本家フェラーリからの「エンツォを超えるな」という圧力でデチューンを余儀なくされ、ACOの冷遇によりル・マン参戦すら叶わなかったマセラティMC12。数多の不遇に直面しながらも、なぜこのマシンはカテゴリーを席巻し伝説となったのか。レースの血統を引くマセラティ最速モデルの真実に迫ります。

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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フェラーリの意向で30psダウン

ジョルジオ・アスカネッリの名を聞いてピンとくる方は相当なF1、あるいはレースマニアではないでしょうか。キャリアの大半をF1で過ごし、ベルガーやセナ、プロストのトラックエンジニアを務めた彼は、最終的にマセラティのGTレースを担うことに。そこで生まれたMC12(マセラティ・コルサ12気筒)はカテゴリーを席巻しただけでなく、マセラティ最速のマシンとして今も語り継がれる伝説へと昇華しているのです。

画像: 2005年にホモロゲモデルとして発売されたMC12は全世界50台限定。エンツォの兄弟車というのはいささか不正確です。

2005年にホモロゲモデルとして発売されたMC12は全世界50台限定。エンツォの兄弟車というのはいささか不正確です。

カーボンモノコックに6.0リッターV12をミッドシップというMC12は、よくフェラーリ・エンツォの兄弟車と言われがち。ですが、より正確な視点で見ればエンツォはロードカーの延長であり、MC12はレーシングカーの血統といえ、共有部分はいくらかあれどもまったく違ったコンストラクションになります。

画像: マセラティというより、ダラーラがエンツォをレースマシンに大改造した、という表現が近しい存在です。

マセラティというより、ダラーラがエンツォをレースマシンに大改造した、という表現が近しい存在です。

例えば、シャシーの開発を担ったレーシングファクトリーのダラーラによって、ホイールベースはエンツォより150mm延長されています。リアのダウンフォースを稼ぐこと、そしてディフューザーの大型化もかなうわけです。

また、6.0リッターの排気量こそエンツォと共通ながら、カムの駆動はタイミングチェーンからギア駆動へと設計変更。言うまでもなく、GTカテゴリーの頂点となる長距離レースにおける耐久性、そしてエアリストリクター装着に対する正確な設定変更を可能にするもの。ちなみに、エンジン改造の際、マラネロは「いかなる数値もエンツォを超えないこと」とケツの穴の小さいことをほざいていました。結局、30psほどデチューンがなされ、ホモロゲ用の市販モデルでは632ps/7500rpmに落ち着いています(エンツォは660ps/8000rpm)

画像: おそらくはマラネロの意向でヘッドカバーは伝統の赤に塗れなかったのでしょう。新色、ビクトリーブルーが使われています。

おそらくはマラネロの意向でヘッドカバーは伝統の赤に塗れなかったのでしょう。新色、ビクトリーブルーが使われています。

ジウジアーロのスタイルを風洞実験で洗練

そもそも、MC12は当初からGT参戦が決定しており、開発はシャシーが最優先されたとのこと。次いで、戦闘力あるエンジンとしてF1直系のフェラーリV12をチョイスして、スタイリングは最後まで残ったとされています。フェラーリ傘下にあるマセラティとしてはピニンファリーナが順当なところでしょうが、エンツォの価値を守りたいマラネロが反対したため、それまでマセラティとも仕事をしていたジウジアーロ(イタルデザイン)が担うことに。

画像: ダッシュボードやインテリアの意匠はほぼエンツォを踏襲。ヘッドカバー同様、ビクトリーブルーのレザーとカーボンが目立ちます。

ダッシュボードやインテリアの意匠はほぼエンツォを踏襲。ヘッドカバー同様、ビクトリーブルーのレザーとカーボンが目立ちます。

ただし、ボディやキャビンを形作る素材については、ダラーラの助言もあってエンツォとは異なっています。カーボン+アルミハニカム素材を多用したエンツォに対し、より軽量で高剛性となるカーボン+アラミド繊維ハニカム(ノーメックス)を投入。このあたりも、純粋なレーシングカーと呼ばれる所以に違いありません。このほか当時のFIAレギュレーションにより、エンツォご自慢のカーボンセラミックブレーキが使用不可だったため、MC12ではブレンボの鋳鉄ディスクに変更。

画像: マセラティといえば、アーモンド形の時計がインテリアのアイコン。昔は別途電池で稼働していましたが、MC12は車載バッテリーからの供給です。

マセラティといえば、アーモンド形の時計がインテリアのアイコン。昔は別途電池で稼働していましたが、MC12は車載バッテリーからの供給です。

なお、サスペンション・ジオメトリーは、前後ダブルウィッシュボーン、プッシュロッドといった基本的なレイアウトやマウント位置はエンツォと同一ながら、剛結部剛性はダラーラによって徹底的に引き上げられていることが確認できます。

画像: 公道向けとはいえ、ホイールはセンターロックを採用。足回りは基本的にはエンツォと共通しています。

公道向けとはいえ、ホイールはセンターロックを採用。足回りは基本的にはエンツォと共通しています。

勝ち方を知っていたジョルジオ・アスカネッリ

レースに出てみると、マクラーレンF1やポルシェGT1、あるいはメルセデス・ベンツCLK GTRと同じように、MC12は破竹の連覇を飾りました。F1で培ったアスカネッリの知見と経験は決して伊達ではなかったのです。が、唯一ル・マンだけは出場が叶いませんでした。理由は技術的なものではなく、ル・マンを主催するACO(フランス西部自動車クラブ)とのレギュレーションを巡る決裂です。ACOはル・マンのGTクラスを「市販されているスポーツカーを改造したマシン」のレースと考え、MC12の純レーシングカーとしての生い立ちを決して受け入れようとしませんでした。

画像: あくまでエンツォと差別化するために、スタイリングもピニンでなくジウジアーロが担っています。

あくまでエンツォと差別化するために、スタイリングもピニンでなくジウジアーロが担っています。

先に挙げたポルシェ911GT1やCLKGTRがほぼプロトタイプのレーシングカーが、結局はGTクラスを崩壊させたことを決して忘れていなかった、と言い換えることもできるでしょう。もっとも、アメリカ・ル・マンシリーズには参戦が認められ、性能調整(BoP)を受けながらもコルベットやアストンマーチンを存分に蹴散らすことに成功しています。

画像: リヤのフードを開ければ、V12エンジンと後方にあるプッシュロッドサスの位置関係が分かるはず。

リヤのフードを開ければ、V12エンジンと後方にあるプッシュロッドサスの位置関係が分かるはず。

限定50台とはいえ比較的手に入れやすい⁉

どういうわけか、世界限定50台といわれつつ、MC12はオークションでの売り物が少なくありません。やはり、エンツォの傍系とか、デチューンされたエンジンといった情報から転売されやすいのかもしれません。相場は1億円程度で、そのサイズから公道走行をもてあますのか、走行距離もさほど伸びていないタマが散見できます。

しかしながら、MC12コルサと呼ばれる特別仕様はまったく別扱い。レース用としての販売ではなく、単純にサーキット走行を楽しむため(公道不可)に作られたため、エアリストリクターなどの制限装置もなし。その結果、フルチューンの755ps/8000rpmのV12が味わえることになり、今でもマセラティ最速モデルに位置しています。

いずれにしろ、ラグジャリー路線のマセラティにおいて、MC12だけは昔日のコンペティションマシンを引き継いだ異色の存在といえるでしょう。

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