2007年6月、3代目W204型メルセデス・ベンツ Cクラスが日本に上陸した。キーワードのひとつに掲げた「アジリティ」という言葉にBMW3シリーズをこれまで以上に意識していることがうかがえたが、実際にその走りはどうだったのか。Motor Magazine誌ではさっそく1000km以上におよぶロングランテストを行っている。ここではその時の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年9月号より)

シャープなハンドリングを実感させるC300アバンギャルドS

なりふりなんて構っちゃいられない。新型Cクラスと3日間、1000km以上にわたってじっくり付き合って感じたのは、まさにそんなメルセデス・ベンツの意気込み、あるいは危機感とも言うべき切迫したテンションであった。

Cクラスが、というよりこのセグメントのすべてのクルマが、BMW 3シリーズをベンチマークとしていることは今さら言うまでもないが、それでも、これほどまでに強烈にライバル意識を覗かせる、簡単に言ってしまえばハンドリングコンシャスなクルマづくりをメルセデス・ベンツが臆面もなくしてきたことには、やはり驚きを禁じ得ない。

いや、そもそも衝撃は公式フォトを初めて見た時からすでに受けていたのだ。そのスタイリングは現行Sクラス以降の流れにある、控えめな上質さなどではなく、威厳あるいは存在感を強烈に打ち出す方向へと回帰している。クッキリ見開かれたヘッドライトと、そびえるように立ち上がったラジエーターグリルによって構成されるそのフロントマスクは、まさにその象徴だ。

しかもそのグリルには、これまでは頑なにクーペもしくはスペシャルモデルにのみ使ってきたスリーポインテッドスター内蔵のものが用意されるに至っている。不文律を破棄し、伝統も捨て、それでも新型Cクラスが目指す先にあるのは一体どんな世界か。それを知るべく、C300アバンギャルドSとC200コンプレッサーエレガンスを連れ立って、北を目指した。

空も街も一面グレーに染まる酷い雨の中、首都高速を北上するC300アバンギャルドS。最初の印象は乗り心地が硬いということ。首都高速の荒れて轍のできた舗装で微妙に進路を左右に揺らし、ジョイントを超える度にズンッと鋭く突き上げるのだ。過去、メルセデスにここまで硬いモデルがあっただろうか? 新型Cクラスでは、このアバンギャルドSだけがスポーツサスペンションを標準装備し、それにプラスしてタイヤもフロントが225/45R17、リアが245/40R17と大径そしてワイドになる。それにしても、これはやり過ぎなんじゃないだろうか?

救いは、ステアリングが切り始めから適切な反応を示すため進路の修正が容易で、鋭い突き上げの後にボディの上下動が残ることもないということ。しかし少なくとも、ハンドリングと快適性の両立ぶりは事前の評判ほどじゃないというのが、この時点での率直な思いであった。

東北道に入り巡航速度が上がると、それでも乗り心地はだいぶ落ち着いてきた。というより、路面のうねりに正直にボディが煽られる感は残るものの、それも含めて4輪がしっかり接地している感触が強く伝わり、おかげで落ち着いていられると言った方がいいかもしれない。

ここで「おやっ?」と思ったのがステアリングフィールである。自然と直進状態に導かれ、そこでどっしりと座るメルセデス伝統のあの感触が、この新型Cクラスではちょっと希薄なのだ。操舵力のかなり軽いステアリングは、先に書いたように非常に正確な反応を示すため不安になるわけではない。けれど……と考えていて、この感触は現行Sクラスに通じるものだと気がついた。メルセデスは「敢えて」あの感触を消し去ろうとしているのだろう。

画像: メルセデス・ベンツ C300アバンギャルドS。ホイールベースは2760mmで3シリーズと同じだが、全幅はCクラスのほうが45mmも狭い。

メルセデス・ベンツ C300アバンギャルドS。ホイールベースは2760mmで3シリーズと同じだが、全幅はCクラスのほうが45mmも狭い。

伝統的なメルセデスらしさが濃く残るC200コンプレッサーエレガンス

あるいは、それはアバンギャルドSだけの印象かもしれない。それを確かめるべく、休憩がてら入ったサービスエリアでC200コンプレッサーエレガンスへと乗り換える。先程までの一面真っ黒なインテリアとは違って、ブラウン地にウッドパネルという王道的な色遣いは、乗り込んだ瞬間から気持ちを良い意味で弛緩させてくれる。こうして見ると、ガラス面積が広く、なかなか開放的な室内なのだ。こちらはフード先端にスリーポインテッドスター。メルセデスのセダンに乗っているんだという印象は、こちらの方が強い。そう感じるのは、もはや古い感覚なのだろうか?

再び走り出し本線へ合流。ここでは大型化されたドアミラーが十分な後方視界の確保に大いに役立ってくれた。大きさはともかく形状が今イチ……とも思ったが、機能性はバッチリ。こういったあたりは、メルセデスの流儀が貫かれている。

肝心な乗り味も、こちらはより強く、我々のイメージするメルセデスらしさを感じさせるものだった。サスペンションはしなやかにストロークし、路面のうねりや荒れを軽やかにいなす。一方、大きな入力に対しては減衰力がグッと高まり、しっかりと荷重を支えてくれる。ストロークの奥の方にわずかに突っ張り感もあるが、それは動き出しの柔らかさとの対比が思わせるものかもしれない。徹頭徹尾ある程度の重みをもって荷重を受け止めていた先代に較べて、全体には多少重厚感を欠くとも取れるが、しかしこれなら十分快適と評されるはずである。

ただし直進安定性には、やはり物足りなさも感じた。タイヤが細いことも影響しているのか、こちらはステアリングが中立位置からさらに軽く、直進をクルマ任せにしておけない。オーディオなどを操作しようと目線を下に向けた際など、従来のように掌に伝わる感触だけで直進を保つのが難しく、微妙に進路がズレることが多々あった。これもまたSクラスと同じだ。

しかし、その代わりに新型Cクラスが手に入れたものがある。それが素晴らしいコーナリング性能だ。先に記したきわめて小さな舵角からのステアリングの反応の正確性は、特に先代を知る人であれば、街中を走り出した瞬間からから感じ、そして驚くはず。操舵初期の大きなロールや曖昧な手応えと決別し、速度域も舵角の大小も問わずステアリングを切った方向にノーズが素直に向いていく感覚は、Cクラスではこれまで味わったことのないものだ。

そんなわけで、新型Cクラスで走るワインディングロードは、なかなかに気持ちが良い。これまでのようにロールを見越して切り込まないとラインを外してしまうということがないから、慣れていない人でもきっと運転が上手くなったように感じるはず。一方、多少腕に自信のある人ならば、これまでのような強いアンダーステア一辺倒ではなく、限りなくニュートラルステアに近い感触でコーナーを切り取っていけるフットワークを十分楽しめるに違いない。コーナーの奥がさらに曲がり込んでいても、余程のオーバースピードでない限りステアリングをさらに切り増してやれば、しっかりクルマが反応してくれる懐の深さも嬉しいところ。ホイールベースを伸ばし、これまでよりエンジン搭載位置を後方にずらして前後重量配分を改善するなどした効果はハッキリと出ている。

純粋なコーナリング性能で測るなら、もちろんC300アバンギャルドSの方が速いはずだ。ハードなサスペンションは操舵初期からロールをビシッと抑え、歯切れの良い動きをもたらす。直列4気筒に対してV型6気筒のエンジンは重く、実際に車重は100kg、前輪軸重で60kgの差があり、またリアタイヤを太くしていることもあって、ターンイン、その後の姿勢ともにアンダーステアの傾向はより強めだ。しかし、ここでも正確なステアリングが最後まで舵の効きを確保しているため、タイトコーナーの連続でもコントロールの幅は決して狭くない。こういった辺りも先代までとの大きな違いと言うことができるだろう。

エンジンについては、C300アバンギャルドSのV型6気筒3Lユニットも、C200コンプレッサーエレガンスの直列4気筒1.8Lスーパーチャージャーユニットも、特に後者が先代より21ps、1kgmのアップを果たしてはいるものの、基本的にはともに先代からの流用となる。前者が7Gトロニックと呼ばれる7速AT、後者が5速ATのトランスミッションも従来通りだ。

ともにスペックを見れば一目瞭然だが、十分な出力を誇るだけでなく最大トルクの発生回転域が広く、どこから踏んでも力の漲る、とても使いやすい特性に仕立てられている。特にC300は、トップエンドの伸びはそこそこだが中速域の充実ぶりと回転のスムーズさが光る。7Gトロニックの変速マナーも洗練され、以前のように時にギアを迷ってかギクシャクすることもなく、気持ち良く走らせることができた。

画像: メルセデス・ベンツC200コンプレッサーエレガンス。エアアウトレットを採用し整流効果を高めるテールランプが注目される。

メルセデス・ベンツC200コンプレッサーエレガンス。エアアウトレットを採用し整流効果を高めるテールランプが注目される。

長距離を走り切った後でも疲労度が少ないのはさすが

ドライバビリティではC200コンプレッサーも負けていない。もちろん絶対的にはC300の方が速いにしても、直接乗り換えても不満に思うことがなかったのは、実用域で活発な特性のおかげだろう。帰りの道中は、ほとんどC200コンプレッサーエレガンスのステアリングを握っていたのだが、東北自動車道を流れに沿ったペースで走っても十分こちらの意思に応えてくれる様には頼もしさを感じた。

ただし、スーパーチャージャー特有の高周波のサウンドは以前よりハッキリと耳に届くようになっているから、気になる人はいるかもしれない。フィーリングも、まさに動力発生装置といった印象で、どうにも色気に乏しい。メルセデスっぽいとも言えるのかもしれないが、なまじフットワークの質が変わってきているだけに、物足りなさを覚えたのは確か。往路のC300アバンギャルドSでは気になった首都高速の路面のジョイントも軽やかにいなしていくあたりはかなりの好印象だったし、新橋に帰り着いた時の疲労度の少なさにも、さすがメルセデスと思わせてはくれたのだが、プレミアムカーとして周囲の状況を今一度見回して考えると、あまりに質実剛健な実用車風情で、今一歩エモーションをかき立てられないのである。

ここまで走りの話ばかりになってしまったので、室内空間についても触れておこう。全幅を1770mmに抑えたことが話題となっている新型Cクラスだが、それでもサイズは全方位に拡大している。しかし実は一番の変化は先に記したエンジン搭載位置の後方への移動である。これが全体のパッケージングに大きな影響を及ぼしているのだ。

具体的にはこの新型Cクラス、トーボードがエンジンに押されて全体に手前に寄せられているのか、足元の前後方向の余裕がちょっと乏しい。筆者がペダルから合わせて適切なドライビングポジションを取ろうとすると、シートをかなり後方にスライドさせ、ステアリングのテレスコピックも最大限に手前に寄せるかたちになる。それでも別に良いのだが、問題はこうなると後席の足元空間を侵食してしまうということ。後席では膝頭が前席背もたれの裏に触れる。前席の下に爪先を入れられないこともあり、窮屈な姿勢になってしまうのである。

また前席も、左足が常にセンターコンソールに触れてしまうのが気になる。これは側面衝突対策か、シートが車体のかなり内側に置かれている所為。スポーツドライビング中にはいいかもしれないが、普段はちょっと気になってしまいそうだ。

ラゲッジスペースの広さや形状では光っているとは言え、こうした空間設計の巧みさでは、やはり3シリーズの方が上手いなというのが正直なところである。とは言え、ボディのサイズアップを最低限に抑えたということは、そのあたりを敢えてある程度割り切ったということのはずで、それはそれで見識とも言える。ボディのサイズ設定を含め、このあたりをユーザーがどう評価するかは興味深いところではある。

画像: C300アバンギャルドSの内装はブラックがベース、ウッドはブラックバードアイメープリウッドとなる。

C300アバンギャルドSの内装はブラックがベース、ウッドはブラックバードアイメープリウッドとなる。

新たな展開が予想される今後にも期待感は高まる

1000km以上もの距離をともに過ごした新型Cクラスの2台は、その走りの大きな変化によって、最初に書いた通り強靭なまでの意気込みを大いに感じさせてくれた。サイズは小さくても頑固に貫かれていた、良く言えば重厚、悪く言えば鈍重なメルセデス流の走りに馴染めなかった人、特に若いユーザーには、このハンドリングは十分アピールするのではないだろうか。

と、ここでハッキリ断定して書けないのは、ならばメルセデスを買う意味は一体何に求めればいいのかという思いが、まだどこかに残るからである。たとえば、そのフットワークは確かにこれまでその走りに不満を抱いていたユーザーを納得させるかもしれないが、代わりに伝統的なメルセデス流を好んでいた層からはそっぽを向かれるかもしれない。個人的にも、あの強引なまでの直進性が薄まった軽いステアリングや、どこか軽々しい乗り心地に、寂しさを覚えないと言ったら嘘になる。

強力なライバル、3シリーズに対抗する手段は、果たして3シリーズに近づくことだけなのだろうか? 己の強みをより深く追求するという手はなかったのだろうか? ステアリングフィールなどには新型Cクラスと同じような傾向を感じさせつつも、クルマ全体で見れば明らかに先代よりメルセデス濃度を高め、それによって個性も魅力も際立たせたSクラスを思うと、そんなことを考えずにはいられないのだ。

とは言いつつも、決して失望してしまったわけではない。日本には未だ導入されていないアドバンスド・アジリティ・パッケージが入ってきた時には、快適性とダイナミクスのこれまでにない次元での融合が見られるという期待はあるし、もはやトレンドの直噴ですらないエンジンは、いずれ新世代のものに置き換わるだろう。何しろCクラスに関してメルセデスは、もはやなりふり構ってなどいられないのだから。

そういう意味では、新型Cクラスが今後の進化に伴って、メルセデス・ベンツというクルマに対する我々の思い込みをどんな風に変えて行くのかについて、大いに期待しつつ見守りたいとも思う。そういう意味では新型Cクラス、その本質について語り尽くすには、1000kmでは、まだちょっと短過ぎたようである。(文:島下泰久/Motor Magazine 2007年9月号より)

画像: アジリティとは単に俊敏なことではなく、基本的なドライバビリティを熟成させるための回答と感じられた。メルセデス・ベンツC300アバンギャルドS(左)とC200コンプレッサーエレガンス(右)。

アジリティとは単に俊敏なことではなく、基本的なドライバビリティを熟成させるための回答と感じられた。メルセデス・ベンツC300アバンギャルドS(左)とC200コンプレッサーエレガンス(右)。

ヒットの法則

メルセデス・ベンツC300アバンギャルドS 主要諸元

●全長×全幅×全高:4630×1770×1430mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1570kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:2996cc
●最高出力:231ps/6000rpm
●最大トルク:300Nm/2500-5000rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:664万円(2007年)

メルセデス・ベンツC200コンプレッサーエレガンス 主要諸元

●全長×全幅×全高:4585×1770×1445mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1490kg
●エンジン:直4DOHCスーパーチャージャー
●排気量:1795cc
●最高出力:184ps/5500rpm
●最大トルク:250Nm/2800-5000rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:450万円(2007年)

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