ポルシェで「カレラGT」のV10エンジンを開発したエンジニアがAMGに帰ってきたことをきっかけに、AMGはそれまでのモヤモヤを晴らすかのようにオリジナルエンジンの製作に邁進します。そうして誕生したM156エンジンを搭載した実験車両が4台だけ存在しました。そのうちの生き残りの1台を紹介します。

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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BMWのV10エンジンにブチ切れたAMG

記念碑的なクルマというのは簡単に思いつくものですが、記念碑的エンジンとなるとマニア向けの話題となりがち。今でこそ、メルセデス・ベンツのカタログモデルとなったAMGもまた忘れがたいエンジンを作り上げています。それまで、メルセデス・ベンツのエンジンを切った張ったしていた彼らが、初めて完全自社生産を成功させたM156ユニットは、その後の自然吸気エンジンのトレンドすら作り上げた名機となったのです。

画像: AMGが初めて完全自社製エンジンを作り上げ、そのテスト車両となったのがCLK DTM AMG P900と呼ばれるプロトタイプ。

AMGが初めて完全自社製エンジンを作り上げ、そのテスト車両となったのがCLK DTM AMG P900と呼ばれるプロトタイプ。

画像: 4台のみが製造されたものの、テスト終了後に2台は廃棄。1台はAMGの北米法人が保管し、こちらは個人コレクターが所有していた最後の1台。

4台のみが製造されたものの、テスト終了後に2台は廃棄。1台はAMGの北米法人が保管し、こちらは個人コレクターが所有していた最後の1台。

2003年のDTM(ドイツツーリングカー選手権)を、メルセデス・ベンツが全10戦中9勝という圧倒的なリザルトで制したことはご承知の通り。このDTM制覇を記念して限定発売されたCLK DTM AMGは5.5リッターV8+スーパーチャージャーというスペシャルカーで、DTMマシン並みのパフォーマンス(582馬力/800Nm)を発揮していました。もっとも、素晴らしいスペックながら、搭載エンジンは従来のメルセデス・ベンツ製(M113K)をAMGがチューンナップしたもの。決して悪いものではありませんが、レースファンとしてはDTM直系エンジンを期待していたかと。

そんな期待に応えるというより、むしろAMGが一番モヤモヤしていたようで「やっぱりレース直系のオリジナルエンジンを作りたい」と考えていたのでしょう。市販車用エンジンとしては屈指のM113Kとはいえ、AMGにとってはどこまでいってもオリジナルユニットとは呼べない代物。まして、BMWがM5(E60)向けに作ったV10がエンジン・オブ・ザ・イヤーに輝いているのを横目で見れば、「負けるか、ボケぇ!」となるのも無理はありません。

そんな頃のAMGに強力な助っ人が帰ってきました。ベルント・ラムラー、彼は1990年代にAMGのレースエンジン開発(190E EVO IIやCクラスDTM)を率い、その後ポルシェでスーパーカー「カレラGT」のV10エンジンを開発した腕っこきのエンジニア。早速、レースエンジンの設計アプローチをそのままオリジナルエンジンに持ち込んだのでした。とにかく、ポルシェやBMWに劣らぬよう、そしてメルセデスのチューナーというレッテルを返上するため、AMGが最新技術、ノウハウをこれでもかと注ぎ込んだのがM156ユニットにほかなりません。

大排気量ながら高回転型にシフトした6.2リッターV8エンジン

総排気量:6208ccのV8で、ボアストローク:102.2×94.6mmとピストン径の大きさ、スクエアに近いボアストロークが目を引きます。昔のAMGは排気量こそ高出力の源泉としていましたが、ここへきて「大排気量で高回転」というコンセプトへと変化しています。この際、高回転化の最大の敵は、バルブがカムシャフトの動きに追いつかなくなる「バルブサージング」。AMGはこれを防ぐため、カムシャフトがバルブを真上から直接押し下げる構造(バケットタペット)にすることで、動弁系の構成部品を減らし、慣性質量を劇的に軽量化しています。

そして、従来のエンジンにあった重い鉄製のシリンダーライナー(スリーブ)を廃止。代わって、シリンダー内壁に微細なアンチフリクション金属粒子をコーティングする「ナノスライド(TWAS)」を導入。鏡面のように滑らかで硬い膜(ナノ結晶構造)を形成し、摩擦抵抗を従来の約半分に減少させることでピストンの超高速運動を可能としました。これは、のちにメルセデス・ベンツF1チームも採用しています。

画像: カムシャフトを廃し、バケットタペット方式が採用されて7500rpmの高回転域を武器にしたM156エンジン。(メルセデス・ベンツ)

カムシャフトを廃し、バケットタペット方式が採用されて7500rpmの高回転域を武器にしたM156エンジン。(メルセデス・ベンツ

また、TWASに対応したマーレのピストンも見逃せません。ピストンのスカート部にマーレ独自の摩擦低減コーティング「グラファル」が施されており、金属同士の摩耗や焼き付きを徹底的に防止。その結果、最高回転数の7200rpmでも、平均ピストンスピードは約22.7 m/sに至りました。これは当時のF1(約25 m/s)や超高回転型レーシングエンジンに迫る数値であり、市販車の耐久性を保てる限界を攻めた設計にほかなりません。

画像: お馴染みのマーレ社が高性能ピストンに採用しているグラファルは、スカート部に施した低摩擦・アンチフリクションコーティング。(マーレ)

お馴染みのマーレ社が高性能ピストンに採用しているグラファルは、スカート部に施した低摩擦・アンチフリクションコーティング。(マーレ

後世に残る心意気と技術

M156エンジンは、その後2006年から63シリーズとしてセダン、ステーションワゴン、クーペ、ロードスター、そしてSUVに至るまで、当時のAMGのフラッグシップおよび主力モデルのほぼすべてに採用されました。が、2005年に4台だけ実験車両に搭載され、さまざまなテストを実施。そのうち、2台は実験後に廃棄されましたが、1台はAMG USAが保存し、残りの1台は熱心なコレクターに譲渡されています。

その1台こそ、ここでご紹介しているCLK DTM AMG P900 プロトタイプと呼ばれる貴重なモデル。DTMを名乗る通り、市販車としてではなく試作レーシングカーとして仕立てられており、外観からインテリアに至るまでサーキット向け。搭載されたM156は510馬力程度に設定され、1400~1500kgの車体を0-100km/h:3.8秒でこなしています。

画像: ロールケージもまたDTMマシンに通じる構成で、サイド、リヤスペース、そして天井まで張り巡らされています。

ロールケージもまたDTMマシンに通じる構成で、サイド、リヤスペース、そして天井まで張り巡らされています。

AMGがDTMに復活することはありませんでしたが、「虎は死んで皮を残す」の例え通り、まさに自動車の歴史において「クルマは消えゆく運命にあっても、その偉大な名機の記憶と技術は永遠に残る」ことをM156で証明してみせた気がしてなりません。なお、M156はのちにドライサンプ化されたM159へと進化を遂げ、AMG GT3に搭載されて世界中のGT3レースで現役として戦い続けています。

画像: AMGの63シリーズと同じく、4本出しマフラーがすでに採用されています。

AMGの63シリーズと同じく、4本出しマフラーがすでに採用されています。

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