ドライバビリティの高さ、覆されたこれまでの常識
これからはターボで過給したエンジンが増えていくかもしれない。335iクーペのファーストインプレッションは、そんなことを予感させるのに十分な驚きに満ちていた。ターボはレスポンスが悪い、ターボは燃費が悪い、ターボのパワーは品がない、ターボはサウンドを楽しめない。そんなことは、もはや20世紀の昔話なのだ。
まず335iクーペのドライバビリティが良いと感じたのは、黙ってドライブすれば、それはほとんど「大排気量エンジン」の感覚だったからである。これは、1300rpmという低回転からなんと400Nmという最大トルクを発揮させるそのエンジン特性が実現してみせたものである。
排気量4Lの自然吸気型高性能エンジンの最大トルクに匹敵する図太いトルクを、1300rpmから5000rpmまでという広い範囲で発揮する。もちろんこれは性能曲線のトルクカーブ上の数値だから、アクセルペダル全開でエンジン回転がサーチュレイトしているときのトルクではある。だからドライブ中は常時、アクセルペダルを踏んだときの余裕を感じることができるわけだ。
そして大排気量エンジンの感覚といっても、ちょっとアクセルペダルを踏んだだけで「バーッ」と出るのではない。あくまでもアクセルペダルの踏み込み量に比例したトルク感である。つまりアクセルペダルを踏み込むほどに、モリモリと力が出るという感触だ。
このエンジンは、1300rpmで最大トルクを発揮するからといって、決して低回転型ではない。レッドゾーンは7000rpmからで、これをオーバーすると作動する燃料カット制御が入るまで回転は軽快に上昇する。回転が上昇するに従って元気が良くなり、パンチが出て盛り上がっていく感じも、いつものBMW流といえる
エンジンコード「N54」が与えられた新型の直列6気筒エンジンはHigh Precision Direct Injection withtwin turbo、日本語で「高精度ダイレクトインジェクションパラレルツインターボエンジン」と呼ぶシステムを搭載する。高圧で貯めた燃料を分配するコモンレール方式で、ピエゾ素子を使ったインジェクターでシリンダー内に直接噴射するスプレーガイデッド式である。
1回の爆発行程で、プリ/メイン/ポストという3回のコントロールされた燃料噴射を行う仕様の最新型だ。また燃焼はリーンバーンではなくホモジニアス(均質)だが、「最終的な目標としてはリーンバーンを目指している」とエンジニアの一人は述べてくれた。
BMWでは760LiのV型12気筒ですでに直噴システムを採用しているが、このN54はシリンダーヘッドの吸排バルブ間の中央にピエゾインジェクターをレイアウトして、より効率を上げたBMWの第2世代にあたる直噴エンジンである。
2基備えるターボチャージャーは、3気筒ずつ(1〜3番シリンダー/4〜6番シリンダー)エキゾーストパイプやマフラーまで排気系が独立した設計で、それぞれに同じサイズの小型タービンを設置している。先に535d用として登場した3Lディーゼルのシーケンシャルツインターボとは、考え方もシステムもまったく異なるわけだ。
小さなタービンを2個使っているということで、レスポンス重視だということが簡単に想像できるし、だからボクがドライブしたときに、これまでのターボエンジンとは違う大排気量エンジンのようだと感じたのだろう。
たっぷりあるそのトルクによって、市街地走行は余裕綽々である。ちょっとした郊外の道も、スイスイと走ることができる。オーストリアのインスブルック周辺の山道を登っていくときも、登坂路だということをドライバーが意識する必要もないくらいだった。
ただしワインディングロードの1速か2速で回るようなタイトターンの立ち上がりでアクセルオフから急激にアクセルペダルを床まで踏みつけるようなときには、ターボラグのようなものを感じた。しかしアクセルペダルを踏み始めた瞬間から加速は始まっている。つまり、エンジン回転がさらに上がってターボの過給圧がもっと上昇すると、最初から発生しているトルクを追いかけるようにさらなるトルクが増してくるのを感じるのだ。
アクセルペダルの踏み始めから「ドン!」と力強い加速感が味わえるM3との違いは、この辺にあるかもしれないと思った。でもエンジン回転数が低ければ、M3といえどもそうは力が出ないかもしれない。この勝負は、日本に335iクーペが来てからのお愉しみにしておこう。
アウトバーン走行はこのエンジンが本領を発揮するときで、一番マッチしている。100km/hでのエンジン回転数は6速AT(6速)では1850rpm、6速MTT(6速)では2200rpmだから、アクセルペダルさえ踏めば高いギアをキープしたままでも最大トルクを発生できる回転数である。100km/hでは、6速ATの4速で2900rpm、6速MTの4速だと3000rpmだから、そのまま6000rpmちょっとまで回せば200km/hを軽くオーバーするところまで、途切れがない胸のすくような加速を味わうことができる。
335iのセダンにはよく乗る機会があるが、335iクーペのトルク感はやはり次元が違う。ただし335iクーペのアクセルペダルの踏み始めのレスポンスは335iほどアクセルペダルに対して敏感ではないから、市街地では335iの方がよりスムーズに走れる感じがした。しかし、335iクーペはアクセルペダルを深く踏み込んでいくほどに、そのトルクの余裕を感じさせるドライバビリティを見せてくれる。
ここでボクが言うドライバビリティとは、エンジン回転数とアクセルペダルのレスポンス、アクセルペダルの踏み込みに対するリニア感という意味だ。いわゆるターボ独特の「低回転域のトルク不足のスカスカ感」はこのクルマにはないのだ。このことがドライバビリティの高さ、つまり走りやすさを感じさせる要素になっている。
ターボは燃費が悪いというイメージがあるかもしれないが、335iクーペのスペックを見ると、EU複合サイクルで100km走行あたり9.5Lだから、日本的な燃費表示では1Lあたり約10.5kmという数字になる。まだ日本の環境で走っていないので何ともいえないが、この太いトルクを発揮できるハイパフォーマンスエンジンとしては、相当に良い燃費だと思う。
特別なスタイリングはクーペとして重要な要素
この新エンジンの特徴は、アクセルレスポンスと燃費だけではない。「音」についても、これまでの常識を覆す。
ターボエンジンは排気エネルギーをターボユニットで活用するので、これまでそのエキゾーストノートはあまり期待できないものだった。良い意味では静かだが、ヒューンというタービンの音やシューッという排気音が目立つのが普通だった。
しかし335iクーペはエンジンをかけたときに「ブォーン」といういい音がする。M3ほどではないが、ノーマルの3シリーズの中では一番大きいのではないだろうか。
さらにタービンのヒューンという音は、壁で音が反射するような場所を窓を開けて走ったときにだけ聞こえる程度で、とても小さい。ターボエンジンによくある、排気管の圧力が高まったときの「シューッ」という音も聞こえない。ターボエンジンのいやな音は消して、良い音を作り出しているのだ。
この秘密は、トランク部分の下側を見てわかった。左右には、大きなマフラー(消音器)がドンと構えている。前から3気筒ずつ独立して後ろまで来てエキゾーストパイプに接続されているわけだが、この左右のマフラーをつなぐパイプが1本存在していた。
このことをエンジニアに尋ねたら「音作りのためのパイプだ」と教えてくれた。低回転域では左側テールパイプのバルブが閉じて、右側のテールパイプからだけしか排気されないようになっている。左側のテールパイプを閉じたときには左右のマフラーをつなぐパイプで左側の排気が右側に移って、右側のテールパイプから一緒に排出され、そこで良い音を作り出しているわけだ。
この新型エンジンを、新しい3シリーズクーペで最初に搭載したのは、やはりクーペに対する注目度を高めたかったからだろうと思う。
BMWのルーティンどおりに、セダン(E90)、ツーリング(E91)に続いてクーペ(E92)が登場した。来年になるとカブリオレ(E93)、さらにクーペをベースにしたM3がデビューする予定らしい。このように全モデルを一斉に発表するのではなく、ほぼ1年ごとに1モデルずつ増やしていくのがBMW流なのだ。
この理由は2つある。ひとつはマーケティング上の戦略だ。3シリーズは7年くらいの長いモデルライフを持つが、その間、モデルラインアップを増やすたびに3シリーズ自体がメディアで話題になる。これにより、最初に発表したセダンもその度に注目されるという効果が期待できる。
もうひとつの理由は、開発するためのマンパワーの問題だ。年間生産台数150万台を目指すBMWグループであるが、3シリーズの全モデルをいっぺんに開発するだけの規模ではないのだ。だから、セダンというベースを作ってから、毎年ニューモデルを順にリリースしていくことが、開発ペースに合っているというわけだ。
BMWブランドの中で3シリーズは約半分の台数を占める。だから無理をすれば全モデルをいっぺんにデビューさせる開発は可能かもしれない。しかしマーケティング上のメリットも大きいので、この「ずらし戦略」はこれからのモデルでも続けられるだろう。
クーペが3番目にデビューする理由は、セダンやツーリングに対して、スタイリングが大幅に変えられているからである。これはE36型でもE46型でも同じ考え方だった。E36型のクーペでは、Aピラーの位置がセダンに比べて5cmも後退されてロングノーズになっていたほどだ。
今回の新型クーペも、エクステリアではアウタードアハンドルとワイパーブレードとBMWのエンブレムくらいしかセダンとの共通部品はないという。つまりボンネット、キドニーグリル、ドア、前後4枚のフェンダー、ルーフ、トランクリッド、バンパー、ウインドウグラス、ライト類までクーペ用に新しくされたものだ。
セダンとツーリングに比べてクーペの位置づけは「エクスクルーシブ」だというのが、これだけ大幅にスタイリングを変える理由だろう。あえて顔を変えることによって、数が少ないクーペの独自性を強調するのだ。ちなみにカブリオレの顔は、このクーペと同じものになると思われる。
進化しているものを完成させてから取り込む
今回のクーペが歴代モデルに比べてさらにエクスクルーシブなのは、新しいもの、進化したものがたくさん採用されていることである。
その筆頭であるN54B30エンジンの「B30」はガソリン(ベンゼン)3L の意味だが、クルマの呼び名は「335iクーペ」である。これは、3Lでもパワーは3.5L相当だからネーミングされたものだ。1980年代に3.5Lの「ビッグシックス」エンジンにターボを付けて搭載した7シリーズのモデルが「745i」と呼ばれたのと同じ考え方である。
新エンジンと同時に、新しいATも採用されている。6HP-19TUと呼ばれるZF製の6速ATは、10分の1秒という速さでシフトできるもので、ギアを4段飛ばしで直接選択することもできるという優れた機構を備える。これに、パドルシフトが組み合わされる。
E46型の330iにあったSMGのパドルシフトと同じデザインのものだ。スポークの上に顔を出しているパドルを親指で前に押せばシフトダウン、中指でステアリングホイールの裏側のパドルを引けばシフトアップ。パドルシフトは左右にあるが、どちらの手でも動きが共通なところがユニバーサルデザインで良いと思う。
F1と同じように、右手はシフトアップ用/左手はシフトダウン用に固定されているM3のSMG用パドルシフトとは、考え方が違うところだ。
335iのパドルシフトで進化したところは、Dレンジのままでもパドル操作でマニュアルシフトができるようになった点だ。
アクセルペダルを踏み込んで加速していたり、アクセルペダルを戻して減速していたりするとそのマニュアルシフト状態をキープするが、加速/減速Gが小さくなると、つまり一定走行に近くなると、Dレンジのプログラムへ自動的に戻る。
マニュアルのままをキープして走りたければ、セレクターをDレンジから左に動かしてM/Sモードにすればいい。Dレンジに入れたままの状態でパドルシフトができる方式は、ポルシェ、アウディ、フォルクスワーゲンではすでに採用されている方式だから、これはBMWが追いついたプログラムである。
このパドルシフトが愉しいのは、そのレスポンスが良いことだ。シフトダウンのときにはエンジンが自動的に回転を上げる「ブリッピング」制御も組み込まれているので、ギア段を飛ばしたMTのような小気味良いシフトダウンもできる。
このブリッピングは十分ではあるが必要最小限なので、ブリッピングをしているのかわかりにくい。ボクがこれをチェックしたのは、計器盤のオンボードコンピュータで呼び出す瞬間燃費計によってである。
アクセルペダルを戻していると、100kmあたり0Lを指しているのに、パドルで強制的にシフトダウンを行うと、燃料を消費したように一瞬だけ数Lの値を示すからだ。また、ターボエンジンでありながらATのシフトダウンブリッピングをしているということからだけでも、そのレスポンスの良さと自信のほどがわかろうというものだ。
ダイナミクスだけでなく、さまざまな装備も新しい
進化したものといえば、ヘッドライトも挙げられる。E90型セダンから採用されている4つの輪ができる「コロナリング」が、「デイタイムランニングライト」に対応したものになったのだ。
世界各国において、安全上で有効だということでデイタイムランニングライトは法制化されつつあり、すでに義務付けられている国も多いという。
今年8月、我が家で購入したE91型320iツーリングも、ライトスイッチがオンのままでもイグニッションオフにしてからドアを開けると、ヘッドライト、スモールライトともに消えるようになっているから、デイタイムランニングライト対応にはなっている。これはiDriveでも設定の切り替えはできない。
しかしE92型クーペに採用されたのは、これまでスモールライト(パーキングライト)として使っていたコロナリングをデイタイムランニングライト用に使えるよう変更したライトシステムだった。
外側のコロナリングはライトロッド(導光体)方式で、内側は透過照明方式である。どちらもH8バルブを使っているのだが、この透過照明方式がこれまでのものより明るくなり、昼間でもバックミラーでそのコロナリングを認知できる。これは、ロービームヘッドライトを使わないデイタイムランニングライトというBMWらしい提案である。
このコロナリング式のデイタイムランニングライトによって、路上での存在感をさらに増すことができることも、BMWのメリットになるだろう。
335iクーペでは、iDriveでデイタイムランニングライトのモードを選んでライトスイッチを左に回して「AUTO」にしておけば、昼間の明るいうちはコロナリングが自車の存在を示し、周囲が少し暗くなるとバイキセノンのヘッドライトが自動点灯する。
このE92型クーペから始まったデイライトランニングライトのシステムは、今後、BMWの他車種にも広がっていくはずだ。
アダプティブヘッドライトも進化した。これはクルマが進む方向へロービームでもハイビームでもヘッドライトを向けるシステムだが、40km/h以下ならば、ウインカーを点けるか大きくハンドルを切ったときに、別に設けられたコーナリングライトが点灯するようになった。これにより照射範囲が広がり、さらに安全性が高まっている。
今回、2日間にわたってオーストリアのインスブルック周辺を335iクーペで試乗することができたが、様々な道を走ってみて、ハンドリング性能と乗り心地がセダンよりもさらに向上していると思えた。
335iクーペには、車高が低くなりダンパーも硬くなるスポーツサスペンションが装備されるが、これまでのスポーツサスペンションとは別の「しなやかさ」を持っていた。コーナリング時も突っ張った感じはなく、あまり大きくないロールがゆっくりと起きるという感じだ。これは重心位置がセダンより低いということも良い方向に働いているだろうが、それ以上のものを感じた。
乗り心地は、凹凸のあたりがソフトになった感じで、これまでよりも振動に丸みがある。これもエンジニアに尋ねたらほとんどはRFT(ランフラットタイヤ)の進化の賜物だという。ちなみに試乗車に装着されていたのは前:225/45R17 、後:255/40R17のブリヂストン製ポテンザRE050A 2☆だった。
これでもかというほど新しいもの、進化したものを満載して登場した3シリーズクーペの335i。E46型M3クーペの生産がすでに終了してしまった現在、当分は3シリーズのトップパフォーマンスを味わえるクルマという位置づけになるはずである。(文:こもだきよし/Motor Magazine 2006年10月号より)
BMW 335iクーペ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4580×1782×1375mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1615kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300〜5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●最高速:250km/h(リミッター)
●0-100km/h加速:5.7秒
※欧州仕様