まずは実際に体験してもらうためのデモンストレーション
2022年10月某日。茨城県下妻市にある筑波サーキットコース2000ではボッシュカーサービス(BCS)主催の走行会が開催されていた。そのパドックを一見、怪しげな男性3人組がうろうろ。待機中の参加車両を見ながら時折、オーナーらしき人物たちに何やら頼み事をしている。
別に怪しいセールスではない。3人は、ボッシュのスタッフおよびその関連組織のスタッフ。走行会のエントラントに向けて、CDR(クラッシュデータ リトリーバル)と呼ばれる作業のデモンストレーションを行っていただけだ。
CDRは専用ツールとソフトウェアを使って多くの車に普通に搭載されているEDR(イベントデータレコーダー)にアクセスすることで、走行状況や運転操作、車両コンディションなどの記録をチェックすることができる機能。それを参加者たちに、実際に体験してもらおう、というわけだ。
北米では自動車事故原因の究明に当たって、EDRの記録を利用することはごく当たり前になっている。時に、精密な現場検証やドライバーの証言などと合わせて、事故時に起こったできことを可能な限りリアルに把握するための「事故再現=アクシデント・リコンストラクション」にも活用される。
事故再現は極めて中立的で透明性の高い事故原因究明の手法だが、日本ではまだほとんど一般には知られていない。なんとも、もったいない話だ。
圧倒的に先行している北米に比べれば確かに遅れてはいるものの、日本でも2021年7月以降に発売された新型車にはすべてに搭載が義務化されており、記録の読み出しが可能な車種も国産・輸入車を問わず年々増えている。
民事、刑事を問わず、自動車事故というと日本ではとかく「誰に責任があるのか」に終始しがちだけれど、事故再現による分析は「何が起こったのか」を正確に知ることにつながる。それが結果的に、事故の責任按分や事後の補償問題、あるいは修理にかかる費用に至るまで「納得のいく」解決へとつながる可能性を、高めてくれることだろう。
作業自体のストレスは小さい。そこから得られる安心は大きい
さて、筑波サーキットに戻ろう。CDRの専門家3人が行っている作業は、いわば事故再現を行うための入り口、といってもいい作業だ。クルマに設置されていて故障診断などに利用するOBDⅡと呼ばれるポートにCDRツールと総称される機器を接続し、クルマのエアバッグECU内にあるEDRから専用ソフトウェアによってデータを読み出していく。
作業に要する時間は2、3分といったところだろうか。EDR内のデータはレポート化され、PCのディスプレイ上で確認することができた。協力してくれたオーナーたちも興味深そうにディスプレイをのぞき込んでいる。
デモンストレーションということもあったが、世代によってはCDR読み出しに対応していない車種もある。また、実際に事故を起こしたクルマを選んでいるわけではないので、ほとんどのクルマには「イベント」と呼ばれる一定以上の衝撃を伴った記録は残されていなかった。
だが時には、複数イベントの存在が表示され、オーナーがちょっとびっくりするケースなどもあった。データを分析すると実はそれは事故などに関係するものではなかったので、ひと安心。もっともオーナー自身、身に覚えがない「衝撃」を愛車が受けていたことがわかって、軽く衝撃を受けてしまったかもしれない。
このように愛車のEDR内に残されたイベントの有無を知ることは、オーナーとしては大きな安心につながる。ある意味、ドライブレコーダー以上に、事故時の状況をリアルに知ることができるし、損傷の程度を推測する手掛かりにもなりうる。
またそれは事故を起こしたか否か、という特別な事情がある場合に限ることではない。たとえば中古車を購入する時、目視だけではなかなかわからない事故歴がEDRデータなら一目瞭然にできる可能性がある。専門の検査員による「事故歴無し」というお墨付きに加えて、CDRによる「イベント履歴ゼロ」という客観的な判定があれば、購入動機をさらに強く後押ししてくれるはずだ。
EDRデータの利活用に積極的に取り組んでいるボッシュが認定する「CDRテクニシャン」や「CDRアナリスト」に依頼すれば、筑波でのデモンストレーションと同様に短時間で愛車のEDRに残されたイベントの履歴を確認することができる。最近では整備事業者や補修事業者などが業務の一環として資格を取得するケースも増えているので、知り合いのプロショップに相談してみるのもいいだろう。
本項【自動車事故解析に異常アリ】では次回、実際のCDRレポートについて解説したいと思っている。