この連載では、昭和30年~55年(1955年〜1980年)までに発売され、名車と呼ばれるクルマたちを詳細に紹介しよう。その第92回目は、第一次オイルショックの時代に走りだけでなく装備の充実でもファンを魅了した、日産スカイラインHT2000GT-E・Sの登場だ。(現在販売中のMOOK「昭和の名車・完全版Volume.1」より)

暗黒の70年代を駆け抜けた5代目「ジャパン」

「ハコスカ」「ケンメリ」と、日産ブランドになって以降、走りの良さやプロモーションの成功もあって、ビッグネームに成長したスカイラン。

画像: 2ドアHTの最高グレード・HT2000 GT-E・S。 端正な御影石のような硬質なフォルムに直線的なサーフィンライン、そしてそれに続く丸目4灯のテールランプが配置された。

2ドアHTの最高グレード・HT2000 GT-E・S。 端正な御影石のような硬質なフォルムに直線的なサーフィンライン、そしてそれに続く丸目4灯のテールランプが配置された。

しかし、昭和47(1972)年秋、4代目「ケンメリ」スカイラインが登場した直後、設計ポリシーを根底から揺るがす出来事が多発する。その最大のものは、アンチポリューション(反公害)の名の下に行われた排出ガス規制だ。

もうひとつの難問は翌昭和48(1973)年秋に勃発した中東戦争による第一次オイルショックである。燃費の改善や排出ガスのクリーン化がヒステリックに叫ばれるようになり、自動車業界はパニックに陥った。

その中で排出ガスと燃費対策に翻弄され、実力低下に泣かされたのが、高性能モデルの代名詞と言われたスカイラインだ。2000GT系からは自慢の速さと優れたドライバビリティが失せている。また、スカイラインのイメージリーダーであった2代目GT-Rもカタログから消えていった。

そして、年毎に厳しさを増す排出ガス規制が続き、自動車にとって暗黒の時代だった昭和52(1977)年夏、スカイラインは5代目・C210型に生まれ変わる。キャッチフレーズは「日本の風土が生んだ日本の名車」である。これを踏まえ「スカイライン・ジャパン」 のキャッチコピーを使った。

画像: 1.6Lと1.8Lの4気筒モデルにはセダンとハードトップともにTI(ツーリングインターナショナル)を用意。GTより全長で200mm短く、コンパクトながらスポーティな走りを見せた。1978年にはL型からZ型にエンジンを換装、53年排出ガス規制に対応した。

1.6Lと1.8Lの4気筒モデルにはセダンとハードトップともにTI(ツーリングインターナショナル)を用意。GTより全長で200mm短く、コンパクトながらスポーティな走りを見せた。1978年にはL型からZ型にエンジンを換装、53年排出ガス規制に対応した。

モデルはウエッジシェイプを基調としたダイナミックなデザインの4ドアセダンと2ドアハードトップが用意された。リアフェンダーのアクセントとなっている直線的なサーフィンラインも迫力を増した。そのフォルムは時代を映した硬質でストイックなものであった。

直列6気筒のL20型エンジンを積む2000GT系は、それまでと同じようにロングノーズ&ロングホイールベースだ。そして、モデルチェンジを機に1.6LのL16型と1.8LのL18型SOHCエンジンを積む4気筒モデルは、新たに「ツーリング・インターナショナル」を略した「TI」を名乗っている。

世界に通用する国際派のツーリングカーを目指したのだ。ちなみに2000GT系のリアサスペンションはセミトレーリングアーム式だが、TI系は4リンク式とした。 2000GT系(GC210型)はNAPS(ニッサン・アンチ・ポリューション・システム)によって51年排出ガス規制に適合したL20系の直列6気筒エンジンを搭載。キャブ仕様とEGI(電子制御燃料噴射装置)が用意された。

ライバルに先駆けてセミコンシールドワイパーやサイドデフロスター、ヘッドランプクリーナー、ELRシートベルト、シートリフター、ランバーサポート、チルトステアリング、集中ウォーニングシステムなど、スポーツセダンとして充実した装備を採用したことも「ジャパン」の特徴のひとつだ。5代目は、走り以外の魅力を広げることにも力を注いでいる。

画像: 昭和53(1978)年8月のMCで53年 排出ガス規制をクリアした2000GTシリーズ のL20型。 三元触媒とEGIに加え、キャブレターにECCの採用で燃費も改善している。

昭和53(1978)年8月のMCで53年 排出ガス規制をクリアした2000GTシリーズ のL20型。 三元触媒とEGIに加え、キャブレターにECCの採用で燃費も改善している。

排出ガス対策に本格的に取り組んだのは、FMCから1年後の昭和53(1978)年8月のC211型。その第1弾となったのはTIの1.8Lモデルだ。それまでのL18型に代えて新設計のZ18型SOHCエンジンを搭載した。

ツインプラグによる急速燃焼方式にEGRを組み合わせたNAPS-Zを採用し、53年排出ガス規制を乗り切っている。その1週間後には1.6L (Z16型)と2L(L20系)の6気筒搭載車も53年排出ガス規制をクリア。L20型は電子制御キャブに三元触媒、L20E型はEGIに三元触媒の組み合わせだ。

昭和54(1979)年夏に54年騒音規制をクリアし、フロントマスクとリア回りを化粧直ししている。ノーズ先端をわずかにスラントさせ、2000GT系はデュアルヘッドランプと訣別し、角型2灯式ハロゲンヘッドランプを採用。

衝撃吸収バンパーや無段階間欠ワイパーを採用したのも、このマイナーチェンジの時だ。やや遅れて1.8ℓエンジンを積むワゴンを仲間に加えた。しかし、パワーユニットそのものは進化していない。

画像: HT2000 GT-E・Sのインパネ。 直線的な造形のダッシュパネルに、水平ゼロ指針のメーターが目を引く。セミコンシールドワイパーやサイドデフロスター、チルトステアリング、集中ウォーニングシステムなど、装備の充実も図られた。

HT2000 GT-E・Sのインパネ。 直線的な造形のダッシュパネルに、水平ゼロ指針のメーターが目を引く。セミコンシールドワイパーやサイドデフロスター、チルトステアリング、集中ウォーニングシステムなど、装備の充実も図られた。

この時、チャンスとばかり、セリカは「名ばかりのGT達は、道をあける」のコピーでスカイラインを追い落としにかかっている。だが、この苦境を救ったのが、時代の寵児となったターボチャージャーだ。それについてはこの後、ジャパン・ターボにて紹介しよう。

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昭和52(1977)年8月デビュー当時の広告。「ジャパン」のネーミングは、自動車工学の権威である平尾収氏の「日本を代表する名車」とのコメントからついた。ちなみに、モデルは富岡賢(マイケル富岡)と朝比奈マリアだった。

日産スカイラインHT2000GT-E・S(KHGC210型)諸元

●全長×全幅×全高:4600×1625×1375mm
●ホイールベース:2615mm
●車両重量:1200kg
●エンジン型式・種類:L20・直6SOHC
●排気量:1998cc
●最高出力:130ps/6000rpm
●最大トルク:17.0kgm/4400rpm
●トランスミッション:5速MT
●タイヤサイズ:185/70HR14
●新車価格:160万5000円

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