2007年9月、E92型BMW M3クーぺが日本に上陸した。エンジンが従来型の直6からV8へと変更され、パフォーマンスが大幅な進化を遂げたことで世界から注目を集めていた。時代の要求とともに、Mのアイデンティティはどう変わっていたのか。Motor Magazine誌ではさっそく日本の道で「新しいM3」を試している。今回はその時の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年11月号より)

進化のベクトルは、「より速く、より快適に」

2ドアクーペ特有の大きなドアを開き、ゆったりとしたサイズのドライバーズシートへと腰を降ろす。と、遠く後方のBピラーからベルトリーチャーがスルスルと肩口まと伸び、シートベルトの装着をサポートしてくれる。新しいM3のドライブは、これまで3代のモデルには見られなかったホスピタリティによってスタートを切る。そして、テストドライブを終えた今となってみれば、新型M3が狙ったキャラクターというのは、エンジンに火を入れ実際に走り出す以前の、すでにこうしたシーンに象徴されるものであると思うにも至ったのであるが……。

1986年にリリースされた初代M3。それは、コンペティションの場へと打って出るホモロゲーションを獲得するための、純粋に「戦うためのクルマ」として開発されたと言える1台だった。

セダンをベースにしながらファットなシューズをクリアするために、フェンダーを膨らませるなどのリファインが施されたそのボディは、まさに「改造車」という表現がピタリと決まりそうな、飾り気などまるでない徹底的にファンクショナブルなルックスが大きな特徴だった。そこには、いわゆるホスピタリティ精神の演出などという心配りは皆無。とにかく「速さこそ善」というスタンスが直球で表現されたモデル。それこそが、BMW M3というブランドの根源であったのだ。

ところが、それから20年以上の歳月を経た現在に登場した最新のM3は、もはやある面、そうした初代のM3を「反面教師」と位置付けたようなモデルへと成長を遂げていた。

それはまず、歴代M3として初めて8気筒エンジンを搭載という、その心臓のスペックにも如実に表現されていると言って良いだろう。初代M3に乗った人の一体誰が、20数年後にそのモデルが8気筒エンジンを搭載すると予測しただろうか……。

高回転・高出力化の追求を目的に贅沢なテクノロジーをふんだんに用いて生み出された新型M3用の心臓は、排気量1Lあたりの出力が軽く100psをオーバーする。なるほど、こうした「コンペティティブ」なスペックを羅列するという点においてはこの新型M3の心臓も、これまでの歴代M3用エンジンからの血統の継承を確かに感じさせるものと言って良いだろう。

けれども、当初は4気筒だったシリンダー数が今や8気筒へと置き換えられ、初代モデルでは200psに満たなかったその最高出力も今や420psと、まさに隔世の感を免れない。となれば、クルマ全体のキャラクターも大きく変化せざるを得ないのは自明だろう。

刹那的な速さを追求する初代M3のコンペティティブな走りから、快適性やツーリング性能の大幅アップまでをも視野に入れてきたのが、E36/E46型という2代目/3代目の6気筒エンジンを積むM3。そして、そんな進化の過程を経てさらに2気筒を増やした最新のM3がいかなる走りのマナーを身に付けたのか? これが、今回のテストドライブにおける、大きな興味でもあったわけだ。

セダンボディでは演じることのできない流麗さをアピールしつつも、フル4シーターパッケージングを備えたモデルとして実用性の高さも売り物とする最新3シリーズクーペ。そのボディを叩き台に、さらに各部にハイパフォーマンスモデルならではのさまざまなリファインが加えられたM3のアピアランスは、「駆けぬける歓び」を標榜するBMWの走りの頂点に立つモデルとしての躍動感とプレミアム感が、実に巧みにバランス良く表現されている印象だ。

画像: 相当に高いスピードでコーナーに進入しても、もはや簡単にはタイヤのスキール音すら耳にできないほど、M3のコーナリング性能の高さは圧巻。

相当に高いスピードでコーナーに進入しても、もはや簡単にはタイヤのスキール音すら耳にできないほど、M3のコーナリング性能の高さは圧巻。

室内からはスパルタンな雰囲気は感じられない

そんな新型M3のドライバーシートの感触を味わう。当然サーキット走行までをも視野に入れたモデルだけに、シートデザインは明確なバケットタイプ。が、そこには各種の調節機能が用意されるから好みのドライビングポジションを得るのは容易だし、ノヴィロ・レザーを用いたシートのサイサポート/サイドサポートの張り出し量も過度ではないので、乗降性に関しても3シリーズクーペに対してハンディキャップを感じさせられることはない。

今回のテスト車両は右ハンドル仕様。トランスミッションケースの張り出しに合わせてA/B/Cの3つのペダルが全体にやや右寄りレイアウトになる傾向はあるものの、それは不自然な体勢を強いられるほどではないし、クラッチペダルを操作後の左足置き場もきちんと備わるから、もはや左側通行のこの日本でこの右ハンドル仕様を選ばない理由は何ひとつとして存在しない。ディテール部分には専用の化粧も施されるインテリアだが、ダッシュボード周りは3シリーズセダンやクーペで見慣れた風景。スパルタンな雰囲気を放つのは、レッドラインが8300rpm以上というタコメーターと、フルスケールが330km/hのスピードメーター程度だ。

エンジンスタートボタンに触れ、気筒あたり500ccの心臓に火を入れる。8気筒エンジンらしく振動はごく少ないが、アイドリング状態でもそのサウンドはなかなかの迫力だ。完爆の瞬間の音作りはBMW各車も得意とするところだが、さすがにM3はそうした中にあっても、すでにひと味の違いを感じさせる。

クラッチ踏力は重めだが、しかし例えばポルシェ911GT3のように「重い」と明確に記すべきレベルではない。ちょっと嬉しかったのは、上り坂発進を補助するヒルストッパーが採用されていること。スターティングトルクも十分なのでその発進性にもちろん不満はないが、それでもこれは、日常シーンでの走りの自由度を高めてくれるのに大いに有効な実用装備であるのは間違いない。

街中での緩加速には、「1速飛ばし」のシフトアップ操作で十二分。シフトフィールは良好だが、シフト時のクラッチ断続で駆動系のバックラッシュが少々感じられるのは惜しい点。一方、こうして街中を流すようなシーンで驚かされたのが、その乗り心地の素晴らしさだ。

画像: ダッシュボード周りは3シリーズで見慣れた風景と大きく変わらない。日常のシーンでは上質な乗り味を感じさせてくれる。

ダッシュボード周りは3シリーズで見慣れた風景と大きく変わらない。日常のシーンでは上質な乗り味を感じさせてくれる。

圧倒的なトラクション能力、乗り心地の良さも抜群

テスト車はオプション設定のEDCを装備していたが、そのポジションが『コンフォート』、もしくは『ノーマル』位置にある場合の乗り心地は、「これまで経験したどのBMW車よりも抜きん出ている」と評してさえ過言ではないくらい。こうした乗り味に加え、昨今の多くのBMW車に共通するウイークポイントである轍路でのワンダリング性にも例外的に優れていたのは、M社のポリシーでランフラットタイヤは採用しないという例の一件も功を奏しているに違いない。

……と、そんな上質な乗り味の持ち主ゆえに、今度のM3は実は「史上最もハイウェイクルージングを得意とするM3」と表現できる1台でもある。ずば抜けた静粛性、とまでは言わないがその静かさにも不満はないので、このモデルならばオーディオに凝るのも悪くなさそうだ。

日常シーンでもフレキシブルなトルク感を味わわせてくれるエンジンだが、「Mモデル」としての真価を発揮してくれるのは6500rpm以上の領域。ここからレッドラインである8300rpmまではまさに一気に、パワフルに吹け切ってしまう。

2速、あるいは3速ですら、その爆発的な加速力とシャープなアクセルレスポンスは凄まじく、タコメーターの針は軽々とレッドゾーンへと飛び込みそうになるので、レブリミットへの接近を示すインジケーターを実用装備として欲しくなる。ちなみに、そのむせび鳴くかのように魅惑的なハイトーンの高回転時のサウンドは、「まるでスポーツバイクのよう」とは撮影していたカメラマンの声。もちろん、そんなゴキゲンなサウンドは、スポーツドライビングを堪能中のドライバーの耳にもしっかりと届く。

そんなこんなで「価格のうちの少なくとも半分は、エンジンに支払う価値があるのではないのか!?」という思いは、やはり歴代M3とも共通する印象だ。

新型M3の走りの美点はもちろん、思い通りのトレースラインを、とんでもないスピードで!描くことがたやすいシュアなハンドリングにも現れている。

先に紹介したEDCとともに、スロットルの線形やステアリングのパワーアシスト力も、スイッチ操作によって好みの組み合わせを得ることのできるMドライブがやはりこのテスト車にはオプション装着されていたが、そうした制御モノのセッティング位置を問わず、新型M3のフットワークのポテンシャルが只者ではないのは、誰にでもすぐに納得できるだろう。むしろ問題となるのはそうしたこのモデルの真の実力を発揮できる場がこの日本ではごく限られたところにしか存在しないことと、Mモデルの悪しき伝統(?)でステアリングホイールのリムが何とも太過ぎるくらいのことだろうか。

大径のコンパウンドディスクブレーキが発する強力なストッピングパワーは、ワインディングロードを「ちょっと飛ばす」程度のペースでの走りではもちろん全く音を上げそうな気配すら示さない。ただし、こればかりはサーキット走行をはじめとするハードな走りでどの程度の持久力を持つのかは「今のところ未知数」と言わなければならないだろう。個人的にはこれまでの歴代M3は、ブレーキの耐フェード能力に関してさほど高得点は与えられないという印象を抱いてきた。そのあたりがどう改善されているのかは、楽しみでもありちょっと不安でもあるポイントだ。

ところで、軽く400psをオーバーする心臓とFRレイアウトという組み合わせがもたらすトラクション能力に対する心配は、嬉しいことに全くの杞憂に終わることになった。

すなわち、タイトターンからの低ギア/フルアクセルでの立ち上がり、といった厳しいシーンでも、このモデルの後輪はとてもFRレイアウトの持ち主とは信じられないほどの強力さで路面を蹴ってくれるのだ。

いかに50:50の重量配分を謳うモデルといえども、FR車がここまでのトラクション能力を発揮するとは驚き以外の何者でもない。もちろんそこには、左右駆動力配分を0:100から100:0まで、すなわち完全なるデフロック作用までを無段階に行うMディファレンシャルロックの働きも大いにあるに違いない。

いずれにしても、新型M3で個人的に最も感嘆した走りの能力というのは、実はFR車としては圧倒的と思えるこのトラクション性と言っても良いくらいだったのである。

これまでM3というモデルは、モデルチェンジの度により速く、より快適になってきた。そしてそんな進化のベクトルは、今回のモデルチェンジでもやはりまったく変わることはなかったと言って良いだろう。

ただし、それは初代M3が狙っていた「コンペティションフィールドへの挑戦」というタイトルからは、時代と共に確実に離れつつあることをも意味している。「戦うクルマ」から サーキット走行も難なくこなす飛び切り速いGTカーへ、冒頭述べた通り、ドアを開き、乗り込もうとするたびにシートベルトリーチャーがベルト装用をサポートしてくれる8気筒エンジン搭載の新型M3には、そんなイメージが否定できないのもまた事実なのである。(文:河村康彦/Motor Magazine 2007年11月号より)

画像: 従来型でも文句ナシに高かったコーナリングスピードにさらに磨きがかけられたように感じられるのは、トレッドが広がり、タイヤがそのファットさを増したことなどとも大いに関係がありそう。

従来型でも文句ナシに高かったコーナリングスピードにさらに磨きがかけられたように感じられるのは、トレッドが広がり、タイヤがそのファットさを増したことなどとも大いに関係がありそう。

ヒットの法則

BMW M3 クーぺ 主要諸元

●全長×全幅×全高:4620×1805×1425mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1630kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:3999cc
●最高出力:420ps/8300rpm
●最大トルク:400Nm/3900rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FR
●最高速:250km/h(リミッター)
●0→100km/h加速:4.8秒
●車両価格:996万円(2007年)

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