この連載では、昭和30年~55年(1955年〜1980年)までに発売され、名車と呼ばれるクルマたちを詳細に紹介しよう。その第15回目は、日本のスポーツカーの歴史を切り拓いたダットサン・フェアレディ1500だ。(現在販売中のMOOK「昭和の名車・完全版Volume.1」より)

世界が注目した国産初の本格スポーツカー

昭和37(1962)年に登場したダットサン・フェアレディ1500は、ダットサン・スポーツ1000(S211)や初代ダットサン・フェアレデー1200(SPL212)の後継機であり、事実上、国産初の本格スポーツとして知られる。セダンのダットサン210をベースに開発された先代S210型の発展型というより、欧州のライトスポーツに比肩する走行性能を念頭に開発された初めてのモデルというべきだろう。

画像: 昭 和34(1959)年7月 に 登場した310型ブルーバードをベースに開発された2代目フェアレディ。欧州スポーツカーに比肩する走りを目標に、シャシ回りの剛性を大幅に強化。その性能はとくに北米で高く評価され、 85万円の価格で日本にスポーツカーを定着させた.。

昭 和34(1959)年7月 に 登場した310型ブルーバードをベースに開発された2代目フェアレディ。欧州スポーツカーに比肩する走りを目標に、シャシ回りの剛性を大幅に強化。その性能はとくに北米で高く評価され、 85万円の価格で日本にスポーツカーを定着させた.。

量販が望めないスポーツカーを量産メーカーが作る場合、自社セダンのシャシに軽量ボディと強力なエンジンを搭載することが多い。フェアレディ1500の場合もSP310型の型式名からもわかるように、 P310型ブルーバードをベースに開発されたものだ。

しかし、スポーツカーとして世界が認める基本性能を実現するため、多くの仕様変更が施されている。オープンボディの剛性を高めるべく、閉断面のラダーフレームはクロスメンバーで補強され、スポーツカーらしい切れの良いハンドリングを実現するため、前:ダブルウイッシュボーン/後:リーフ・リジッドのサスペンションもスプリング/ダンパーが強化されている。

ステアリングギアは旧世代のカム&レバーだが、ギア比が14.8と高いうえ操舵力が軽いので、峠道では同クラスの欧州スポーツに勝る軽快感を示した。

画像: セドリック用 の1488cc G型 直4OHVエンジンを転 用。当初は71psだったが、輸出用として設定されていたSUツインキャブ仕様が1963年の第1回日本グランプリで優勝。その直後、国内向けもSUツインに切り替えられ、 80psにパワーアップした(SP310-Ⅱ)。

セドリック用 の1488cc G型 直4OHVエンジンを転 用。当初は71psだったが、輸出用として設定されていたSUツインキャブ仕様が1963年の第1回日本グランプリで優勝。その直後、国内向けもSUツインに切り替えられ、 80psにパワーアップした(SP310-Ⅱ)。

心臓部ともいえるエンジンは、セドリック用の1.5L (G型/71ps)が選択されている。G型は日産が初めて独自開発したエンジンで、昭和35(1960)年に初代セドリック30型でデビューしたばかりの新鋭機だ。OHVながらショートストロークタイプで最高出力を5000rpmで発生する高速型という点でもスポーツカーの心臓に相応しかった。

フェアレディ1500用はこれをベースにキャブレター(日立SUに換装)、高速型カムプロファイル、バルブスプリングのダブル化、コンロッドメタル材質変更などのチューニングを施し、連続高速回転に対応している。

出力値自体は変わらないが、車両重量が870kgと軽いので、パワーウエイトレシオは12.25kg/psと当時のトップレベル。当然加速性能も素晴らしく、モーターマガジン誌のテストでは20秒が壁といわれた0-400mを19.7秒で走り切った。0-100km/h加速も17.1秒を計測。当時の村山テストコースでは国産車の多くが0-80km/hまでしか計測できなかったことを考えると、次元が違う速さだったのだ。

軽量ボディを得てファイナルギア比を3.889にハイギアード化できたため、最高速度は150km/h(カタログ値)と、これも100km/hで連続走行できるのが高速車と言われた時代、飛びぬけた数字だった。

画像: インスツルメントパネルもドライバーの眼前に4個の丸形メーターが並ぶスポーティなものになった。助手席の前にはグローブボックスも設けられ、実用性も向上している。ミッション は4速MTで、2-4速 にシンクロ機構が付く。

インスツルメントパネルもドライバーの眼前に4個の丸形メーターが並ぶスポーティなものになった。助手席の前にはグローブボックスも設けられ、実用性も向上している。ミッション は4速MTで、2-4速 にシンクロ機構が付く。

もうひとつの特徴がキャビンだ。運転席に座ると垂直に近いステアリングホイールの向こうに、4眼メーターの機能的なインパネが展開する。メーターは右から、燃料/水温コンビ、回転計(6000rpmスケール/5500rpmからレッド表示)、速度計(180km/hスケール)、時計で、とくに機械式回転計の存在がスポーツを主張した。シフトはセンタートンネルから斜めに生えたレバーで2-4速にシンクロが付くトランスミッション(セドリック用)を操作する。

フェアレディ 1500は、昭和38(1963)年5月に開催された第1回日本グランプリに田原源一郎のドライブで出走。B-ⅡクラスでトライアンフTR4やMGBを抑えて優勝し、その名を一気に高めた。そのときのマシンが輸出用のSUツインキャブ仕様だったことから、同じマシンが欲しいという声が多くなり、同年6月にはSUツインを標準型に設定。

同時に圧縮比を8.0から9.0にアップし燃焼室およびピストン形状を変更、インテークバルブ径拡大、エキゾーストマニホールドを4-1から4-2-1タイプに変更などの改良が施され、最高出力は80psに向上している。

画像: 当初は横向きに座るリアシートを備えた3人乗りとして登場。これは左ハンドルの北米輸出を重視した結果だった。あくまでも緊急用で、実際には荷物置き場として使用されることが多く不評だった。

当初は横向きに座るリアシートを備えた3人乗りとして登場。これは左ハンドルの北米輸出を重視した結果だった。あくまでも緊急用で、実際には荷物置き場として使用されることが多く不評だった。

トランスミッションもクロスレシオに改めた結果、最高速度は155km/h(カタログ値)に、0-400m加速は18秒台に向上した。価格は3万円高の88万円だったから、コストパフォーマンスの高さも含め、1.5ℓクラスのライトスポーツとして世界中から注目されることになった。

その後、昭和40(1965)年5月のマイナーチェンジで1599ccのR型エンジン(90ps/6000rpm)に換装され、フェアレディ1600(SP311)に進化する。

ダットサン・フェアレディ1500(1962・SP310型)諸元

●全長×全幅×全高:3910×1495×1275mm
●ホイールベース:2280mm
●車両重量:870kg
●エンジン型式・種類:G1型・直4OHV
●排気量:1488cc
●最高出力:71ps/5000rpm
●最大トルク:11.5kgm/3200rpm
●トランスミッション:4速MT
●タイヤサイズ:5.60-13 4PR
●新車価格:85万円

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