ソフトトップの重量はシステム全体でわずか42kg
ポルシェの開発部門の最高責任者であるヴォルフガング・デュルハイマー氏は、ヴァイザッハ研究開発センターの代表も務めている。ヴェンデリン・ヴィーデキング社長以下、5名で構成されるボードメンバーのうちのひとりでもある。
切れ者であることは鋭い眼光に現れているから、間違いない。しかし、モーターショーや記者会見での情熱的な話し方を眼にすると、冷徹なだけの技術者ではない、クルマ好きの側面を垣間見ることができる。
2005年2月にスペインのセビリアで行われた911カレラカブリオレの国際試乗会でも、デュルハイマー氏は熱弁していた。
「新しい911カレラカブリオレのソフトトップは、システム全体でも42kgと、とても軽い。仮に、金属製の電動開閉システムを備えたバリオルーフを採用すると、この倍以上の重量となってしまう」
メルセデス・ベンツSLが、モデルチェンジに合わせてソフトトップからバリオルーフに変更したのを筆頭に、バリオルーフを採用するクルマが増えている。そうしたトレンドを牽制しつつ、デュルハイマー氏は頑にソフトトップを採用し続ける考え方を説明した。
「スポーツカーにソフトトップを採用する理由は3つある。軽量であること。そして、重心が低くできること。さらに、エレガンスだ」
バリオルーフは、いくつものモーターやアーム類を用いなければならないので、宿命的にシステム全体の重量がかさんでしまう。特に、2+2や4シーターで、室内空間を確保し、乗り降りしやすく、まるでクローズドルーフのような違和感のないエクステリアデザインを狙ったりすると、大ごとになる。大きなルーフを何枚かに分割し、からくり細工のように立てたり、回したりしながら、素早く収納しなければならない。重くなるわけである。
スポーツプロトタイプカーの設計で、クローズドルーフではなく、あえてオープンルーフを採用した場合にそのメリットとして挙げられるのが低重心化だ。レーシングカーの世界では、ミリメートル単位で重心を下げることがコーナリングスピードの向上につながっている。
コントラストの美しさと、期待を上回る走り
軽量化と低重心化とは、いかにもポルシェらしい理詰めで説得力のある説明だ。そして、エレガンスである。こちらは、らしくなく情緒的だ。
「キャンバス製のソフトトップを上げた姿も下げた姿も、馬車以来、連綿と続いている自動車の美しさを体現するものだ」
1940年代のプジョー402エクリプスは元祖的なバリオルーフを持つが、例外的な存在だ。馬車がそうだったように、屋根をキャンバスで覆うか、鉄で覆うかという選択肢は自動車の歴史上、どちらもつねに用意されていた。ただ、布は折り畳めるからオープントップにできたわけだし、鉄は畳めないからオープンにはできなかった。
技術革新と新素材の活用によって、いずれポルシェがバリオルーフを採用する日は来るのか、とデュルハイマー氏に質問してみた。
「研究はしているが、今のところ、その予定はない」。デュルハイマー氏の答えに、僕が納得していないようにでも見えたのか、プレスカンファレンスが終了すると、彼は、椅子から立ち上がろうとする僕のところへ壇上から詰め寄って来た。「ソフトトップの美とは、際立ったコントラストの美を示すものなのだ。光線を反射しないマット調のキャンバスと光沢のあるボディ。相反する見え方をするものが、カブリオレというクルマとしてひとつに組み合わさった美しさだ。単一の見え方をするクーペやその派生車であるバリオルーフとは、まったく違うものなのだということを、ぜひわかって欲しい」
911カレラクーペとカブリオレの写真をテーブルの上に並べ、指で示しながら説明するデュルハイマー氏の熱意がひしひしと伝わって来た。この人は、心の底からクルマが好きで、自分の成し得た仕事に絶大な自信を持っているんだなぁ。
その時、セビリア近郊で乗った911カレラカブリオレとカレラSカブリオレは、実に素晴らしいものだった。速さや運転感覚に関して、クーペと較べての遜色は一切ない。ターボやGT3など、911シリーズには上には上があるが、十分以上に速く、機敏だ。
エンジンやトランスミッションなどの機関部分とサスペンションは、数カ月前にデビューしたばかりのカレラクーペとカレラSクーペと共通している。
加速性能で数分の一秒だけクーペに劣るが、最高速度は285km/hと293km/hでクーペと変わらない。カブリオレで気になる、ボディのよじれる感じや剛性の低下もほとんど認められない。歴代の911が有している、岩をくり抜いたかのようなガッチリしたボディ剛性感の高さはカブリオレでも変わらず、感動的ですらある。
ボディシェルへの補強対策、ソフトトップやロールオーバーバーシステムの合計重量は、85kg。クルマ全体で1480kgと1505kg(S)に仕上がっているのも驚異的だ。
南スペインの高速道路は空いていて飛ばせる。トップを開けて200km/hで走り続けても、風の巻き込みがほとんどなく、同乗者と普通に会話ができる静かさだ。
新型になって、リアサイドウインドウを単独で上下できるようになったので、リアシート後方に差し込むネット状のウインドディフレクターと併用すると、風の巻き込みはさらに減少し、静粛性も増す。もちろん、ルーフが開いているのだから、密閉されたクーペよりは、さまざまな音が侵入して来ている。だが、それらが不協和音とならずに、うまくまとめられているのだ。
空気抵抗係数を表すCd値は、0.29とクーペと変わらない。アンダーフロアをパネルで完全に覆ったり、可動式のリアスポイラーの高さをクーペよりも20mm増やしたりと、カブリオレ独自のさまざまな空力処理が施されている。
その後、911カレラカブリオレには4輪駆動のカレラ4カブリオレが追加され、ラインアップが拡充された。カレラカブリオレとカレラ4カブリオレの関係は、クーペ版の場合と同じだ。駆動方式の違いによる安定性と操縦性に違いがあるだけで、スポーツカーとしてのキャラクターにズレはない。それと同じことは、「S」モデルとスタンダードモデルとの差についても言えることだ。ポルシェのラインアップ構成は、きわめてロジカルなのだ。
時と場所とクルマを改めて乗ってみても、911カレラカブリオレの魅力に変わりはなかった。そして、改めて、911カレラカブリオレのプレミアム性について考えてみる。
911カレラカブリオレのプレミアム性とは、「カブリオレであること」にある。ソフトトップであることを理由に、クーペよりも走りが甘くなったり、キャラクターがズレてしまったりしていない。ポルシェ以外では、カブリオレ化によって、対になるクーペとはキャラクターをマイルド&ラクシュリー方向にズラすメーカーが少なくない。意図的か、結果的かはケース・バイ・ケースだろうが、ひとつ考えられるその理由はソフトトップの完成度ではないだろうか。
耐候性や気密性の確保などはもちろんのこと、停車中でないと開閉できなかったり、著しく開閉時間が長かったりして、使い勝手が良くないものがソフトトップの完成度の向上を阻害している。つまり、ソフトトップのデキが悪いと、開けて走ろうという気が失せてくるのだ。飽きる。
その位置づけを明確に象徴するソフトトップ
理不尽なまでに寒かったり、うるさかったりするのは論外だが、いちいち停車しなければ開閉できないようでは、機会を逸してしまう。交通量の多い都市部では、路肩に停車して開閉するにも、思い付いてすぐにというわけにはいかない。クルマの側に原因があるわけではないのだが、違いは大きい。
それでも、開閉時間が短かったら、まだ救われる。旧型ボクスターは停車してパーキングブレーキを引かないと作動しなかったが、たった11秒しか要さないので、タイミングのいい赤信号で可能だった。マツダ・ロードスターは手動式で、ソフトトップのグリップが近い位置にあるので、走行中でも同乗者が開閉できる。
走行中に可能だったとしても、開閉時間が長くては、すぐにペースを上げられない。そうして見渡してみると、911カレラカブリオレのソフトトップの完成度は、非常に高い。
頭上のソフトトップ内部には軽量かつ丈夫なマグネシウム製プレートが封入されていて、快適性の向上に貢献している。閉めている時に静かだし、雨が強く降っても響かない。
1本目の折り目から先には内と外のキャンバスの中には遮音と断熱のためのプラスチック製シートが挿入されている。他にも、軽量化と遮音対策のためにアルミニウムや鍛鋼、樹脂類の10以上の部品で構成されている。ソフトトップとはいっても、もう、ペラッと布一枚で覆われているわけではないのだ。表面こそキャンバスで覆われているが、その正体は26%のアルミニウムと20%のマグネシウムをはじめとした、さまざまな部品による複合体なのである。
50km/h以下ならば、20秒で開閉を完了する。これはもう、いつどこでも開閉可能ということだ。ほぼ完璧な両性具有の実現。オープンとクローズドという相反するものを、制限なく、シームレスに完全に一致させることができた。いつでもどこでも、無限に開閉を繰り返すことだってできる。この完璧なソフトトップが、911カレラカブリオレの価値なのである。
ただし、カレラカブリオレはカレラクーペよりもメジャーな存在にはなることはない。あくまでも、カレラクーペあってのバリエーション。でも、プレミアムカーとしては、そういうマイナー感というか、オフビートっぽさも大切にしてもらいたい。(文:金子浩久/Motor Magazine 2007年3月号より)
ポルシェ 911カレラ S カブリオレ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4425×1810×1300mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1590kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3824cc
●最高出力:355ps/6600rpm
●最大トルク:400Nm/4600rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:RR
●0 →100km/h加速:5.4秒
●最高速度:285km/h
●車両価格:1526万円(2007年)