目指したのはすべての面でセグメントリーダーとなること
2006年のアウディA8の世界販売は約2万2600台に達した。2005年に対しては5.5%増しで、これでデビュー以来4年連続で対前年比プラスを記録。S8を含めた販売累計はすでに10万台を超えたという。今まさに絶頂期のアウディを象徴する、このフラッグシップサルーンが迎えたフェイスリフトは、それだけに見た目には決して大掛かりなものではない。しかし、その内容はきわめて充実しており、A8というクルマのポテンシャルを一層引き延ばし、ユーザーの満足度を確実に高めるものだということは間違いなく断言できる。
「スポーティさの面では、A8はすでにセグメントのリーダーの地位にあります。新型が目指したのは、その上で快適性の面に於いてもトップの座に昇りつめることです」
ドイツ・ミュンヘン郊外にある時計マニュファクチュール、クロノスイス本社にて行われたプレゼンテーションで語られたこの言葉こそ、新型A8の進化の方向性を端的に示している。そして結論から先に言えば、その狙いはしかと達成されていたのである。
見た目の変化は大きくない。軽量・高剛性を実現するアウディスペースフレーム(ASF)を採用したボディに変更はなく、新旧の区別をつけるのは難しい。手が入れられたのは、まずシングルフレームグリルの意匠。ドアミラーはLEDサイドターンシグナルを一体化した新デザインのものとされ、ドアハンドルにはクローム加飾が追加された。また、LEDテールランプのデザインがA6やR8に倣ったものに変更され、さらに新デザインのホイールが設定されたといったあたりだ。
今なお他の追随を許さないハイクオリティぶりを見せつけるインテリアにもやはり大きな変更はなく、ステアリングホイールやグローブボックス、ドアポケットにアルミのトリミングが施され、デコラティブパネルに新色が採用された程度である。
しかし、そうした目に見える部分の変わり映えのなさとは裏腹に、その進化のほどは、試乗の起点となったミュンヘン空港を後にして、それこそ数百メートルも走らないうちにハッキリと認識できた。何より静粛性が、圧倒的に高まっているのだ。
室内の音環境は改善されフラット感は洗練された
これまでのA8は、ロードノイズや前方床下から飛び込むエンジンノイズの音量がいずれも平均値よりやや大きく、しかも、その音はいかにもアルミボディっぽい硬質さで、路面などの状況によっては結構耳障りだった。しかし新型では、その音量が俄然小さくなり、極端言えば、100km/h前後での巡航中に聞こえてくるのは決して大きくはない新型ドアミラーによる風切り音ぐらいという状況まで、音環境が改善されているのだ。
そのための方策としては、エンジン音を遮るアンダーフロアパネルには遮音フリース、ポリプロピレンフィルム、サーフェスフィルムの3層構造を採用し、ホイールアーチ内のライニングも新素材のものに変更。さらにフロントウインドウとサイドウインドウには、間に特殊な樹脂を挟み込んだ合わせガラスが使われた。つまり、闇雲な遮音材の追加ではなく素材の見直しなどによって、重量増を伴わずに車内騒音を低下させているわけである。
乗り心地も大きく進化した。持ち前のフラット感はそのままに、細かな路面の荒れに対する当たりのカドが取れ、段差やギャップを乗り越える際の突き上げ感も抑えられたことで、洗練度は格段に向上。最初にステアリングを握ったのは、4.2FSIクワトロに、S8と同じアダプティブエアサスペンション・スポーツや19インチタイヤなどをセットにした新設定のスタイルパッケージ「スポーツ」装着車だったのだが、それでもこの効果は明らかだった。となれば、標準仕様の乗り味は推して知るべしで、もはや積極的にしなやかと表現しても良いほどの心地良い走りっぷりを獲得している。
これはアダプティブエアサスペンションのバルブシールの材質見直しによるフリクションの低減と油圧系のリファインの賜物。劇的に高まった静粛性と合わせて、快適度を格段に向上させている。特に後席で受ける恩恵は小さくないはずだ。
シャシに関しては他に、サーボトロニックと呼ばれる速度感応式パワーステアリングの制御系を全車S8と共通のものとすることで、操舵感を向上させているという。これに関しては、言われてみればそうかな?という程度。中立位置の若干の曖昧さや微舵域でのフリクションはまだ残っている。このあたりはちょっと残念だ。
エンジンやパワートレーンは、2.8FSIが新設定されたほかは、いずれもこれまでのものを踏襲。ガソリンエンジンに全車FSIを採用し、V型6気筒、V型8気筒、V型10気筒、そしてW12という何ともマニアックなラインアップを揃えるのはA8の大きな特徴のひとつだ。
欧州では目玉となるFFの2.8FSIが日本に導入されないのは残念
新型A8の快適性と並ぶもうひとつの注目点が安全装備の充実である。Q7に続く設定のアウディサイドアシストは、車両の側方及び後方を監視し、接近する車両の存在をドアミラー内側に設けられたLEDインジケーターにて知らせるシステム。ボルボが導入したBLISとほぼ同様のものと言えばわかりやすいだろう。ただし、これは24GHz帯のレーダーを用いるため日本での展開は難しいかもしれない。
ルームミラー上部に装着された小型カメラで前方を監視し、車体が車線から逸脱した際に警告を与えるのはアウディレーンアシスト。車速65km/h以上で作動し、警告はステアリングホイールを振動させて行う。こちらも実際に体験してみたが、一般的な電子音による警告より、よほど効果的だと感じた。
こういったあたりが新しくなったA8の主な概要なのだが、実はあとひとつ是非とも紹介しておきたいトピックがある。それは本来、ヨーロッパでは今回の変更の目玉と位置づけられている新グレード、2.8FSIだ。
先にA6に積まれて日本にも導入されたアウディバルブリフトシステムを搭載する新エンジンを積むこのモデルの狙いは、ここに来てさらに急進化してきたCO2排出量の論議にひとつの回答を示すこと。何しろその数値は199g/kmと、A8 3.0TDIクワトロの227g/km、レクサスLS600hの220g/kmと較べて圧倒的に小さいのだ。それも、低燃費を実現する新エンジンにCVTのマルチトロニックを組み合わせ、ASFによって車重は1690kgに過ぎないのだから納得。
実際、今回も市街地から速度無制限区間を含むアウトバーンまで走って、10km/L近い燃費をマークしていた。
しかも、乗り味だって素晴らしい。燃費低減のためフリクションロスを徹底的に減らしたエンジンは回り方がとにかく緻密で上質。シームレスな加速を実現するCVTとの組み合わせは、得も言われぬ爽快感をもたらす。力が有り余っているわけではないが、アルミボディと空力の良さによって、加速感はまるで滑空しているかのよう。前輪駆動だけに確かに直進安定性はクワトロに譲るが、この軽快で上質な走行感覚の前では許せてしまいそうだ。
ところがアウディジャパンは、このA8 2.8FSIを導入しない方針だという。もはやパフォーマンスだけではブランド性向上には繋がらず、むしろエココンシャスであることの方が、よほどアピールになる時代である。この手のモデルの顧客である企業のトップクラスにそうしたことに敏感な人が少なくないというのは、レクサスLS600hの売れ方を見れば明らかだ。軽量なアルミボディと高効率エンジンの組み合わせという逆方向からのアプローチによって実現した、A8 2.8FSIのさらなる環境性能の高さは、「技術による先進」というアウディの哲学を、たとえばクワトロなどよりも、よほど雄弁に語ると思うのだが……。
見ての通り、見た目の変化は最小限度でしかない新しいA8だが、ここまで紹介してきたように、その進化ぶりは目を見張るものがある。まさに完成形に至ったと評すべき、このA8。ふんだんに盛り込まれた最新のテクノロジーと、すべてに隙のない高い完成度は、まさにアウディのフラッグシップに相応しい。来年前半を予定している日本導入を機に、より多くのハイエンドサルーン購買層に、その魅力が伝わることを願いたいところである。(文:島下泰久/Motor Magazine 2007年11月号より)
アウディ A8 2.8FSI 主要諸元
●全長×全幅×全高:5062×1894×1444mm
●ホイールベース:2944mm
●車両重量:1690kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:2773cc
●最高出力:210ps/5500-6800rpm
●最大トルク:280Nm/3000-5000rpm
●トランスミッション:7速CVT
●駆動方式:FF
※欧州仕様
アウディ A8 4.2FSIクワトロ 主要諸元
●全長×全掾~全高:5062×1894×1444mm
●ホイールベース:2944mm
●車両重量:1800kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4163cc
●最高出力:350ps/6800rpm
●最大トルク:440Nm/3500rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
※欧州仕様
アウディ A8 6.0 W12クワトロ 主要諸元
●全長×全幅×全高:5062×1894×1444mm
●ホイールベース:2944mm
●車両重量:1960kg
●エンジン:W12DOHC
●排気量:5998cc
●最高出力:450ps/6200rpm
●最大トルク:580Nm/4000-4700rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
※欧州仕様