従来のM3をも凌ぐ性能を持つが、その狙いどころは明らかに違う
BMW史上で初めてリトラクタブル式ハードトップを採用したカブリオレのデビューにより、3シリーズのハイエンドモデルである『335i』はセダン、ツーリング、クーペ、そしてカブリオレの各ボディで選択することができるようになった。
335iの心臓は「3Lの直列6気筒」というBMWにとっては古くから馴染みの基本デザインの持ち主であるが、燃焼室内への精緻な燃料噴射を可能とするピエゾ・インジェクター採用の直噴ヘッド、1000度を超える耐熱性を実現させることで冷間始動時の排ガス浄化性能を高めたバリアブル・ジオメトリー採用のツインターボユニット、そしてそんなターボ付きエンジンでありながら先進の直噴メカニズムを生かしての10.2という高い圧縮比の実現などなど、最新のテクノロジーが満載されている。
組み合わせるトランスミッションはオーソドックスな6速MTに加え、やはり最新のテクノロジーが投入された6速ATを設定(日本仕様は6速ATのみ)。燃費面では不利とされるトルクコンバーター式のATながら、ソフトウエアのリファインなどにより素早いシフト動作とダイレクトなトルクフローを実現。適切なギアを素早く選択することやロックアップ領域を最大限に広げた制御、またトランスミッション自体の軽量コンパクト化の推進などで、「走りと燃費」という昨今の時代の要請にいち早くの対応を行った点は注目に値する。
そんな335iシリーズ用の心臓=N54B30A型ユニットが発する最高出力/最大トルクは、それぞれ306ps/400Nmというデータ。「すでに完売」という最終型のM3が搭載していた3.2Lエンジンが発した343psという最高出力には及ばないものの、365Nmという最大トルクの方は軽く上回る実力だ。実際、そうしたスペックから、「もはや335iシリーズの走りのポテンシャルは従来のM3を凌ぐのではないか」といった声すら聞こえてくるほどだ。BMWは335iに、これまでのM3の後継モデルとしてのキャラクターまでを与えようとしているのであろうか?
しかし、実際に335iをドライブしてみれば、両者の走りのキャラクター、特にパワーフィールは、実は対照的と言えるほどに異なるものであることがたちどころに明確となる。335iのそれがターボチャージャー付きであるのを忘れさせるほどに斬新なものであるのに対し、M3のそれはいかにも高回転・高出力型エンジンを積んだ典型的かつ、ちょっと古典的なスポーツモデルらしいものだからだ。
フットワークのセッティングも、「駆けぬける歓び」を標榜するBMW車に相応しいスポーティさを演じつつも、これまで弱点であったランフラットタイヤの硬さを何とか克服しようという意図が感じられる335iに対し、「M社の思想には合わないから」とランフラットタイヤの採用を拒絶し、その上でサーキット走行までを視野に入れたM3といった具合。そうした狙いどころの明らかな違いをイメージさせられる。
走り出せばすぐわかる、その実力と気持ちよさ
335iの最新バリエーション=335iカブリオレで改めて走り出してみる。まずはスタートの瞬間からの、ターボ付きモデルらしからぬトルク感の強さに誰もが感心させられるはずだ。
凝ったルーフシステムの採用やオープン化に伴うボディ補強などにより、セダン/クーペよりも200kgもの重量ハンデを抱えるカブリオレだが、そうしたハンディキャップを跳ね除けて力強いスターティングトルクを実感させてくれる点に、まずはこの新開発エンジンの実力を垣間見ることができる。
そうした絶対的な力感の強さとともに、アクセルワークに対しての応答性がすこぶるピュアであるのも特筆すべきポイントだ。従来のターボ付きエンジンはブースト圧がなかなか高まらない低回転域ではアクセルレスポンスが鈍く、それがトルク感の不足とともにリニアリティに乏しいという印象をもたらす場面が多かった。しかし、335iのドライブフィールは、重量的には厳しいこのカブリオレの場合ですら、そうした不自然さをほとんど伴わない。こうしたゾーンでは、まさに「ターボ車の概念を覆す」のが335iの走りと言える。
一方で、そうした低速・低回転ゾーンからそのままアクセルペダルを踏み加え続けていると、今度はそれまでの「ターボエンジンらしからぬナチュラルさ」が姿を潜め、徐々にターボ付きユニットならではの弾けるようなパンチ力が明確に体感できるようになってくる。「低回転域でのトルクや扱いやすさを重視すれば、高回転域に向けてのパワーの伸び感が犠牲になる」というのがこれまでのターボエンジンの常識だが、335i用エンジンではその課題を克服し、難なく「二兎を得る」のが大きな特徴だ。
すなわち、排気のエネルギーが高まってくると2基のターボチャージャーを並列配置とした容量の大きさが功を奏し、懸念された頭打ち感ナシでパワーが登り詰めて行く実感を得られるのだ。低回転域ではよくできた自然吸気エンジン並みのトルク感とリニアリティを実現させ、高回転域ではツインターボならではの圧倒的パワーを体感させてくれるのがこの心臓。「パワーとトルクは、ともに高いエンジン回転数に依存する」M3用のエンジンとはやはり特性が全く異なる。
ATとのマッチングに優れるのも、もちろん圧倒的に335i用エンジンの方ということになる。
実はそんな335i用のツインターボ付きエンジンは、「ダウンサイズ・コンセプトに基づいたもの」というのがBMW開発陣の説明だ。3Lという排気量を備え、オーバー300psという出力をマークする心臓の一体どこがダウンサイズなのか?! と、そんな疑問の声も聞こえてきそうではあるが、「同等出力を発する8気筒エンジンに対して、より軽量・コンパクトで燃費にも優れる」というのが、実は彼らの言う「ダウンサイズ」の根拠になっている。
こうしたデータをもとに想定される8気筒ユニットに対する重量軽減分はおよそ70kg。これは当然、車両全体としての軽量化を推進することになると同時に、「50:50」の前後重量配分を標榜するBMWにとっては、フロントヘビーのバランスを是正できるという点でも大きな魅力となることは間違いない。
そう、335iシリーズにとって想定される自らのバリエーション内でのコンペティターというのは、際立つスポーツ性を狙ったM3ではなく、「同等出力を発する、より多気筒のモデル」であるというわけだ。それは、そもそもの生い立ちがエンジンメーカーであり、「フィーリング性能でも、より多気筒のエンジンに太刀打ちが可能」という絶対の自信を持つBMWというメーカーだからこその戦略と考えてもいいだろう。
「駆けぬける歓び」を追求するという方向性に大きな違いはなく、コンセプトやメカニズムにも共通点は見られるが、その実現の方法が異なるというわけだ。
3シリーズのトップモデルとM3との明確な違い
そうした「ダウンサイズコンセプト」を推進する一方、『M』のモデルはさらなる過激化を進め、BMWシリーズ全体のイメージリーダーとしての役割をより確固たるものにしようという意図が明確だ。
当初は2.3Lの4気筒エンジンで最高出力も200psに満たなかった1985年からのM3の歴史は、間もなくの登場が予定される4代目モデルでは、ついに4Lの8気筒ユニットから420psという最高出力を得るに至る。最高速度も295km/hと、これももちろん史上最強。M3はついに「300km/hカー」へとリーチを掛けることになるわけだ。
歴史上、常に徹底した高回転・高出力型のチューニングを追い求めてきたのがM3の心臓だが、そうしたフィロソフィはもちろん今回も受け継がれる。最高出力を発生するエンジン回転数は実に8300rpm。もちろん、こうした高回転を許容るのは『M』のモデルならではの特権だ。
こうして、「BMW車」用の心臓と「M車」用の心臓のキャラクターを明確に分離させて行こうという戦略は、今後もさらに徹底されて行くに違いない。その点では、ベースモデルの直接の延長線上にポジショニングされ、「最も豪華なメルセデス・ベンツ」というキャラクターをも担うAMG車とは明らかに異なる商品戦略を持つのが『M』のモデルたちでもある。
BMWのモデルたちが次々と新しいテクノロジーを採用し、より先進的かつ先鋭的であるという商品アピールを展開すればするほどに、Mマークを与えられたモデルというのはよりストイックでピュアなスポーツ性を売り物として行くことになるのでは、と思う。
これまでも、アクティブステアリングやランフラットなど、カタログ上でもわかりやすい最新のテクノロジーを他社に先駆けて採用してきたのはBMWのモデルたち。かたや、『M』のモデルたちはそうした「飛び道具」の採用からはひとまず身を引き、常にエンジンが生み出すスポーツ性の高さを売り物にしてきたという歴史がある。
335iの心臓に盛り込まれた様々なテクノロジーを検証すると、そうした傾向は今後さらに強まって行くのではないか、と思えてくるのだ。それがBMW社の、そしてM社の狙う、「さらなる進化」というものではないのだろうか。(文:河村康彦/Motor Magazine 2007年6月号より)
BMW 335iカブリオレ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4590×1780×1385mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1820kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300〜5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:783万円(2007年)