余裕あるクラスだからこそ、格段のコンフォートを実現
メルセデスEQの名で展開しているメルセデス・ベンツの電動化モデル・・・とりわけBEVへのシフトは、予想を超える速さで進んでいる。EQC、EQAに続いてEQBも発売間近となっているし、年内にはEQS、EQEというラグジュアリーサルーンも日本へ上陸予定だ。
まだ市場が追いついているとは言い難い部分もあるが、その勢いは止まらない。
また市場を見れば、近年のメルセデス・ベンツにおいてはコンパクトモデルの比率が上昇中だ。Aクラスは順調だし、GLBなどは飛ぶように売れている。CLAはクーペもシューティングブレークも本当にポピュラーな存在になった。もちろんBクラス、GLAも忘れてはいけない。ともあれ、1997年のAクラス導入から始まったこの流れ、いよいよ花開いたというところだろう。
そんなメルセデス・ベンツの近況からすれば、今回用意した2台は「じゃない方」のモデルとなるかもしれない。
1台は、昨年発売された新型Sクラスに遅ればせながらようやく追加されたV型8気筒エンジン搭載モデルである「S580 4マティック ロング」。そしてもう1台が、ここに来て再び注目度を高めているVクラスの受注生産車として用意される「V220dエクスクルーシブロング プラチナスイート」である。
登場時には賛否が分かれた新型Sクラスの大胆なスタイリング、今やすっかり受け入れられたと言っていいのではないだろうか。もはや先代が古く見えるとまでは言わないが、結局のところ美しいものは必ず認められるということだろう。ラインやエッジを削ぎ落とし、移ろう面の流れで魅せるその颯爽とした存在感は、路上で輝きを放っている。
キーフォブを持ってクルマに近づくとせり出してくるドアノブを引き、ドライバーズシートへ。スタートボタンを押してエンジンを始動させた瞬間、音量こそ控えめながら、しかし存在感に満ちた重々しいエンジンの咆哮が響いてきた。「これじゃなくちゃ」という人は、やっぱり多いのだろう。
外観と同様、このインテリアもラグジュアリーカーとしてはかなり攻めたものであることは間違いない。しかも試乗車の座席はカーマインレッドのフルナッパレザー仕様。オーセンティックな雰囲気ではない。
しかし使ってみれば大型タッチスクリーンは扱いやすく、大面積のARヘッドアップディスプレイ(オプション)も運転を確実にサポートしてくれる。そして何より細部まで徹底した作り込みによる上質感に、思わず背筋が伸びてしまうのだ。
動きはすべて緻密で滑らか。贅沢さという価値がわかる
走り出すと、まさにタイヤが転がり出すその瞬間から滑らかさが際立つ。この時点で機械としての精度の高さにうっとりさせられるのは、やはり紛れもないSクラスという印象である。
まず鮮烈なのが乗り心地。驚くほどソフトなのに姿勢はグラついたりせず、高速域に至るまで安定しきっている。コーナリングも軽快で、もはやSクラスはドライバーズカーだと言いたくなる。
4L V型8気筒ツインターボエンジンは回転の粒が細かく、何の抵抗も感じさせることなくシューンと吹き上がっていく。しかも単にスムーズというだけでなく、その一瞬一瞬にトルクが密度高く詰まっている。豊潤という言葉を使いたくなるフィーリングだ。
3L直列6気筒ターボエンジンを積むS500でも、こうした日常域の力感に不満を感じる人などいないだろう。だから、これは本当の贅沢と言っていい。しかも、まだ先がある。トップエンド近くまで回していくと、獰猛と評してもいいほどに豪快に、パワーを炸裂させるのだ。上質というだけには留まらない。これもV型8気筒の魅力である。
電気モーター駆動のBEVは、メルセデスの目指してきた質の高い走りの世界を、内燃エンジンよりも容易に実現できるものであるのかもしれない。しかし、本来静かで滑らかなものが期待どおりに静かで滑らかなのは、実は案外味気ないものなのだ。
本音のラグジュアリー。自動運転させるのがもったいない
この、今や贅沢の極みと言えるV8というマルチシリンダーユニットを唄わせていると、筒内で燃料と空気を混ぜて圧縮して燃焼させる内燃エンジンがこの滑らかさを実現しているからこそ価値があるのだと、まざまざと実感させられるのである。
試乗中、助手席の担当編集者が「自動運転させるのはもったいないですね」と言うのを聞いて、至極納得という思いだった。メルセデス・ベンツの本音のラグジュアリーカーは、こういうものなのかもしれない。
とは言え、それだけでは済まないので今度は後席へ。前席もいいが、後席もとても快適なクルマだということは改めて言うまでもないだろう。サイドウインドウのシェードは上げて、一方で大開口のサンルーフは開けていくというのが気に入った。
最近ではVIP送迎用としてもVクラスのようなミニバンがもてはやされているが、このエクスクルーシブ感はやはり他には代え難いものがある。後席の居心地も素晴らしいが、しかし時には、いやおそらくはもっと高い頻度で自らハンドルを握って走りを楽しみたくなる。
いまのラグジュアリーカーらしく、そんな欲求にもS580 4マティックロングはしっかり応える1台に仕上がっていると感じられた。