文: 石川順一
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働く日と身軽に動きたい日を一台で
朝は市場で仕入れた荷物を店まで運び、昼は役所と銀行を回り、夕方は子どもを迎えに行く。こんな1日を1台の乗り物でこなそうとすると、多少不便な部分がある。荷台のある軽トラックは、狭い路地の移動には向かないし、逆に小回りのきくスクーターでは荷物があまり載らない。そうなると、仕事と私用で1台ずつ持つという選択になるが、置き場所も維持費も2台分かかって、どちらかはお留守番しがちだ。
インドでは、この「運ぶ乗り物」にあたる三輪車が2025年度に83万台あまり売れ、過去最高を更新した。伸びを後押しした要因の一つが、電気で走る三輪タクシーのオートリキシャの広がりだ。人も荷物も運べて、排気ガスも出ない。
クルマよりも小柄とはいえ、三輪では狭い路地をすり抜けたり店先に寄せて停めたりする身軽さはない。側車付きのバイクや牽引なら荷台側を外せるが、組んで走るときに荷台と荷物を引くのはバイクのエンジンで、その分の重さを背負うことになる。欲しいのは、運ぶ日には荷台になり、身軽な日にはスクーターに戻る、1台で2役をこなす乗り物だ。
スクーターが三輪ボディと合体する
そんな2役を1台にした電動車がSurge S32(サージ エス・スリー・ツー)だ。電動スクーターと、前輪の無い三輪の車体とで対になっている。三輪側は、ラダーフレームに後輪2つと13kWのモーター、電池を載せた土台で、前輪が無いので単独では走れない。
前端がくぼんでおり、ここへスクーターを後ろ向きに差し込むことができる。するとスクーターの後輪は引き上げられて地面を離れ、前輪がそのまま三輪の前輪になる。ハンドルとメーターは、そのまま三輪の運転席に鎮座し、見慣れた視界がコックピットに早変わりするのだ。
この組み替えが工具不要で、ボタン操作で3分しかかからない。荷台側は店の脇に置いたまま、スクーターだけを引き出して次の用事に向かえるというわけだ。

三輪側の土台を上から見たところ。前寄りに6kWのスクーターが収まり、後ろに13kWのモーターがある
そうなると動力はスクーター側にないと思うかも知れないが、こちらは6kWのモーターとバッテリーを完備。組んだ形に合わせて自動で動力が切り替わるため、三輪のときは三輪側だけが働いて、スクーター側は休止と、一度に動くのは一方だけとなっている。
牽く側の動力で付属する車体を引く側車や牽引とは違い、車両の大きさや最大荷重に応じた動力が確保されているのだ。組み替えのたびに、どちらの動力で走るかを選び直す操作も要らないので、切り替え間違えもない。
運転席がスクーターのハンドルそのものだという点も、2台持ちとの違いになる。スイッチもスロットルもスクーターのものをそのまま使い、表示だけが車の形に合わせて切り替わる。だから三輪に組んだ日も、手元の操作を覚え直さずに荷物を運べる。
充電口と充電器は2輪と3輪に別々にあり、1台にまとめても充電の自由は失わない。組み替えは舗装の上に限らず、砂利の上でもできる。三輪側の車体は、人を乗せる三輪タクシー型、軽トラのようなあおり付きの荷台、屋根と壁のある箱型の荷室、何も付かない平台の4種類から、仕事や用途に合わせて選ぶことが可能だ。
乗り物のために新区分ができた
実は、インドではS32を正確に定義できる車両区分がそれまでなかった。なにせ2輪にも3輪にもなる乗り物なんて前代未聞だ。そこで政府は2024年2月に改正案を示し、6月の官報で「L2-5」という区分を新設。
2輪車と、自分では走れない後ろ半分を組み合わせた三輪で、「必要に応じて分けたり組んだりでき、走るときはどちらか片方の形に限る」と定義した。登録番号はどちらの形でも同じ1つで、前後に1枚ずつナンバープレートを掲げる。2台持ちなら登録も2台分だが、この車は書類の上でも1台だ。2026年3月、S32はこの区分で最初の型式承認を得た。

赤く示した部分が電気機械式のロック。後輪の引き上げと固定は、組み替えのモードでしか働かない
機構の側にもしっかりとした裏付けがある。スクーターを三輪に取り付ける構造、後輪を持ち上げる機構、2つを留めるラッチの3つが国際特許出願として公開されていて、出願は50件を超える。走行中に勝手に外れないよう、電気機械式のロックが後輪の引き上げと固定を組み替えのモードのときだけに限っていて、三輪で走る間、2つの車体は一体のまま離れない。電池パックは10万kmの走行試験を経ており、信頼性十分だ。
インドの二輪大手、27人の社内ベンチャー
S32を作っているのはSurge Future Mobilityという社内ベンチャーで、母体はインドの二輪メーカー大手Hero MotoCorpだ。1984年の創業から累計1億2400万台を超える二輪を売り、1社単独の年間販売台数では世界最大を誇っている。2024年だけで591万台を売り、同じ年の日本国内の二輪の販売が36万8千台と比べると、1社でその16倍を売っているのだ(ちなみにホンダは各国の現地法人などグループ全体で年間2000万台)。
Surgeは、その巨大な会社の中で新しい事業を育てる社内プログラム「Hero Hatch」から生まれた。2020年ごろに数人の共同創業者で始まって27人のチームに育ち、デリー近郊のグルガオンに拠点を置く。設計者の名前まで公表する、顔の見えるチームだ。
Hero Hatchは、社内の人材でチームを組み、スタートアップの気風で動きながら、会社全体の資源を使えるようにした仕組みで、バイクのレンタル事業Freedoも同じ仕組みから育った。Heroがこの乗り物に託すのは、1人が持つ車の数を減らしながら1人あたりの働きを増やし、都市の混雑に向き合うことだ。
小さなチームの速さと大企業の資源が組み合わさっているのが、この体制の強みだ。Heroはインドとドイツに研究開発の拠点を持つ。電動スクーターのブランドVIDAでは、2024年末の時点でインドの250以上の都市に3100基を超える急速充電器と、500か所を超えるサービス拠点を築いていた。電動車を売り、支える経験を、母体がすでに持っている。
歩みは速い。2024年1月にHeroの催しで公開し、同じ年の11月にはミラノの展示会で、会長が政府の登録承認を発表した。2025年1月にはニューデリーの展示会に乗用のPVと荷台のLDを並べた。売り方は、まず配送や物流のフリート向けから始め、足場を固めてから個人向けに広げる方針だという。

乗用のPV。運転席の後ろに座席を備える
インドでの製品化はすぐそこ
型式承認を得て、インドで登録して公道を走る道は開いた。日本への導入可能性は低いが、2輪にも3輪にもなる乗り物のために法規の区分ができ、最初の1台が承認された意味は大きい。朝は荷台、昼はスクーターという1日を、1台で回す乗り物が世界のどこかで現実に近づいた。仕事と私用で2台を持ち、どちらかを遊ばせている人にとって、これは遠い国の話で終わらないことだろう。

Surge Future Mobility Surge S32主要諸元
・車両区分:インドのL2-5
・構成:電動スクーター+前輪の無い三輪モジュール
・組み替え:ボタン操作で3分、工具不要
・モーター:スクーター側6kW、三輪側13kW
・動力:2組
・車体の種類:PV(乗用)、LD(あおり付きの荷台)、HD(箱型の荷室)、FB(平台)の4種
・充電:2輪と3輪に別々の充電口と充電器
・ロック:電気機械式。組み替えモードでのみ後輪の引き上げと固定が働く
・フレーム:はしご形、全金属ボディ
・電池:10万kmの走行試験済み
・免許(インド):2輪で走るときは2輪、三輪で走るときは三輪の区分の免許
・受賞:TIME Best Inventions 2024、Red Dot Best of the Best 2024、A' Design Award プラチナ
・開発:Surge Future Mobility(Hero MotoCorpの社内ベンチャー、Hero Hatch発。グルガオン、27人)
・型式承認:2026年3月、L2-5区分で初
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