはやA7と呼んでもおかしくないほどにA8へと接近してきた」とは言われるものの、それでもこうして単に加速を試みただけでも、そのダイナミズムにはやはり一線の隔たりがあることを実感させられる。
一方、こうしてフラッグシップサルーンに相応しい重厚さをアピールしつつも、同時に「それだけではない軽快さ」をも演じるのは、Sクラスや7シリーズとは異なる走りの感覚で興味深い。
たとえば、日常シーンでは力強く踏みつける必要などまずないアクセルペダルをあえてことさらに深く踏み込んでみると、排気量が6Lもあるとは到底思えないほど軽やかに高回転域まで回るエンジンフィールもそうした感覚を生み出すのにつながっている。さらに走りのペースを徐々に増しても、フロント軸重が1250kg (!)もあるとはとても思えないほどに「オン・ザ・レール」の挙動をキープしようと頑張るハンドリングの印象にも、やはりそんな感覚がある。
同様の走りのシーンであっても、時にむしろA6の方にフロントヘビーなテイストが垣間見られたりするのは、ASFにW12エンジン、そしてクワトロシステムと凝ったテクノロジーを惜しまず採用し、より高い理想郷へのこだわりを持つ兄貴分としての意地の表れということかも知れない。
やはりA8には、フラッグシップモデルならではのストーリー性や独特のオーラが備わるのだ。このあたりが、サイズ的にはA8に近付いてはいても、いまだにより合理的なクルマづくりの姿勢で構築をされているA6との大きなテイストの違いにつながっているということだろう。
もちろんA8の場合も、走りのシーンに関わらず常に安定した接地感を提供してくれるという点では、やはりクワトロシステムの貢献度が大きいはずだ。前述のように、直接的なライバルであるSクラスや7シリーズには4WDモデルが設定されていないから、日本の北海道や東北地方のみならず、冬の厳しい世界のマーケットでは「そうした季節には圧倒的なポテンシャルを放つ唯一無二の高級リムジン」としてもてはやされても何の不思議もない。
言うなれば、一級ショーファードリブンとしても用いることの出来るモデルとして、唯一4WDシステムを採用するのがA8でもある。もっとも、走りのダイナミズムも明確に売り物とするA8の場合、それがいかにロングバージョンといえどもその「特等席」と言えるのが、リアシートであるかドライバーズシートであるかは最後まで議論の的となりそうだが……。
もちろん、そんなA8というモデルとて、完全無欠なクルマというわけではない。たとえば、路面の変化に対するノイズ変化は大きめで、特に首都高速に見られるような路面の継ぎ目に対しては、やや尖った波形のショックを伴った高周波のノイズをダイレクトに伝えてしまうあたりは、「あるいはボディのアルミ構造ゆえのウイークポイントか……」とそんな想像も出来てしまう部分。ライバルに負けじ、とばかり採用をした電動式のパーキングブレーキも、その作動時のノイズは「とても高級車のそれとは思えない」といった不満のポイントも存在する。
ルックスの良さには多大な貢献をしている例の20インチのオプション・シューズも、機能面からみれば「いくら何でも……」という感は否めない。パターンノイズ、空洞共鳴ノイズは共に大きく、それは現在開発の終盤に差し掛かっているはずの次期レクサスLSの開発チームだったら卒倒をしてしまいそう(?)な水準だ。
けれども、そうした独創的クルマづくりにチャレンジして行こうという姿勢が、またこのブランドの価値を生み出していると言っても良いだろう。A8に限らず、メルセデス・ベンツ/BMWとはまた異なったベクトルによるアウディ・クオリティを構築して行こうというスタンスが、現在のこのブランドに対する人々の支持にもつながっているはずなのである。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年5月号より)
アウディA8L 6.0 クワトロ (2006年) 主要諸元
●全長×全幅×全高:5185×1895×1450mm
●ホイールベース:3075mm
●車両重量:2100kg
●エンジン:W12DOHC
●排気量:5998cc
●最高出力:450ps/6200rpm
●最大トルク:580Nm/4000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●車両価格:1660万円(2006年当時)