2005年に登場したCLSは、メルセデス・ベンツの可能性を大きく広げることになった1台と言えるだろう。デザイン優先のパッケージングやクイックなステアリングを取り入れたCLSの成功は、メルセデスのクルマ作りに多大な影響をもたらした。そしてこの流れは、Rクラス、2代目Mクラスでひとつの大きな道筋になったように思える。この新しい流れは当時どのように評価されていたのか。ここでは、CLS350/ML350/R350の3台の比較試乗を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年11月号より)

新時代のメルセデスの走りはCLSから始まった

10年ひと昔とはよく言ったもので、1996年当時の状況を振り返り、現在とのあまりにも大きな違いに愕然とする体験はさほど珍しくはない。何の話かと言えば、メルセデスのここ10年にわたるラインアップの変遷である。

手元に1997年初旬の日本導入モデルのデータがある。そこに載るメルセデスの車種は、ボディ別でわずか9車型。CクラスとEクラスのセダンとワゴン、それにSクラス、CL、SLK、SL、Gクラス。10年前の日本国内のメルセデスのラインアップはたったこれだけで完結していたのだ。注釈として上陸間近のモデルにAクラス、Mクラス、CLK、Vクラスが挙げられており、実際それらはこの後ラインアップに加わった。メルセデスの拡大路線は10年前にすでに始まっていたわけだ。

それが解っていても10年前の倍増、18車型にも及ぶ現在の日本国内ラインアップにはやはり驚きを禁じえない。

メルセデスの拡大路線は、ここ数年の間に第2フェーズに入った。その尖兵となったのが2004年のジュネーブジョーでアンヴェールとなったCLSだ。Eクラスのプラットフォームを元に作られた4ドアのスペシャルティクーペ。その登場は相当鮮烈だった。

全長4915mm×全幅1875mm×全高1430mmのボディサイズは、Eクラスよりも格段に長く広く、それでいて全高は近代のサルーンの常識を逸脱した低さ。またスタイリングも、アーチ型のサイドラインと小さなサイドウインドウ、極端に絞り込まれたノーズとテールエンドなど、いずれも「機能性こそが4ドアサルーンの命」として来たこれまでのメルセデスとは180度異なる成り立ちとなっている。

インテリアにもその影響は色濃い。操作系はEクラスと大差ないのでインターフェース面で迷うことはほとんどないと思われるが、雰囲気はまったく違う。着座位置が低く、対してダッシュボードの位置が高い上に、Aピラーが迫り閉塞感が強い。

これはフロントシートのみならずセンターコンソールで左右をセパレートした2人掛けのリアシートにも言えることだ。機能性より雰囲気を重視したこのインテリアは、機能主義の権化のようなEクラスがあるからこそ実現できたとも言えるが、メルセデスのこれまでの生き様から考えると驚かされる。

「最善か無か」の社是を改めて引き合いに出すまでもなく、メルセデス・ベンツというブランドは、思慮深さ、一徹さが魅力である。もちろん内部には様々な戦略が渦巻いているのだろうが、それを表に出さず、世の流行に軽々に乗らずに保守本流を着実に作り上げていく姿が信頼感を得ているのだ。

そんなメルセデスにとって、これまでの同社の常識を覆すパッケージのCLSは大きな挑戦であったに違いない。ただしギャンブルではなかったはずだ。多様化するニーズが「メルセデスくさくないメルセデスのサルーン」を望んでいる。そうしたマーケティングがしっかりと行われていたはず。実際にその読みは当たり、CLSの販売は世界的に順調に推移している。

今回試乗に連れ出したCLS350は、DOHCヘッドとなった3.5Lの新しいV6エンジンと7Gトロニックを、SLKに続き日本に導入することとなったモデルだ。このパワーユニットは、今やメルセデスのミドルクラス以上の中核を担っている。最も幅広く展開されるエンジンだけに、そのパワーフィールはさほど尖ったものではない。新規導入された直後は以前のSOHCヘッドのV6に較べてレスポンシブでパワーも増した感覚が強かったが、基本的には中速域のトルクに厚みを持たせた実直な性格。特にEクラスやCLSでは、車体の重とのバランスが良く、扱いやすい上に積極的に走りを楽しめる「余剰」も感じさせる魅力的な存在だ。

7Gトロニックは、今回同時に連れ出したMクラスやRクラスとは異なり、従来通りレバーを横方向に動かすとマニュアル操作も可能なティップシフト。フロアコンソールのスイッチでシフト制御をCクラスとSクラスに切り替えられはするものの、Mモードとパドルシフトはない。CLS350でこれを望むと、AIRマティックDCサスとセットとなるスポーツパッケージを選ぶしかないが、掛かる対価は113.4万円にもなる。

実はCLSは若干の変更を受けているのだが、その主なポイントは新エンジンを積んだ550と63AMGの導入。350は本革シートと18インチタイヤが標準装備となった程度で最も変更幅が少なかったのである。

そんな中で唯一興味深かったのは、大幅なマイナーチェンジを敢行したEクラスが、ある意味CLS側に寄ったような変身ぶりを見せていたことだ。CLSは登場当初からベースとなったEクラスよりもクイックな、ロックトゥロック2.6回転のステアリングギアが与えられており、ワインディングでも90度以上切り込まずにほとんどのコーナーをクリアできるシャープな身のこなしが特徴だったが、これとほぼ同じ味わいがマイナーチェンジ後のEクラスにも確認できたのだ。

ただし、だからと言ってこの現象を好調なCLSの影響と考えるのは早計だろう。この感度を高めたステアリング系は、スタビライザーやブッシュ類のチューニングを変えたダイレクトコントロールと呼ばれ、すでにCクラスのマイナーチェンジでも採用されている。たまたまCLSが初出しとなっただけで、メルセデス全体の走り味がその方向へとシフトして来ているのだ。

それに、クイックとは言っても高速巡航での座りの良さや、微小舵に対してはよい意味で鈍なメルセデスの伝統は失われていない。もちろんスタビリティの高さも相変わらずで、俊敏と言われるCLSであっても、超快適なハイウエイクルーザーであることにいささかのブレもないのである。

画像: 新しい4ドアサルーンの形を提案したCLS。メルセデスが自ら殻を破った意欲作。

新しい4ドアサルーンの形を提案したCLS。メルセデスが自ら殻を破った意欲作。

先代の反省を十分踏まえて熟成なった新型Mクラス

ところで、先にCLSがマーケティングから生まれたモデルと書いたが、それは今回同行したMクラスとRクラスにも言えることかも知れない。

まずMクラスだが、初代モデルのデビューは1997年。北米にプレミアムSUV熱が巻き起こる前の出来事で、そのきっかけを作ったのがほかならぬこのクルマであった。ブームの牽引役を担ったのはレクサスRXだが、これよりも早く北米に土臭くないプレミアムSUVの可能性があると判断したのはメルセデス。CLS登場の経緯と同じく、機を見て敏な部分もしっかりとあるメーカーである。

ただ、初代Mクラスは初の北米生産ということで当初クオリティ面で欧州製との違いがあったのは事実だし、生産性に配慮してラダーフレーム付きの車体構造を採用するなど、プレミアムになり切れていない部分もあった。特にフレーム構造の一件は乗り味にもしっかり影響が感じられたものだ。

昨年2005年11月に登場した2世代目Mクラスは、こうした初代の反省を元に作られた。大幅にサイズアップしたボディは先代のイメージを残しつつも格段に精悍さを増しているし、スキッドプレート風のフロント下回り、ボディと一体化したエキゾースト処理などディテール面にもひと際こだわりを見せる。

インテリアも同様で、潤いのある樹脂の質感や、キチッと詰まったパーティングラインなど、もう北米生産を意識させるものはない。また、インターフェースの点でも進化が見られ、新型Mクラスはフロアコンソールからシフトレバーを廃し、コラム右横に生えたセレクターレバーを押し下げることでDレンジに入れるダイレクトシフトを採用する。マニュアルシフトも可能だが、これはステアリングスポークの裏に設けられたシーソー式のパドルスイッチが担当。左右にアップ/ダウンを振り分けるのではなく、シーソーのステア内側を押すとダウン、外側のリムに近い方を押すとアップというシステムだ。

さっそくDレンジに入れて走り出したが、ML350は4マティック専用で車重が2.1トンもある。そのため同じエンジンを積むCLSのようにグイグイと来る感じは薄いが、7速ATが効率よく滑らかにパワーを紡ぎ出し軽快に速度を乗せる。さらなる刺激を求めるならML500という選択肢(DOHCの5.5L V8はまだ搭載されていない)もあるものの、350でも動力性能に不満は感じないだろう。

ボディ構造はもちろんモノコックに改められたが、これが乗り味も劇的に進化させている。ラダーフレームにボディを乗せた場合、ブッシュを介してマウントされるため、どうしても足と上屋の動きに位相遅れが生じ、ユサユサとした揺れが出るが、新しいMクラスは一体感のあるピシッとした動きに終始するのだ。しかも、ラック&ピニオンのステアリングもなかなかにシープ。ボディのマスが大きいため俊敏というよりもどっしりと向きを変えるタイプだが、切れ味の良さも相応に楽しめるクルマに仕上がっている。

画像: プレミアムSUVとして進化して登場した2代目Mクラス。ラダーフレームからモノコックに改められ、乗り味は劇的に変わった。

プレミアムSUVとして進化して登場した2代目Mクラス。ラダーフレームからモノコックに改められ、乗り味は劇的に変わった。

Rクラスに込められたメルセデスの新たな挑戦

昨年2005年のニューヨークショーで発表され、今年3月に日本に上陸したニューカマーのRクラスは、こうしたMクラスのメカをあらかた踏襲している。ただし、決定的に異なるのがパッケージング。Rクラスは2+2+2の3列6人乗車を可能としたロングキャビンを持つのだ。

ボディサイズが全長4930mm×全幅1920mm×全高1660mmとかなり大柄なゆえ、前4席に較べれば小振りなサードシートも十分なサイズで、足下スペースなども実用に耐える。こうした広さ感や、サードを折り畳んだ時の積載性(869L)は確かに魅力。

もちろん広さを求めるならビアーノもあるが、Rクラスはもっと乗用車ライクな佇まいと乗り味を提供する。メルセデスでもこのクルマを単なるスペース効率重視の実用車とは捉えておらず、「まったく新しいジャンルのラグジュアリーモデル」が日本でのキャッチフレーズだ。

確かに重量のあるドアがドシッと締まる建て付けなど、国産ミニバンとは明らかに異なる堅牢さがあってひとつの魅力になると思われるが、ラグジュアリーという点に関しては不満もある。細かい部分のフィニッシュに初代Mクラスを彷彿とさせる大味さが漂うのだ。

これはインテリアに特に顕著。ソツなくはまとまっているものの、Mクラスで進化したと思わせた樹脂部分の潤いや、作り込みの緻密さが希薄なのである。同じ北米生産ながら新型Mクラスにできたことが、Rクラスでは達成されていないのが何とも残念だ。

このR350も4マティック専用で、車重はMクラスより重く2.2トンに達する。その割に動力性能に不足を感じなかったのは、やはり3.5Lエンジンと7Gトロニックの恩恵だろう。ただ、フットワークやハンドリングにMクラスで感じた正確さやしっとり感が薄かったのも事実。初代Mクラスと同様新しいジャンルに挑戦したクルマゆえ、熟成に今しばしの余地を残すのも確かなようだ。

そんなRクラスの魅力は高速での安定性だ。今回の取材は秋雨前線の活発な活動で時折かなりの降雨に見舞われたが、そんな中でも4マティックのMクラスとRクラスは巌の如き頼りがいのある走りを見せた。こればかりはFRのCLSには真似ができない。しかもRクラスはその快適な移動環境を6人で楽しめ、なおかつ価格も700万円台序盤と、Mクラスより安いのだ。

と、ここまでメルセデスのニューウェーブ3台を見て、Eクラスを下敷きとするCLSはすでにハードウエア的に完成の域にあり、Mクラスも2世代目で魅力を相当に増したことが確認できた。Rクラスのみが、まだ多少の熟成余地を残すように感じたが、これも追々解決されるだろう。

メルセデス・ベンツというブランドの真骨頂が、思慮深さと一徹さにあるのなら、新たなる創造に着手したこの新ジャンルも必ずや魅力的なものにして行くに違いないのだ。そう信じさせるだけの力が、このブランドにはある。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2006年11月号より)

画像: Rクラスはラグジュアリーサルーンの新しい提案だった。

Rクラスはラグジュアリーサルーンの新しい提案だった。

ヒットの法則

メルセデス・ベンツ CLS350 主要諸元

●全長×全幅×全高:4915×1875×1430mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:1730kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3497cc
●最高出力:272ps/6000rpm
●最大トルク:350Nm/2400-5000rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:871万5000円(2006年)

メルセデス・ベンツ ML350 主要諸元

●全長×全幅×全高:4790×1910×1815mm
●ホイールベース:2915mm
●車両重量:2120kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3497cc
●最高出力:272ps/6000rpm
●最大トルク:350Nm/2400-5000rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:4WD
●車両価格:693万円(2006年)

メルセデス・ベンツ R350 4MATIC 主要諸元

●全長×全幅×全高:4930×1920×1660mm
●ホイールベース:2980mm
●車両重量:2170kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3497cc
●最高出力:272ps/6000rpm
●最大トルク:350Nm/2400-5000rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:4WD
●車両価格:724万5000円(2006年)

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