かつて街角で活躍したVW「タイプ2」の配送バン。使い捨てられる運命にあった質素な働くクルマが、今や海外オークションで1000万円級の値を付ける激レア車へと変貌を遂げています。無骨な機能美と圧倒的な希少性でコレクターを魅了する、1963年型パネルバンの知られざる高騰理由と魅力に迫ります。

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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ビートルのシャシーを使った実用車

ワーゲンバスと聞けば、さまざまなイメージが膨らむこと男子のデフォルトかと。1970年代のヒッピーカルチャーやサーフボードを積んだ海沿いの風景や、オシャレな移動販売車、はたまたレトロなキャンプの相棒まで様々なはず。しかし、今回スポットを当てるのは、そうしたレジャーの相棒ではなく、かつて世界中の街角で黙々と働き、汗を流していた「配送バン(デリバリーバン)」です。今やクラシック・ワーゲン界で屈指のコレクターズアイテムとなったタイプ2ですが、この質素な働くクルマが、どうして得も言われぬ魅力を放つのか、1963モデルのタイプ2をサンプルに足跡を振り返ってみましょう。

画像: 1963年型フォルクスワーゲン タイプ2、デリバリーバンと呼ばれたモデル。北米で乗られていただけあってコンディションは良好です。

1963年型フォルクスワーゲン タイプ2、デリバリーバンと呼ばれたモデル。北米で乗られていただけあってコンディションは良好です。

タイプ2を紐解くとなると、時計の針を1940年代後半のドイツに戻さねばなりません。当時のフォルクスワーゲンは、「タイプ1(ビートル)」の生産に明け暮れていたのですが、そこにオランダのVWインポーター、ベン・ポン氏が訪れました。彼は工場内で使われていた手作りの平台トラック(通称プラッテンワーゲン)を見て、「これならビートルのシャシーを使って、効率よく荷物を運べる実用車が作れるのではないか」とエンジニアに提案。

当時のヨーロッパは戦後復興の真っ只中で、あらゆるビジネスが、安価で、頑丈で、たくさん荷物が積める商用車を求めていた時期。ポン氏の提案を歓迎したVWは、ビートル譲りのリアエンジン・リアドライブ(RR)レイアウトを活かし、フラットな床面と広大な荷室を実現しました。1950年に量産が始まると、瞬く間に世界中の商店や配送業者にとって欠かせない商用車となったのです。

画像: 左のボディサイドはほとんど窓がなく、いかにも商用車チック。しかしながら、そこが無骨で道具感を醸しているのかと。

左のボディサイドはほとんど窓がなく、いかにも商用車チック。しかしながら、そこが無骨で道具感を醸しているのかと。

1963年型で悲願のパワーアップを実現

タイプ2の歴史は非常に長いですが、大きく分けると1967年まで生産された第1世代(通称スプリットウインドウ、またはアーリーバス)と、それ以降の第2世代(通称レイトバス)に分かれます。今回の主役である1963年型は、第1世代(T1)の文字通り「成熟期」に位置するモデル。初期のモデルは1131ccの貧弱なエンジンでしたが、1954年には1192ccへと拡大。そして、「1963年」という年が、タイプ2の歴史における大きな転換期でした。

この年の途中まで、エンジンは34馬力の1.2リッター(1192cc)でしたが、その後、よりパワフルな1.5リッター(1493cc・42馬力)エンジンを本格導入。荷物を満載してハイウェイを走る配送バンにとって、このパワーアップは悲願だったのかと。さらに、外観もリアのテールゲート(エンジンフードの上のドア)が大型化され、同時にそれまで大きな特徴だった「スモールテール」と呼ばれる小さなテールランプを、視認性の高い大きめのデザインへと変更。つまり1963年型は、初期モデルのクラシカルな雰囲気を色濃く残しながらも、実用車としてのメカニズムが最も熟成へと向かう、絶妙なバランスの上に成り立つ年式ということ。

1000万円超えは確実、でも高すぎはしない理由

現在、タイプ2の市場価値は高騰を続けており、特に23ウインドウや21ウインドウと呼ばれる、窓がたくさんついた上級仕様の「デラックス・サンルーフ(通称サンババス)」は、オークションで驚くような高値で取引されています。また、ここ数年のトレンドとして、今回ご紹介している「配送バン(パネルバン)」の人気もかなり上昇している様子。

画像: フロントウィンドウはおなじみのスプリット&開閉式。この解放感があれば、しょぼいクーラーでも我慢できるかも⁉

フロントウィンドウはおなじみのスプリット&開閉式。この解放感があれば、しょぼいクーラーでも我慢できるかも⁉

画像: スライドドアでなく、観音開きが時代を感じさせます。が、開口面積としては十分確保されています。

スライドドアでなく、観音開きが時代を感じさせます。が、開口面積としては十分確保されています。

かつての配送バンは商用車ですから、「使い捨てられる運命」にありました。また、窓がないため、プライベートなキャンプ用としては敬遠された時代もあります。それゆえ、当時の姿のまま生き残っている個体が、乗用仕様に比べて圧倒的に少ないのです。この「希少性」こそ、価値を押し上げている理由かもしれません。そして、横一線に並んだスチール製のサイドパネルや、フロントのV字型プレスライン。無駄な装飾を一切削ぎ落としたソリッドな佇まいは、まるでインダストリアルアート(工業芸術)の佇まい。

もっとも、現代の軽バンと比べれば。クーラーはありませんし、冬のヒーターもビートル譲りの空冷エンジンですから「ほんのり温かい」程度。パワーステアリングもなければ、ブレーキも軽バンのようには止まりません。が、ステアリングを握り、あの独特な角度の付いたシートに腰を下ろして走り出した瞬間、そんな不満はすべて吹き飛ぶはず。

画像: 質素ながら、アップライトなポジションは長時間のドライブでも疲労が少ない優れた設計。それにしてもシンプルなことこの上なし。

質素ながら、アップライトなポジションは長時間のドライブでも疲労が少ない優れた設計。それにしてもシンプルなことこの上なし。

画像: 本来はカーゴスペースとなるリアにはシートが追加されていました。シート下はエンジンルーム。

本来はカーゴスペースとなるリアにはシートが追加されていました。シート下はエンジンルーム。

といったところで、オークションに出品された極上品は3万~6万ドル(約480万~1000万円)の予想落札価格となっています。出品地は北米なので、劣化も少なくレストアもしっかり仕上げられたサンプルゆえに、実際はさらに高額となるのではないでしょうか。そうはいっても、かつて独特な世界を創り、今なお私たちの心を豊かにし続ける、自動車の歴史が生んだ大いなる遺産と考えたら、さほど高すぎるようには思えません。

画像: ベンチレーションウィンドウも60年代ならではの装備。また、タイプ2のサイドウィンドウは大半がスライド式を採用。

ベンチレーションウィンドウも60年代ならではの装備。また、タイプ2のサイドウィンドウは大半がスライド式を採用。

画像: レストアの際に1.6リッターエンジンに換装され、現代の交通環境にも適応といったところでしょうか。

レストアの際に1.6リッターエンジンに換装され、現代の交通環境にも適応といったところでしょうか。

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