全長5.6m、重さ2.6トンのボディがスタートから5.8秒で100km/hに
筆者が幼い頃に聞いたロールスロイスにまつわる話。ある富裕なイギリスの企業家が、家族でロールスロイスに乗って長期休暇に出る。ところが片田舎でドライブシャフトが折れるというトラブルが起きてしまう。そこで秘書に電話して修理を依頼する。ずいぶんと時間がかかると思っていたら、翌日ヘリコプターでメカニックとともにパーツが届き、あっという間に修理は終わった。
数週間後、休暇を終えた件の紳士だがいつまで経っても請求書が届かない。黙っていても悪いと思って電話で名前を名乗り、シャフトの折れたことを伝えると、「ロールスロイスのシャフトは折れません。何かの間違いでは」という返答とともに電話が切れた、というものである。
あるいはロールスロイスを納車する際に、顧客の前でセールスマンが長いボンネットの上にコインを立ててエンジンをスタートさせる。もしコインが倒れたら「すみません、不良品でした、お取り換えします」と、セールスマンがクルマとともに引き下がる。
子供の頃、これと似た話をもっとたくさん聞いたような気がする。そしてロールスロイスはいつもワールドベストカーというタイトルがピッタリの存在感を持っていた。
さて、時代は変わってロールスロイスはBMWの傘下に収まり、2003年に新世代のファントムが誕生した。ほぼ同時期に現れたマイバッハと違い、今や年間1000台を超える確かな販売台数を誇るのは、世界が認めたブランド力にあると思う。
このロールスロイスの最新モデル、ファントムクーペの試乗会が、ジュネーブから西へわずか1時間足らずのスイス国境に近いフランスにあるリゾートホテルで行われた。
ロールスロイスの新車試乗会など滅多にあるものではないが、フレンドリーでアットホームな雰囲気に包まれている。デザイナーのイアン・カラムも同様だが、今回はとくにドロップヘッドに対するフィックスドヘッドというネーミングをなぜ採用しなかったのかという議論で大いに盛り上がった。というのは彼も私も単なる「クーペ」と言う名前が気に入らなかったからである。
さて、クルマの印象に入ろう。長さ5609mm、幅1987mm、高さ1592mmの堂々としたサイズである。イアン・カラムによるデザインはシンプルかつ落ち着きのある伝統重視のもので、フロントエンドはグリルをやや低く寝かせた結果、ファントム リムジンよりも大人しく感じる。スマートが1台、上に乗りそうなほど長いボンネットの下に搭載されるエンジンは、BMW製6.7L V12で、最高出力460ps、最大トルク720Nmを発生する。
そして総アルミボディにもかかわらず、重さは2.6トンもある2ドアのファントムは、ZF製の6速オートマチックを介してスタートから100km/hを5.8秒で加速し、最高速度はきっちり250km/hでリミッターが働くようにセッティングされている。
後ろヒンジの大きなドアを開けると、レザーとウッドとアルミの世界が広がる。巨大なサイズの割にはキャビンにはタイトな感じが漂う。しかし、もちろんリアコンパートメントも含めてスペースには問題はない。
ピクニックトランクとも呼ばれる休憩用のラブチェアにもなるスペースは、ダブルアクションで上下に開き、後部のゲートが下がりフットレストになる。ただし、トランク容量はわずか395Lと小型車並み。ドライブ旅行で荷物が積めなかったら、カローラかゴルフのレンタカーにチェンジするしかない。
あるいはどうしても大きなカーゴルームが欲しいならば、BESPOKE(特殊注文受付カスタマーサービス)に連絡をとって、シューティグブレークにしてもらったらどうだろうか。引き受けてくれるかどうかは保証しないけれど。