大衆車がレースを勝ち続けるサソリの魔力
カルロ・アバルトは間違いなく、50年代、60年代におけるモータースポーツシーンのヒーローだった。
スポーツカーが今にも増して高嶺の花、永遠の憧れだったような時代に、誰もが手の届く高性能として、とりわけ大衆の喝采を浴び、その期待を一身に背負い、600(セイチェント)や500(チンクェチェント)といった、イタリア中を走っているフィアット=大衆車に、高性能エンジンを押し込んだサソリのチューニングレーサーは、しばしば高価で本格的な大排気量スポーツカーを打ち負かし、数々の伝説を築きあげた。その鮮烈な戦いぶりの記憶から、今なお多くの熱狂的なカーガイから支持されている。
70年代以降にフィアット傘下となった後も、フィアットのレーシング部門として、アバルトの果たした役割は大きかった。当時、フィアット&ランチアがメーカーの威信を賭けて戦ったWRC用モデルは、ほとんどアバルトが手がけたもの。今なおマニアックな人気に支えられている一連のランチア デルタシリーズなどはその際たる例だ。
80年代には、数々の魅力的なフィアット系スポーツモデルにその名が冠されている。アウトビアンキA112アバルトやフィアット リトモアバルトなどがそれで、確かにその走りのホットさにはサソリの影が感じられた。
フィアットの組織上からその名がすっかり消えてしまった後も、そんなサソリのスピリットは、モータースポーツ活動だけでなくフィアットのあちこちに散らばった才能の中で静かに守られていく。もっとも、日本で先行発売されたプント スポルティング アバルトのように、単にその名声を利用しただけのモデル(それでも楽しく乗れたものだ)もあって、熱狂的なファンを落胆させたこともあったが。
2007年、フィアット・グループ・オートモービルズに属する独立法人として、つまりはアルファロメオやランチアと同格の組織として、10年ぶりに新生アバルトが発進した。その組織再生にあたっては、グループ内のあらゆる部署から、アバルトの精神に共感する優秀なスタッフが集められたという。
2009年2月現在、アバルトの指揮を執っているのはフィアット全体の技術開発・デザイン部門の責任者でもあるハラルド・ウェスターだ。
「カルロ・アバルトの功績を現代において再現する」。これがモダンアバルトのコンセプトである。カルロの時代のように、大衆車のチューニングに始まり、モータースポーツにも積極的に関わって、最終的にはオリジナルモデルを造りたい。その第一歩がアバルトグランデプントであり、またアバルト500なのだ。
アバルトが独立した組織をもつブランドであることは、アバルト グランデプントやアバルト500を観察すればわかる。フィアットのエンブレムが見当たらない。代わりにサソリのエンブレムが多数。もちろん、車名にもフィアットは謳われない。
昨年(2008年)末に日本市場への導入も正式に発表され、第1弾であるアバルトグランデプントの仕様と価格、さらには日本におけるディーラーネットワークもアナウンスされた。中でも驚かされたのが価格だ。270万円という設定は十分に競争力があると思う。同時に、春過ぎにはやってくるという、アバルト50の価格設定にも、大いに期待が高まる。
アバルトの明るい未来を期待させる2台
あらためて、2台の概要を報告しておこう。まずはアバルト グランデプントから。ベースモデルに比べて6mmワイドトレッド化、10mmローダウン化し、専用エアロパーツ(フロントバンパー、サイドステップ、リアバンパー)と17インチタイヤ&ホイールをまとって、はっきりとスポーティで精悍、けれどもすっきりとした出で立ちを得た。
ハイライトはエンジンとシャシだ。1.4L DOHCユニットはIHIターボチャージャーRHF3によって過給され、最高出力155ps&最大トルク201Nmを得た。6速MTのみの設定で、3.5秒間だけブースト圧が上がり230Nmのトルクを得るというスポーツスイッチも備わる。形式的にはノーマルと同じ足まわりや電子制御デバイスにも専用チューニングが施され、フロントブレーキはブレンボである。
乗り味はどうか。17インチタイヤをきっちりと履きこなし、街乗りの領域ではベース車よりも心地よく硬いといった風情で、欧風好みにはたまらないライドフィールだった。
攻め込めばいかにもFFホットハッチらしい古典的な動きを見せる。決して過激ではないが、ノリのいいパワーフィールが好ましい。リアタイヤの追随性に優れるから、多少ハイスピードでコーナーへと進入しても、気持ちよくクリアしていける。中高速コーナーにおける路面に吸い付くような走りはひとクラス上だ。
スポーツモードスイッチを押すとトルクが一割も増え、ステアリングフィールがガチッと重くなる。ドライバーも自然と脇が締まりヤル気モードに。パワー感はそれほど劇的に上がらないが、ノーマルに比べて相当にスポーティで楽しい。
もう一台、アバルト500はどうか。古えの595&695を彷彿とさせる迫力あるスタイリングである。重心の低さとワイド感が強調され、ノーマルの可愛らしさを一蹴する迫力だ。このルックスを見るだけで、「早く運転させろ!」と心が急く。
エンジンはアバルト グランデプント用と同じ1.4L直4DOHCターボ。あちらが155psを誇るのに対し、500アバルトでは135psに抑えられた。組み合わされるトランスミッションも6速MTではなく5速MT。パワー&トルクカーブは155ps仕様とほぼ同じ。スポーツモード時に最大206Nmとなるピークトルクは、アバルト グランデプントと同じ3000rpmで発生する(アバルト グランデプントは230Nm)。
ビッグパワーを楽しむために、様々な電子制御はもちろん、ノーマル500と同等の安全装備に加えて、16インチタイヤ&ホイールを履くなど、仕様を充実させた。新しい装備として、GSI(ギアシフトインジケーター)やTTC(トルクトランスファーコントロール)なども採用されている。足まわりは基本的にノーマル500と同じ形式だが、専用チューニングされたローダウンサスペンション仕様だ。
アバルトグランデプント同様に、ひと足早くイタリアで試したときの印象を振り返っておこう。
ノーマル500のカジュアルレトロモダンな雰囲気から一転、いかにもレーシーで硬派なインテリアが気分を盛り上げる。オプションの真っ赤なレザーシートは張りが強め。クロスシートの方が座り心地がいい。
小さな体から発せられる野太いビートを聞くと体が自然と前のめりになって、たまらずフルスロットル。
スポーツモードONでインジケーターに合わせてシフトアップする。地べたをがっちり掴んで離さない、そんな加速姿勢が実に頼もしい。やや高めのドラポジが、下半身の剛胆さとすばしこさをより強調してくれる。グランデプントと同様に激しさに過ぎるということがない。いずれのモデルも、エッセエッセキットでさらに過激仕様にできるからであろう。ノーマルではほどよく調教されたパワフルさと言える。
ドライビングテクニックなんか無視して、とにかくアクセルを踏みこみハンドルをこねくり回したくなる。小さいがゆえ好き勝手に走らせてOK。そんな気分にさせるところがたまらなく楽しいオトナのオモチャだ。
グランデプントはオールマイティなホットハッチだが、500はそれよりもわかりやすく楽しさで上回る。
アバルトグランデプントによるラリー参戦やアバルト500によるワンメイクレースなどモータースポーツ計画も推進されつつある。第二段階までは今のところ順調そうだ。両車の成功を足がかりに、近い将来、アバルトオリジナルモデルを見てみたいものだ。(文:西川 淳)
アバルト グランデプント 主要諸元
●全長×全幅×全高:4060×1725×1480mm
●ホイールベース:2510mm
●車両重量:1240kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1368cc
●最高出力:155ps/5500rpm
●最大トルク:201Nm/5000rpm
●ブースト時最大トルク:230Nm/3000rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FF
●タイヤサイズ:215/45R17
●最高速度:208km/h
●0→100km/h加速:8.2秒
●車両価格:270万円(2009年当時)
アバルト 500 主要諸元
●全長×全幅×全高:3657×1627×1485mm
●ホイールベース:2300mm
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1368cc●最高出力:135ps/5500rpm
●最大トルク:180Nm/4500rpm●ブースト時最大トルク:206Nm/3000rpm
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:FF
●タイヤサイズ:215/45R17
●最高速度:205km/h
●0→100km/h加速:7.9秒
●車両価格:未定 ※EU準拠