開発の自由度が大きいDセグメントは個性いろいろ
自動車評論家が、ある日、コックさんになったら……などと考えることがある。なぜこんなことを考えるのかというと、それは正反対の立場の仕事だからだ。立場が変わった場合に、どう考えて、どんなことをするだろうかと想像するのがおもしろいからだ。
自動車評論家は、人が作ったものを見て触って試して、それを書くのが仕事である。自分で創造するのは文章であってモノではない。しかしコックさんは客が美味しく食べてくれるものを作ろうと努力する。客の好みを想像しながら、自分の独創的な考え方を駆使して美味しいものを作り上げるのが仕事だ。だから自動車評論家とコックさんは正反対の立場だと思う。
クルマという「モノ」を中心に考えると、自動車評論家と正反対の仕事は自動車メーカーの商品企画かチーフエンジニア、またはプロジェクトリーダーという立場の人だろう。
もしボクが自動車メーカーの商品企画や開発部門にいて、Dセグメントのクルマを作れという仕事を与えられたら、どんなクルマを作るだろうか。これまで出来上がったものを評論してきた立場だったから、これは相当難しいテーマになる。
一番難しいのは他のセグメントとDセグメントはその位置づけが違う点だ。Dセグメントの生産台数はけっして少なくなく、コストもそれなりにかけられる。だから高級感も必要だ。
そしてある種のブランドにならなくてはならない。そのためには個性が必要だし、その芯にはフィロソフィがなくてはならない。スポーティなハンドリングというひとつの言葉でも、その奥深いところで個性の違いを感じさせなくてはならないのだ。
さらに先進技術が盛り込んであって、ユーザーの期待を超える装備や性能を持っていなくてはならない。一般的にDセグメントと呼ばれる中でも、デザイン的にも性格的にも装備的にも、広い範囲でどんな風にも作ることが可能だ。だからこそ難しいのだ。
作る立場になって考えると、Dセグメントはその個性の付け方に広い可能性があるということがわかった。それは選ぶ立場になれば、大きく方向性が違うクルマも用意されている可能性があるわけで、選ぶ楽しみが大きなセグメントなのだ。
アルファ159スポーツワゴン、アウディA4アバント、BMW 320iツーリング、メルセデス・ベンツC180K ステーションワゴン、プジョー407SW、フォルクスワーゲン パサートヴァリアントという今回集めた6台のDセグメントワゴンを並べてみても、それぞれが奥深く考えられていて、それぞれが強い個性を持っていることがわかる。それは出たばかりの新車でもモデル末期になったクルマでも共通する。
こだわりを持ち本物志向も強い50代にふさわしい
ここではこれらのDセグメントワゴンについて「50歳代の選択」というテーマで書こうと思う。
ボクの年齢は団塊の世代のすぐ下で現在56歳。まさに50歳代の中心にいる。4輪の免許証を取ったのは高校2年のときだ。16歳で取得できる軽免許がまだあった世代なのだ。クルマを持つことから乗ることへと移っていった時代である。男子は誰でもクルマ好きだった。クルマは女の子にもてるための三種の神器でもあった。ボクのクルマの後席にはまるで標準装備のようにフォークギターがいつも載っていた。
いま50歳代の人たちは働き盛りの年ごろに、あの「バブル時代」を味わっている。贅沢なモノの中で過ごし、それによって本物を見る眼力も養われたはずだ。だから本物志向でもある。さらにこだわりも持っている。自分のスタンスを持っていて好きか嫌いかもはっきりしている。
いま、ガムシャラに働いてきたご褒美を自分に与えてもいいと思っている人が多いのではないか。
現在すでに子供は独立しているか、もう手がかからない歳になっている家族構成がほとんどだろう。少なくとも親と一緒に行動する子供がいる家庭は少ない。ということはクルマも一人で乗るかせいぜい奥さんと一緒という程度。たまには友人夫婦と一緒に乗ることもあるだろう。ワゴンといっても本格的にたくさんの荷物を載せるのではなく、セダンのトランクよりも多く積めればいいという程度だ。だからやたら大きなクルマは必要ない。
50歳代にとってワゴンは魅力的に映る。それはこれから趣味を広げようと思っているからだ。スポーツギアを運ぶときにはセダンより簡単だし、ちょっと大きなモノ、長いモノを運ぼうと思ったときにもワゴンなら楽そうだ。
他人から見ると、それならSUVを選べばいいと思うかもしれない。しかしそこまで本格的に遊びに振ったようには見られたくない。完全に休日のウエアだけになりきれるわけではないのだ。スーツにネクタイをしないでワイシャツの一番上のボタンを外した程度が似合うクルマが欲しい。そしてドレスコードがフォーマルでもんとか使えるのはDセグメントワゴンだ。
昔からのクルマ好きということもあり、ハンドリング性能やドライビングスタイルに関しては一家言持っているのも50歳代だ。その意味で、重く背の高いSUVと、重心の低いセダンをベースにしたワゴンの根本的な性能の違いは知っている。
こうした実質的なところだけでなく、50歳代がワゴンに興味を持つ理由がある。それは「若く見られたい」という潜在意識があるからだ。アクティブに活動しているように見えるワゴンは、オーナーが若々しく見えるところが魅力だ。50歳代になるとだんだんと先を見てしまう。定年退職したあとも変わらず元気でいたい。その気持ちが、若く見えるモノ選びに走らせる。
50歳代のクルマ選びの中でデザインは重要な位置を占める。それは単なるカッコよさというレベルではない。すぐに飽きるような流行ではなく、どちらかというと強い個性を持っていて欲しいのだ。クルマの個性を自分の個性としてアピールしたいのだ。
もうひとつはボディの質感だ。ボディが分厚く、頑丈そうに見えることが大事だ。今回の6台の中ではモデル末期になっているメルセデス・ベンツC180K ステーションワゴンでも、ボディ鉄板の厚みを感じる。ドアの隙間、パネル同士の継ぎ目などあえて面がツライチになるようにして、隙間をあえて狭くはしようとせず、角に丸みを与えているからだ。ペイントもあえて薄く塗ろうとせず、ボディパネルの端に丸みを作っているから厚みがあるように見えるのだ。
これはC180Kに限った話ではなく、パサートにしても、BMW 3シリーズ、アウディA4、アルファ159でも同じだ。これらのクルマに比べてプジョー407はボディパネルが薄い感じに思える。しかしこれは逆に407が狙った所でもあり、クルマの重さを感じさせないようにして乗る人に軽快な印象を与えるためだろう。それでは各モデルを紹介していこう。
アルファ159スポーツワゴンはキビキビ感が命
アルファ159スポーツワゴンはギアレシオが速いことは乗ってすぐにわかる。それほどハンドル応答性はクイックだ。
このクイック感に合うように全体のチューニングが施されている。ひとつはタイヤの大きさだ。235/45ZR18 98Yのロープロファイルタイヤを履いている。試乗車のタイヤはピレリPゼロネロだった。インチアップしてロープロファイル化したときにもタイヤの荷重指数が下がらないように補強してあるタイヤである。
ハンドリングのキビキビ感に合うように、エンジンもレスポンスの良いものに仕上がっている。さらに2ペダルであるが機械がクラッチを操作するセミオートマである。ダイレクトな感触で加速・減速ができるのは乾燥単板式のクラッチを油圧電子制御で動かしているからだ。それでもシフトアップのときの違和感は非常に小さく、市街地走行でもスムーズな走行ができる。Dレンジのままでもハンドルと一体で動くパドルシフトを操作することで、テンポラリーにマニュアル操作も可能だ。
シートは独特だ。スポーツシートであるが、本革のシート表皮に凹凸した模様があり、お尻と大腿部がその出っ張りで刺激される。ちょうど椅子タイプの指圧器の感じで押してくる。
ラゲッジルーム開口部は今回の6台の中で一番小さい。ワゴンと名乗るならもっと大きい入口を与えてくれと言いたくなるほど狭いが、荷物を積むためにこのクルマを選ぶ人はいない。マイナス面をすべて消そうとする日本流の商品企画では生まれてこない。これこそアルファの個性なのだ。
革新的でもあるメルセデス・ベンツ C180K ステーションワゴン
メルセデス・ベンツも古いものに固執しないで新しいものへ向かっていくのだなと思った。そのひとつがシフトゲートである。昔はジグザグと左右に大きく動かさないとPレンジからDに動かせなかったが、いまは左右の動きは最小限でスルスルとDレンジまで動かせる。
セレクターレバーにはブーツが被さっているし、ゲートそのものは見えなくなっている。シフトゲートはDレンジから左に押すとシフトダウン、右に押すとシフトアップになっている。シフトが可能な範囲で一回の操作で一段ずつシフトする。連続操作も可能だ。
シフトダウンして低いギアになった時、一気にDレンジに戻したければ、右に押し続ければDレンジに戻る。
今になってトヨタが昔のメルセデスのシフトパターンを真似て、広く展開しているのが面白い。保守的に見えるメルセデスだが、実はこのシフトひとつ見ても革新的なのだ。
メルセデスに共通した安定感や安心感は、このC180K ステーションワゴンにも受け継がれている。まずシートがしっかりしていて剛性感が高い。運転席で前にグーッとハンドルを押してもシートが後ろに反り返っていかない。コーナーでは基本的にアンダーステア傾向になるのだが、ハンドルを切った方へノーズの向きを変えてくれるから安心感がある。リアタイヤはどっしり路面に食いついている感じだ。
ブレーキペダルの踏力はやや重めである。ペダルが重くても踏んだ分だけはちゃんと利いてくれるのでブレーキ力に不満はない。ほかのクルマから乗り換えたときに少々馴れが必要になるが、オーナーになれば問題ない。
アウディA4アバントの質感の高さ
ボディの塗装、室内の仕上がりなど、細かいところまで質感が高く作られているのがアウディA4アバントだ。感心するのはドアを開けたときに見えるヒンジ部分まできれいなパネルが張られ、外装と同じ塗装が施してあることだ。
シートは調整範囲が広く、あらゆる体型のドライバーが理想のポジションに近づけることができるだろう。シートクッションは前後部分で独立して高さ調整ができるから、足の長さに合わせてちょうどいい角度にすることができるのは嬉しい。
試乗車はクワトロということで4輪の踏ん張り感、安定感があった。特にアクセルペダルを深く踏み込んでいったときの2Lターボの鋭い加速と安定感は4WDならではのバランスだ。さらに今回試乗したのはSラインと呼ばれるスポーツサスペンションを組み込んだモデルだった。かなりのスポーツドライビングでもロールを抑え、ボディがふわつくことなく路面に張り付いた走りが可能だった。それなのに乗り心地は良く、凹凸に対するアタリが強くなく、角がある衝撃は伝わってこない。
ワインディングロードになるとコーナーの入り口のターンインでフロントヘビーなのを感じる時がある。ハンドルを切り込んでいくときにノーズの入り方が少し遅れるのだ。ハンドルが軽くて切れもいいので、ほとんどの人は気にならないかもしれないが。
パサート ヴァリアントのハンドリングは素直
ゴルフよりひと回り大きなパサート ヴァリアントは、それなりに重厚で落ち着きがある。しかしその走りは、見た目とは対照的に軽快なところが面白い。
試乗車のパサート ヴァリアントは編集部の長期テスト車で、コンチスポーツコンタクト3という新ハイグリップタイヤを履いていたので、よりスポーティに感じた。
イグニッションキーは、スロットにリモコンキーを挿してから、もう一段深く押し込むとエンジンが始動する。キーを捻るわけでもなく、キーを挿してから別のスイッチを押すわけでもない新しい方式だ。室内の広さは十分で、後席もラゲッジルームも含めてゆったりと乗り込み、スポーティに走れるのが特徴だ。
プジョー407SWのサスペンションは奥が深い
407がフランスのクルマだということを、走り始めるとすぐに実感する。まず乗り心地が良いことだ。全体にユルーイ感じで、ゆったりとしたボディの動き。ユサユサ揺すられることはなく落ち着いている。
それなのにハンドル応答性はシャープなのだ。中央付近に遊びがなく小さな動きでキビキビと反応する。路面に吸い付くようにワインディングロードでもきれいにライントレースできるから、ドライビングの楽しみも奥深い。丁寧にハンドルを切っていくとこれが「猫足」だとわかる。ボディのゆったりした動きとハンドルのキビキビ感からフランス車らしさを感じるのだ。コーナーを攻めていったときにもロール角は小さく、スポーティにも楽しめる。
BMW 320i ツーリングの動きはドライバーの意思に忠実
BMW 320i ツーリングは先進のバルブトロニック4気筒エンジンを搭載、ノーズが軽く、自然に軽快な動きができる。ハンドルを切るとフロントタイヤが頑張って向きを変えるのではなく、クルマ自ら向きを変えようとしてくれる。ハンドルは特にシャープに反応するわけではないが、クルマの動きはドライバーの意思に忠実だ。この「思い通りに操れる」ところがBMWの真骨頂で、ライバルたちがベンチマークにする所以でもある。
ランフラットタイヤを採用したことによりラゲッジスペースの床下に収納スペースが生まれた。結構深く、色々な物が入るから重宝する。リアのガラスハッチだけを開閉することができるのも便利だ。スーパーやコンビニ程度の買い物ならガラスハッチだけで済む。一歩後ろに下がらなくても開けられるので女性にも扱いやすい。ガラスハッチを開けると自動的にラゲッジカバーが上昇するのも便利だ。
エアコンのコントロールパネル内にRESTスイッチがあるのはBMWだけだ。これは冬にエンジンを止めたままでも30分程度はヒーターが効く機能で、エコドライブには重宝する。
Dセグメントワゴンはどのクルマもセダンより走りが劣るということはなかった。セダンと同じように正確にドライビングができ、同じようにドライビングを楽しめるのは嬉しい。
昔からのクルマ好きおじさんにとってはそれぞれ捨てがたい魅力があるが、BMW 320iツーリングの素直なドライビングフィールはいつまで乗っても飽きがこなさそうだ。(文:こもだきよし/Motor Magazine 2007年7月号より)
アルファロメオ159 スポーツワゴン 2.2JTS セレスピード プログレショッン 主要諸元
●全長×全幅×全高:4690×1830×1440mm
●ホイールベース:2705mm
●車両重量:1630kg
●エンジン:直4DOHC
●排気量:2198cc
●最高出力:185ps/6500rpm
●最大トルク:230Nm/4500rpm
●トランスミッション:6速AMT
●駆動方式:FF
●車両価格:451万円(2007年)
メルセデス・ベンツ C180K ステーションワゴン アバンギャルド 主要諸元
●全長×全幅×全高:4550×1730×1465mm
●ホイールベース:2715mm
●車両重量:1530kg
●エンジン:直4DOHCスーパーチャージャー
●排気量:1795cc
●最高出力:143ps/5200rpm
●最大トルク:220Nm/2500-4200rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:409万円(2007年)
アウディA4アバント 2.0 TFSI クワトロ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4585×1770×1455mm
●ホイールベース:2645mm
●車両重量:1680kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●車両価格:477万円(2007年)
フォルクスワーゲン パサート ヴァリアント 2.0T 主要諸元
●全長×全幅×全高:4785×1820×1515mm
●ホイールベース:2710mm
●車両重量:1580kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FF
●車両価格:384万円(2007年)
プジョー407 SW スポーツ3.0 主要諸元
●全長×全幅×全高:4775×1840×1510mm
●ホイールベース:2725mm
●車両重量:1720kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:2946cc
●最高出力:210ps/6000rpm
●最大トルク:290Nm/3750rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FF
●車両価格:450万円(2007年)
BMW 320i ツーリング 主要諸元
●全長×全幅×全高:4525×1815×1450mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1540kg
●エンジン:直4DOHC
●排気量:1995cc
●最高出力:150ps/6200rpm
●最大トルク:200Nm/3600rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:437万円(2007年)