ピュアスポーツカーとグランドツーリスモの違い
そういえば、以前マセラティジャパンのグレゴリー・ケイ・アダムズ社長をインタビューしたとき、MC20についてこんな風に語っていたのを思い出す。ちなみに、アダムズ社長はフェラーリUSAやフェラーリ・ジャパンで勤務した経歴を有している。
「マセラティは、フェラーリのようなピュアスポーツではなく、グランドツーリスモづくりを得意とするブランドです。グランドツーリスモとは、ラグジュアリー性が強く、ライフスタイルも楽しめる奥行きを持ったハイパフォーマンスカーのことです。グランドツーリスモとピュアスポーツの違いが認識されると、マセラティというブランドの受け止め方も大きく変わってくると思います」
アダムズ社長の見解と、私が雨の高速道路で乗った時の印象は、見事に符合する。つまり、MC20はピュアスポーツというよりもグランドツーリスモを強く志向したミッドシップカーなのである。
ウエットのハイウェイクルージングに関する話が出たついでに紹介すると、デジタル式ルームミラーが雨のなかで大活躍をしてくれた。ミッドシップゆえに物理的な後方視界が決して良好ではないMC20は、エンジンカウルの後方に取り付けたカメラ画像をルームミラー内のディスプレイに映し出すデジタル式ルームミラーを採用しているのだが、カメラの搭載場所が秀逸なのか、大雨でもレンズに一切雨粒がつくことなく、クリアな視界が確保される。
しかも、周囲が暗くなりがちな雨空でもカメラの自動露光機能が働いて、後方を明るく映し出す。ひどい雨のなかを安心して走れた一因は、このデジタル式ルームミラーにあったといっても過言ではない。
無事、カメラマンたちと合流し、撮影ポイントに到着した頃には雨が上がり、路面も乾き始めていた。今度はスポーツカーとしての真価を確認すべく、MC20をワインディングロードに解き放ってみることにしよう。
F1エンジンに欠かせない技術が採用されている
まず印象に残ったのは3L V6ツインターボエンジンのレスポンスが異例なほど優れていることだ。アクセルペダルを踏み込むと、何かが弾けたかのように、MC20は勢いよく走り始める。これは純粋なエンジンのレスポンスだけでなく、クラッチの断続が極めて速く、駆動力が素早く後輪に伝わることも関係しているが、MC20はとにかく動き出しが俊敏で小気味いい。その身のこなしの軽快さは、スーパースポーツカーのなかでも最高峰に位置するものだ。
もちろん、マセラティが独自に開発したネットゥーノと呼ばれるエンジンの反応も素晴らしい。630psの最高出力自体は、この種のスーパースポーツカーとして傑出しているわけではないが、前述したレスポンスに加えて低速域から頼もしいトルクを発揮してくれるので、実力以上の速さを体感できる。いや、実力だって素晴らしい。なにしろ0→100km/h加速は2.9秒。これは、このクラスのベンチマークというべきタイムである。
3Lという比較的小排気量でこれだけの高性能を実現できたのには理由がある。このエンジンに用いられたMTCというテクノロジーは一種の副燃焼室方式で、最新のF1エンジンには欠かせない技術として知られている。その原理は、副燃焼室内で始まった燃焼を高速の気流としてジェット噴射し、主燃焼室の高速燃焼を実現するものと見られる。
ワインディングロードで示したハンドリングも魅力的だった。前述した余裕あるホイールストロークを活用し、荷重移動をきっかけとする優雅な姿勢変化とともに味わうコーナリングは、姿勢変化を極力小さくした最新のスーパースポーツカーとはひと味異なっている。
そして、それゆえに自分で操っている実感が強く、ドライバーを飽きさせない。しかも、スタビリティは、舌を巻くほど優れている。この操縦感覚は、先月号(Motor Magazine 2022年5月号)で試乗したレヴァンテGTにも共通するもの。それだけブランドの個性が確立されている証拠である。
外観はいかにもスーパースポーツカーだが、その奥にグランドツーリスモの思想を秘めたMC20は、走りのクォリティを一段と高めた新世代マセラティを代表するモデルといって間違いなかろう。(文:大谷達也/写真:永元秀和)
マセラティ MC20 主要諸元
●全長×全幅×全高:4670×1965×1220mm
●ホイールベース:2700mm
●車両重量:1640kg
●エンジン:V6 DOHCツインターボ
●総排気量:3000cc
●最高出力:463kW(630ps)/7500rpm
●最大トルク:730Nm/3000-5500rpm
●トランスミッション:8速DCT
●駆動方式:MR
●タイヤサイズ:前245/35ZR20、後305/30ZR20
●車両価格(税込):2664万円