国土交通省の調査では、通勤する人が平日に自宅から出かける移動の4割強が5km以下。その乗り物は、借りても持っても目的地には持ち込めない。だがVIDA Novus NEX 1は、乗り物そのものをリュックにして身につけ、履帯で段差を越える変形型モビリティ。年590万台を売るインドの二輪大手ヒーローモトコープの電動ブランドが2025年11月に発表したコンセプトモデルだ。

文: 石川順一
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駅を出てからの、あと少しを身近に

朝の改札を抜けて、職場へ向かう。地図で見れば大した距離ではないのに、歩くと少し遠く、バスを待つほどでもない。こうした短い移動は、思いのほか多い。国土交通省がおおむね5年ごとに行う全国都市交通特性調査の令和3年度の結果を見ると、通勤する人が平日に自宅から出かける移動は、通勤以外の用事も含めて、4割強が5km以下に収まっている。

駅から先の「あと少し」も、その一つだ。この距離を埋める乗り物は、街にすでにある。シェアリングサービスが行われている電動キックボードなら、借りた場所の近くのポートで乗り、目的地の近くのポートに返す。自分の折りたたみ式を買う手もあるが、たたんだ車体は手に提げる荷物になり、改札を抜けてビルの入口をくぐるころには、どこに置くかを考えている。

ホンダが米国で売り出したモトコンパクトのように本体ごとケースの形に畳めるものも同じで、手提げの形である限り片手はふさがる。借りても持っても、乗り物は目的地の手前で止まる。体の外にあるものだから、降りたあとは返すか、置くか、提げるかしかない。

乗り物が身につけて、人が行く所へそのまま連れて入れるものだったら、そんな手間はない。改札も階段もビルの入口も、一緒に通り抜けられる。

乗れば日常の足、下りればリュック

乗り物を持ち歩くのではなく、いつもの荷物が乗り物になってくれる。その形を描いてみせたのが、インドに本社を置くヒーローモトコープ(Hero MotoCorp)の電動ブランドVIDAが、ミラノの二輪ショーEICMA 2025で初公開したコンセプトモデル「VIDA Novus NEX 1」だ。

画像: 乗るときは立ち乗りモビリティ、下りれば背負うリュック。同じNEX 1の2つの姿

乗るときは立ち乗りモビリティ、下りれば背負うリュック。同じNEX 1の2つの姿

NEX 1は一人乗りの立ち乗りで、乗り方自体はキックボードに近い。バッグ本体がデッキの前端に立ち、その上から1本のステムが伸びて、T字のハンドルになる。乗り手はバッグに向かって立つ。下りたらデッキをたたんでバッグの外側に重ね、肩ひもを通して背負う。切り替えは数秒で済む。

画像: バッグ本体の上からT字のハンドルが伸び、デッキの下に左右2本の履帯が付く

バッグ本体の上からT字のハンドルが伸び、デッキの下に左右2本の履帯が付く

既存の電動キックボードと決定的に違うのは、足回りだ。タイヤの代わりにデッキ下に左右2本の履帯、つまりクローラーが付き、表面のブロック状の滑り止めで路面をつかむ。小径タイヤの電動キックボードなら縁石や石畳の段で一度降りて持ち上げる場面でも、NEX 1なら乗ったまま進めるのだ。

画像: 履帯の表面にはブロック状の滑り止め。タイヤは無い

履帯の表面にはブロック状の滑り止め。タイヤは無い

背負う形態の作りは、通勤リュックそのものだ。肩ひもの付いた背中側の面を開けると仕切りがあり、ノートPCを立てて入れられる。乗っているときも歩いているときも、中の荷物に手が届く。NEX 1ならポートに返しに行くことも、たたんだ車体を提げて歩くこともなく、いつものリュックのように背負って改札からビルの入口まで通り抜けられるというわけだ。

画像: 肩ひも側の面を開け、仕切りにノートPCを立てて入れる

肩ひも側の面を開け、仕切りにノートPCを立てて入れる

ミラノ初公開から、1か月余りで値札を付けた前例

絵に描いただけのコンセプトなら、ショーの会場にはいくらでもある。NEX 1が違うのは、作り手に「見せたものに値札を付ける」前例があることだ。

VIDAは同じEICMA 2025で、子ども向けの電動オフロードバイクDIRT.E K3を公開した。同じ年にRed Dot Design Concept Award 2025を受けていたコンセプトだったが、2025年12月12日には先着300台の価格を決めてインドで購入希望の受け付けを始め、翌2026年1月15日から5都市の店頭販売すると決めた。設計はヒーローモトコープのインドとドイツの研究開発拠点、生産はVIDAの電動車を組み立てるティルパティ工場で行う計画だ。ミラノで見せてから1か月余りで値札と発売日が付き、2か月余りで店頭に並ぶスピード展開となった。

さらにさかのぼれば、ヒーローモトコープの社内プログラムから生まれたSurge S32がある。3輪の車体が3分で2輪のバイクに変わる電動車で、製品化にあたって現地の車両区分の新設まで実施された革新的な一台だ。区分の境目をまたぐ製品を形にしてきた会社だから、乗り物がリュックになる発想も突飛ではない。

年590万台のメーカーが、変形リュックモビリティを作る理由

年に590万台を売る会社が、なぜ背負える乗り物を作るのか。答えは、VIDAがNovusの3機種に与えた共通の出発点にある。乗り物の区分から入らず、人の移動の切れ目から入って、それぞれの切れ目に合う形を当てた。

駅から先の区間には背負えるNEX 1、荷物を積んで街を走る仕事には自立する3輪のNEX 2、天気を選ばない2人の移動には全天候の4輪のNEX 3。ヒーローモトコープはNEX 1を「ただ運ぶだけでなく、あなたと一緒に動くように作った」乗り物と位置づける。だからリュックなのだ。乗り物を置いてくる場所ではなく、人が行ける場所すべてに追随する形を選んだ。

そもそもヒーローモトコープは1社が1年に販売するオートバイとスクーターの台数で世界最大という、二輪最大手のメーカーだ。2024年度に売った台数は約590万台にも上る。8か所ある工場のうち6か所がインド、残りはコロンビアとバングラデシュに1か所ずつで、顧客は52か国に1億2,500万人を超える。研究開発はインドのジャイプールとミュンヘン近郊にあるTech Centre Germanyの2拠点で進めている。

そんな会社が電動に踏み出したのがVIDAだ。2022年度に電動スクーターで始まり、2024年度の販売は前の年の3倍に伸び、2026年8月には月に2万5,000台余りを出荷している。EICMA 2025では欧州への投入を発表し、米Zero Motorcyclesと共同で開発する電動バイクの計画も公開した。年590万台の量産の足場と、デザイン賞を受けた構想力の両方を持つ会社が、通勤者の背中に目を向けたというわけだ。NEX 1は、その会社が描く次の乗り物のうち、いちばん小さな答えといえよう。

画像: 背負った姿。デッキが外側に重なり、ハンドルのグリップが上に出る

背負った姿。デッキが外側に重なり、ハンドルのグリップが上に出る

実現の鍵を握るのは重さか

NEX 1はあくまで現状は主要諸元もはっきりしない、電動ブランドのコンセプトに過ぎない。なかでも重さは、この発想が成り立つかどうかを決める数字といえよう。国内で買える立ち乗りの特定小型原付のうち代表的な5車種は13.8〜22kg、ケースの形に畳めるホンダのモトコンパクトでも18.7kgある。これをそのまま背負うのでは、通勤のリュックとして毎日肩に乗せるには重い。乗り物をリュックにする以上、どこまで軽く作れるかが実現の鍵だ。それでも、駅を出てからのあと少しに、借りて返すのでも提げて運ぶのでもなく、身につけて連れて歩く乗り物という選択肢が、形として示されたということは面白い。ヒーローモトコープからの続報に期待したい。

画像: デッキに乗り込むところ。バッグ本体は前端に立つ

デッキに乗り込むところ。バッグ本体は前端に立つ

ヒーローモトコープ(VIDA) Novus NEX 1 主要諸元

・形式:立ち乗り一人用モビリティ
・足まわり:左右2本の履帯(クローラー)
・操作:デッキ前端のバッグ本体から伸びる1本のステムとT字ハンドル
・収納:仕切り付き
・公開:2025年11月4日、EICMA 2025(ミラノ)
・受賞:Red Dot Design Concept Award 2026(Novusシリーズとして)
・メーカー:Hero MotoCorp(本社ニューデリー)電動ブランドVIDA

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