里山に佇む日本が誇るべきアート作品
お茶漬けのおまけのカードで知っている程度で、浮世絵などまるで興味がなかった。ところが、1枚の絵を見て風向きが変わった。それはゴッホの「ダンギー爺さん」(ロダン美術館蔵)という作品である。
味のある爺さんよりもその背後に描かれたものに目が釘付けになった。描かれているのが富士山など日本の風景、和装の女性や花魁と思しきものだったからだ。聞けば歌川広重や歌川国貞(三代豊国)の版画=浮世絵なのだという。ゴッホがなぜに!? と思ったものだ。
それだけではない。モネやマネといった印象派の巨匠たちも作曲家のドビュッシーらも浮世絵の影響を受けていたというのだから驚いた。有名な話なのでご存じの方も多いだろうが、授業をほぼ寝て過ごした輩にとっては、かなりの衝撃だった。
巨匠たちは浮世絵を求め、鑑賞のみならず、構図や色彩なども参考にしていたという。あの世界最古の自動車メーカーにしてエキセントリックなクルマづくりで知られる、フランスのパナール社が創業した頃のことだ。日本で脱亜入欧が叫ばれていた時に、当時最先端の国がジャポネスクブームに沸き、日本人が見向きもしなくなった浮世絵に憧れたというのだから、皮肉にも、である。
世界的建築家の隈 研吾が設計
さて、そんなきっかけからヒロシゲ?と調べていたら、その名を冠した美術館が栃木にあることを耳にした。それが栃木県那珂川町(旧馬頭町)の「那珂川町馬頭広重美術館」である。都心からはクルマで3時間半ほど。東北自動車道の矢板ICから約50分、常磐自動車道那珂ICから約60分という、杉林が広がる里山にある。
訪れてこれもまた驚いた。とてもスタイリッシュな美術館なのだ。切妻造りの屋根が特徴の長い平屋建の建物はモダンな造りで、周囲に溶け込みながらも凛とした空気が漂う。浮世絵=江戸時代の古びた絵=館もきっと妙な純和風だろう、くらいに思っていたから、そのギャップ感で到着した時は目を疑ったほどだ。
設計を手掛けたのは、国立競技場の設計で知られる建築家の隈 研吾氏。館は地元産の八溝杉を使ったルーバーに包まれており、佇まいは実に清らか。陽光の差し込みが美しくどこか居心地がいい。国立競技場といえば木材にこだわって作られたことで脚光を浴びたが、そのルーツのひとつともいうべき建物でもある。
決して大きくはないが、館内も素敵だ。床に芦野石、壁には烏山和紙と地元産の素材で構成され、上質で落ち着きがある。そこに広重の代表作「東海道五十三次」や「名所江戸百景」の版画をはじめ、珍しい広重の肉筆画や他の絵師たちの作品が展示されている。
浮世絵からは当時の景色や人々の姿、トレンドすらも窺い知れ、じっくり鑑賞すると意外な発見があって楽しい。印象派の巨匠たちを魅了した、きめ細かな表現や色彩は、我々でも感じ取ることができるはずだ。
建築も収蔵品も日本を代表するアート作品である。ぜひ訪れて鑑賞してはいかがだろう。(文:小倉 修)