2006年、新世代ディーゼルモデル、メルセデス・ベンツ E320CDIが日本に上陸している。メルセデスとして、2000年のMLクラス以来、実に6年ぶりの乗用車ディーゼルモデルは当時大きな反響を呼んでいる。ディーゼルエンジン技術の最先端を行くメルセデスが投入した第3世代コモンレールユニットはどんな性能を発揮したのか。ここでは上陸直後に行われた試乗の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年11月号より)

話題となったメルセデスのディーゼル展開のニュース

昨年の東京モーターショーで発表された、日本では久々の展開となるディーゼルモデルが、いよいよ登場した。それがE320CDIアバンギャルド。セダン、そしてステーションワゴンの2モデルが用意される、新しいEクラスの大きな目玉のひとつである。

メルセデスとディーゼルは、言わば切っても切れない仲だ。何しろ乗用車初のディーゼル車は、1935年に登場したメルセデスであり、戦後も一貫してそのラインアップにはディーゼルモデルが名を連ねてきた。それは、ここ日本でも同じ。今なお高い人気を誇るW123のステーションワゴンは、ほとんどがディーゼルエンジンを積む300Dだったし、W124やW201の190E、さらにはCクラス、Mクラスに至るまで、ほんのちょっと前までは、常にその時々の最新のディーゼルモデルが提供されてきたのだ。

それでも、規制の強化やユーザーのディーゼル離れといった要因によって、さすがのメルセデスも、2002年のML270CDIを最後にディーゼル乗用車の展開を一旦取りやめた。

それが、ここに来て再びの、それも大規模なキャンペーンを伴ってのディーゼル乗用車の展開は、大きな話題となっている。メルセデスによる発表があった昨年末以来、自動車関連メディアのみならず、経済誌や一般男性誌、さらにはテレビ等々でディーゼルが大きく取り上げられてきた。

ここ1年ほどの自動車をめぐる話題は、レクサスと、このメルセデスのディーゼルによって占められてきたと言っても、決して過言ではない。

画像: 642型3L V6DOHCディーゼルターボエンジン。エンジン回転数に応じてタービンへのノズル角度を制御する可変ジオメトリー式のVNT(バリアブル・ノズル・タービン)を採用。2個の酸化触媒が排出ガスを浄化し、DPF(粒子状物質除去フィルター)で微粒子(PM)の排出を大幅削減。

642型3L V6DOHCディーゼルターボエンジン。エンジン回転数に応じてタービンへのノズル角度を制御する可変ジオメトリー式のVNT(バリアブル・ノズル・タービン)を採用。2個の酸化触媒が排出ガスを浄化し、DPF(粒子状物質除去フィルター)で微粒子(PM)の排出を大幅削減。

静かでクリーンになったメルセデスのディーゼル

さて、ではこの注目のE320CDIアバンギャルドとは、一体どんなクルマなのか。その心臓は、OM642型と呼ばれる最新鋭のV型6気筒ユニット。ターボチャージャーはじめ補機類が多い故か、Vバンク角は変則的な72度とされている。排気量は2986cc。ボア×ストロークは83.0mm×92.0mmと、ガソリンV型6気筒とは違いロングストローク型となっている。

ヘッドレイアウトは4バルブDOHC。圧縮比は17.7と、コモンレールシステムによって始動時の着火性を確保した今時のディーゼルらしく低めの設定である。そして、そのコモンレールシステムは第3世代と呼ばれるもので、燃料噴射圧力は1600バールという超高圧。ソレノイドバルブではなくレスポンスに優れたピエゾ素子を用いたインジェクターの採用によって、より緻密で優れた噴射量、噴射時期の制御を可能にしている。

ターボチャージャーは、これまた最新ディーゼルの定番である可変ジオメトリー式である。低速域ではブレードを立てて過給を素早く立ち上げ、高速域では逆に寝かして多くのエアを流入させるこのターボチャージャーは、コモンレールシステムと並んで最新ディーゼルの走りを形成する大きな要素となっている技術だ。

排ガスの後処理システムとしては、まずエグゾーストマニフォールドの直下に酸化触媒が装着されている。これはCOやHCを酸化させて、CO2やH2など無害(それ自体毒性がないという意味で)なものに変化させるもの。

そしてその後には再生式のDPF(粒子状物質除去フィルター)が備わる。ただしこれ、フィルターとは言っても定期的に交換が必要ということはない。一定量のPM(=粒子状物質)が溜まると、コモンレールシステムは燃焼後の排ガスに微量の燃料を吹くことで排気温度を上昇させ、フィルター温度を活性化する600度まで高める。こうすることでPMは燃焼除去されるため、長期間に渡ってフィルター機能を維持することができるのだ。再生式というのは、まさにこのことを言う。

これらのシステムを組み合わせたE320CDIアバンギャルドのエンジンスペックは、最高出力211ps/4000rpm、最大トルク55.1kgm/1600〜2400rpm。注目は最大トルクの値で、これはV型8気筒ガソリンのE550アバンギャルドSをも凌ぐ圧倒的な数値なのだ。なお、トランスミッションはお馴染み7Gトロニックを搭載する。

驚きはエンジンを始動したところから始まる。少なくとも室内にいる限り、ネガティブな印象の拭えない、いかにもディーゼルらしい振動や騒音とは一切無縁なのだ。そのための対策は徹底していて、元々日本向けEクラスはフロアカーペットが厚い上に、さらに日本仕様だけボンネットフード裏の遮音材が増やされているという。

確かに、その効果は大きいようで、以前テストしたイギリス仕様より静粛性は明らかに上。だが忘れてはならないのが、そもそも今のディーゼルは決してうるさくなどないということである。

しかし、それも走り出した瞬間の驚き、そしてトキメキに較べたら、些細な問題だと思うに違いない。発進する際に、右足を深く踏み込む必要はない。信号待ちからのスタートくらいなら、軽くつま先の辺りに力を込めるだけで十分だ。何しろ最大トルクの発生回転数は1600rpmから。しかもその数値は55.1 kgmにもなるのである。

E350からの乗り換えであっても、まるでひと回り車重が軽くなったかと錯覚するくらいハッキリと、低速域でのトルクは力強いのだ。

冷静に観察すれば、ターボが効き出すまでのほんの一瞬にレスポンスの鈍い領域は存在する。しかし、そこさえ過ぎてしまえば、加速は思いのままだ。

そのフィーリングは、一定の、しかも非常に分厚いトルクの塊が、何の山谷もなくひたすらに押し寄せるかのよう。その有無を言わさぬ迫力の加速には、最初呆気にとられて言葉が出ないほどだ。それでいて、力の出し入れに難しいところはなく、アクセルワークに応じた速度の調整は非常にラク。

大げさに言えば、アクセルを踏んだら回転が上昇してパワーが絞り出され、そして加速する……というのではなく、回転上昇を待つまでもなく、踏めば即座に欲しいだけのトルクが取り出せるという感覚なのである。

あるいは第一印象では、アクセルを踏んでも回転計の針が大きく踊らず、エンジン音もさほど高まらないために、評判ほどレスポンスは良くないじゃないか、さほど速くないじゃないかと思われる方もいるかもしれない。違うのだ。試乗する機会があったら、確かめてほしいのはアクセル操作と速度計の、あるいは周囲の景色の連携ぶりである。

ギア比が高くワイドなこともあって、E320CDIアバンギャルドの場合、アクセルを踏んでも回転計の針の動きは鋭くはない。しかし、そこでのわずか数百回転の上昇でも、実はすでに豊かなトルクが沸き出し、速度は比例して高まっている。速度計を見なくたって、周囲の景色の流れ方で、それはきっと理解できるはずだ。

おかげで街中のストップ&ゴーでも運転は非常にラク。さらにその恩恵は高速巡航時には如実に表れ、上り勾配に差しかかってもトルクの粘りがあためアクセルを踏み増すことなくグイグイと上っていってくれるのである。

そうした特性ゆえにギア比は全般に高めで、速度を上げてもエンジン回転数はそれほど高まらないため、静粛性も、実はペースを上げるにつれて際立ってくる。これはガソリン車に対する明確なアドバンテージ。もはや「ディーゼルはうるさくない」ではなく、積極的に「ディーゼルは静かだ」と言いたいというのが本当のところなのだ。

アバンギャルド仕様であることも、この新モデルの大きなポイントである。エコのイメージが先行しがちなディーゼルモデルを、あえてスポーティなアバンギャルドで導入したことは、先入観を打ち崩し、新たなディーゼルのイメージを構築する意味で悪くない。

しかも実際の走りだって、見た目を裏切らないのだ。ワインディングロードで軽く飛ばす範囲では、ステアリングレスポンスはなかなか軽快。しかもディーゼルの特性はここでも活きて、コーナリング中に回転が落ちても力強く立ち上がれるし、必要な時はすぐにトラクションをかけて姿勢を安定させることもできる。唯一、エンジン重量がかさむため、攻め込んだ時のアンダーステアはかなり強めだが、実際それに不満が集中することはないだろう。

画像: 最大トルクは1600〜2400rpmで発生、E320CDIの回転計は5000rpmまでしか刻まれない。

最大トルクは1600〜2400rpmで発生、E320CDIの回転計は5000rpmまでしか刻まれない。

さらに厳しい規制に対するメルセデスのロードマップ

さて、それにしても一体なぜ、メルセデスはディーゼル乗用車を再び日本市場に導入することを決めたのか。状況は一時ほどの逆風ではなくなったとは言え、明らかな追い風に乗っていけるほどには、まだなっていないのに。

ひとつには、もちろん地球温暖化という差し迫った問題に対して、自動車の始祖たるブランドとして、ひとつの解決策を示したいという意思があったことは想像に難くない。燃費の良いディーゼル乗用車は、CO2排出量も少ない。現にその普及率が5割にも達しているヨーロッパでは、乗用車の新車から排出されるCO2量が1990年比で10%以上削減されているという。

しかし、それだけではないだろう。そこにはドライビングプレジャーという側面もあるに違いない。ここまで書いてきたように、燃費だ、環境だという話と同列に置きたいくらい、最新のディーゼルは、E320CDIアバンギャルドは、走りに独特の魅力があり、そして単純に気持ち良いのだ。

無論、そこに問題がないわけではない。一番に挙げられるのは、このE320CDIアバンギャルドが、一定台数のみ販売される輸入車への特例として、現在のところ、最新の排ガス規制である「新長期規制」ではなく、それ以前の「新短期規制」をクリアした状態で販売されていることだろう。日本の排ガス規制はアメリカと並んで厳しく、ユーロ4をクリアしただけではミートできない。しかし、その猶予期間は来年2007年秋まで。しかも日本では今後、2009年にはさらに厳しい「ポスト新長期規制」が導入される予定である。

ただし、その時どうするのかということに関しては、実はメルセデスはすでに確たるロードマップを描いている。ひとつ強調しておきたいのは、現状のE320CDIアバンギャルドが、猶予期間を活かしてはいるが現状の排ガス規制、そしてNOx・PM法を余裕でクリアしたものだということ。そして、今後より一層厳しい規制が適用されても、それはあくまで未来に向けてのもので、かつてのNOx・PM法の騒ぎのように、将来車検を通せなくなるといったことは一切ない。

なお、これはあくまで参考値だが、10・15モード燃費はセダンが10.9km/L、ステーションワゴンが11.5km/Lをマークするという。つまり大手を振って、安心して、経済的に、しかも気持ち良く乗れる最新のディーゼル乗用車が、このE320CDIアバンギャルドなのである。(文:島下泰久/Motor Magazine 2006年11月号より)

ヒットの法則

メルセデス・ベンツ E320CDI アバンギャルド 主要諸元

●全長×全幅×全高:4850×1820×1465mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:1770kg
●エンジン:V6DOHCディーゼルターボ
●排気量:2986cc
●最高出力:211ps/4000rpm
●最大トルク:540Nm/1600-2400rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:840万円(2006年)

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