この連載では、昭和30年~55年(1955年〜1980年)までに発売され、名車と呼ばれるクルマたちを詳細に紹介しよう。その第33回目は、日本のライトウェイトスポーツ黎明期の金字塔ともいえる、ホンダS800の登場だ。(現在販売中のMOOK「昭和の名車・完全版Volume.1」より)

ホンダの初期スポーツカーの集大成として光る最終型は
リアサスペンションもオーソドックスに

昭和38(1963)年10月に市販が開始されたS500か ら、 翌 昭 和39(1964)年3月 にS600へと進化したホンダのミニ・スポーツは大きな反響を呼び、同年7月には国際自動車エレガンス・コンクールで入賞を果す“おまけ”もついた。

画像: S500から始まったホンダのミニ・スポーツの最終モデルとなっ たS800M。 い ざ生産中止が伝えられると人気は再燃。ファンは販売継続を願ったが叶えられず。

S500から始まったホンダのミニ・スポーツの最終モデルとなっ たS800M。 い ざ生産中止が伝えられると人気は再燃。ファンは販売継続を願ったが叶えられず。

また昭和39(1964)年11月(国内は40年2月)にはクーペを追加、こちらはヨーロッパでも人気を得た。さらにデラックス装備のMタイプも加わりS600は4種のバリエーションで順調な生産・販売が続いた。

しかし、より大きなパワーを求める声も強く、昭和40(1965)年秋の第12回東京モーターショーには排気量791ccのS800とS800クーペが出品された。このときの会場にはS600の姿はなく、やがてS800のみのラインアップとなることを予見させた。

S800のエンジンは直4DOHC。ローラー・メインベアリング付きで、S600のボアを54.5mmから60.0mmへ、ストロークを65.0mmから70.0mmに延長したもの。ケイヒンのCV気化器を各気筒ごとに取り付 け、 圧 縮比9.2で(S600は9.5)、最 高 出 力 は70ps/8000rpm、 最 大トルクは6.7kgm/6000rpmを発生した。

いずれも発生回転数はS600より500rpmずつ低下している。車重は710kgと相変わらず軽量で、馬力あたり重量は10.1kg/psを示し、0→400m加速は16.9秒、最高速160km/hと、ついに「本物」のスポーツカーの性能水準に到達した。

画像: S800に搭載されたのは、791ccにスケールアップしたAS800Eエ ン ジ ン。S600と 比 べ て13ps、1.5kgm向 上。乗りやすい特性となりスポーツ性能も向上し、評価を大いに上げた。

S800に搭載されたのは、791ccにスケールアップしたAS800Eエ ン ジ ン。S600と 比 べ て13ps、1.5kgm向 上。乗りやすい特性となりスポーツ性能も向上し、評価を大いに上げた。

体感的には、とにかくトルク感が大幅に向上したことが大きい。上記のように。許容回転は下がったが、それでも9000rpmぐらいはラクに回ってしまうので、ノンビリと走る気にはならないほどと言えばいいだろうか。

S800の輸出仕様では、駆動系が大幅に変更された。S600から引き続きとなる世界でも類のないユニークなチェーンドライブをやめ、5リンク・コイルのリジッドアクスルを採用したのである。これは、チェーンドライブがその特殊性ゆえに欧米諸国であまり歓迎されなかったためで、メリットのひとつであった広いトランクスペースを多少犠牲にしても、リジッド化は販売面でメリットがあるとの判断からだった。

そのサスペンション構造はコイル&ダンパーユニットで吊られたリアアクスルハウジングの左右に、上下2本のラジアスアームをセットし、これで前後方向の位置を決め、ラテラルロッドで左右方向を規制するという標準的なものだが、これにより発進時に反トルクでリアが持ち上がる独特な挙動は解消された。

日本国内では昭和41(1966)年5月にこのリジッドタイプを発売した。それまではS600同様チェーンドライブのS800が市販されていたわけだ。一方、前輪は従来どおり、ダブルウイッシュボーン/トーションバー独立懸架である。

画像: 「100マイルカー」の仲間入りを果たしたS800。フロントマスクが変更され、中央にHマークの入った横2本、縦1本のグリルとなった。ウインカーも小判状に。

「100マイルカー」の仲間入りを果たしたS800。フロントマスクが変更され、中央にHマークの入った横2本、縦1本のグリルとなった。ウインカーも小判状に。

ブレーキは前後ともドラムタイプだが、前輪のディスクブレーキをオプションで用意した。欧米への輸出型ではこれが標準装備となっていた。ステアリングも従来どおり、ラック&ピニオンである。ホイールベースは2000mmと変わらないが、全長×全幅×全高は3335×1400×1215mmと、 S600より全長が35mm、全高が15mm増大している。

S800に進化して、ホンダのミニ・スポーツカーの人気はより確定的なものとなり、ヨーロッパでも評価が高かった。たとえばモナコのグレース王妃も愛用していたし、当時のマルセイユの市長もこれを乗り回していた。

価格も発売当時(昭和41年)で65万8000円とリーズナブルなもの(クーぺは69万4000円)。トヨタスポーツ800の59万5000円をやや上回ったものの、この両車が日本の草の根モータースポーツを盛り上げたことは改めて言うまでもない。

ホンダのS500からはじまるミニ・スポーツの系列は、昭和43(1968)年5月に最後のマイナーチェンジが行われ、最終型のS800Mとなった。

S800Mはアメリカの安全基準に対応したモデルを国内向けに改めたもので、性能的には従来と変わりない。前輪のアネット・タイプのディスクブレーキ、ブレーキ油圧警告灯の新設、ブレーキランプ/サイドマーカーの大型化などがS800Mの主な変更点である。

画像: S500/600系 でアルミ地 肌でスパルタンなイメージだったメーターパネルは、S800系ではブラックアウト化されて上質感を増している。スポーティ度は同等だ。

S500/600系 でアルミ地 肌でスパルタンなイメージだったメーターパネルは、S800系ではブラックアウト化されて上質感を増している。スポーティ度は同等だ。

S800/S800Mは、国内でも海外でも、ホンダの名を大いに売り込むことに成功。Sシリーズは昭和45(1970)年7月をもって生産終了となった。 S800シリーズの生産台数は1万1406台に達していた。

ホンダS800M(AS800E型)諸元

●全長×全幅×全高:3335×1400×1215mm
●ホイールベース:2000mm
●車両重量:755kg
●エンジン型式・種類:AS800E型・直4DOHC
●排気量:791cc
●最高出力:70ps/8000rpm
●最大トルク:6.7kgm/6000rpm
●トランスミッション:4速MT
●タイヤサイズ:145SR-13
●新車価格:75万円

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