人力飛行機を支えるものは学生たちの職人気質だった
人力飛行機というと、日本では夏のTV特別番組「鳥人間コンテスト」(以下、鳥コン)が有名だ。しかし、番組では機体に関する紹介はまったくない。そこで今回は鳥コンだけでなく、数々の人力飛行機国内記録を持つ、日本大学理工学部 航空研究会のメーヴェを取材した。
人力飛行機の特徴は、たった200Wプラスアルファの人力で、1時間あたり20km以上の距離を飛行できる能力だ。これはどのような機体から生まれるのだろう。(国際規格による日本記録は、メーヴェ21による49.172km。所要時間は1時間48分12秒)
人力飛行機は、メーヴェに限らず一定の条件によって成立している。距離や飛行時間を競う人力飛行機の出力は200Wプラスアルファが限界。対して機体+パイロットの総重量約100kgを浮上させる推進力が必須となる。機体を浮かせる揚力は約100kgで、さらに前方からの空気抵抗の数kgをプロペラの推進力で負かすのが飛行の原理だ。
大きな揚力を得るために、大きな主翼=翼面積は約30平方メートル超が必要となり、主翼長は左右両端までが33~35mもある。翼の前後幅は最大でも約1mという極めて細長い形状をしている。主翼に補助翼は一切なく、垂直尾翼で方向、水平尾翼で高度を調整するだけの構造だ。
各翼はカーボンファイバーのパイプ=桁が主骨格として1本あり、主桁に魚の小骨のような翼断面形リブが数十本も差し込まれ、その骨格の上にフィルムを張っている。各翼のおびただしい数のリブは、設計形状に切り出したスタイロフォーム(発泡プラスチック材)にバルサ材を貼り合わせた3層構造。両者の特長を活かしネジレや機械的強度に強く、加工性も良くなっている。さらに1枚のリブにも肉抜き穴が施され、0.1グラムでも軽量化を追求している。翼の外皮は、10ミクロンの熱収縮フィルムを張ってある。強度の必要な部分はスタイロフォームのシートを張った上にフィルムを張るので、外観はブルーに見える。
胴体は強靭な4層カーボンパイプを主骨格に、その前端にプロペラ、続いてコクピットが吊り下がり、上部に主翼、後部に水平尾翼・垂直尾翼の順に配置されている。プロペラはパイロットの脚質とパワーに応じて最適な回転数と回転半径、ネジレ(ピッチ)を決めている。繊細で重要な部分だが、長年の経験を生かした手計算で形状を決め、翼と同じ方法で製作している。驚くのは可変ピッチ式で、飛行中のパイロットの調子により、回転数が変わった場合でも推力を最適にできることだ。
コクピットは200Wプラスアルファのパワーを逃さず受け止める、カーボンパイプフレームに座面・操縦ハンドルとクランク+ペダル、絶対に必要な計器類だけの単純なもので、卵型のフェアリングに覆われている。外皮は発泡スチロールと樹脂製で、発泡スチロールの裏面は透けるほどギリギリまで肉抜きしてある。形状は風洞実験ではなく、試験飛行とコンピュータ シミュレーションで最適化している。
動力となるパイロットは、1年生のときに志願し、志願者をエルゴメーターでテストし選出する。すべてがパイロットありきで、毎年7月の鳥コンが終わると、翌年のパイロットに合わせた翼/プロペラ/コクピットの設計が始まる。パイロットの日常は自転車ロードレース選手のようなもので、200Wプラスアルファはロード選手的にいうと、8%の坂をクランク回転98rpmで上るような感じだという。他にも、グライダーで飛行体験を行ったり、練習機で試験飛行を繰り返し、3年生の7月に備える。
人類の夢ともいえる人力飛行機は、ハイテクの世になっても、とても職人気質な世界なのだった。なお、この取材の半年後、メーヴェ36は2019年 鳥コンテストで38km超を飛び、人力プロペラ機ディスタンス部門 2位(歴代3位)の快挙を遂げた。(文 & Photo CG:MazKen、取材協力:日本大学理工学部 航空研究会<NASG>)
※「モンスターマシンに昂ぶる」は今回で終了します。
■メーヴェ33 諸元(鳥コン2016 優勝機)
●全長×全幅×全高:8.43×35×3.96m
●機体重量:38.5kg
●乗員重量:67kg
●プロペラ回転半径:1.54m
●回転数:141rpm
●必要パワー:242W
●推力:28N
●巡航速度:27km/h