車いすで出かけた先の砂利や芝で、小さな前輪が取られて引き返したことはないだろうか。英国トレキネティックが2026年10月に発売した電動車いす「GTE Series 4」は、大きなブロックタイヤの車輪を前に置いた三輪。車輪を付け替えると車体の下の空きが6cmから12cmになり、木の根やわだちをまたいでいくことができる。英国で1台ずつ受注生産されており、価格は約301万円から。

文: 石川順一/ 写真: Lumira Studio、Darrin Jenkins
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舗装が終わる所で、小さな前輪が止まる

出かけた先の駐車場は砂利敷きで、その奥の広場は芝だった。車いすで入ろうとすると、小さな前輪が砂利に沈んで向きを取られ、押す手も止まる。湖畔の遊歩道も、キャンプ場の炊事場も、舗装が途切れた所から先は眺めるだけになる。

その先にいけたらどんな景色が広がっているんだろうか。木の根が張り出した林の道や、わだちの残る草地まで座ったまま入っていける車いすがあれば、出かける先の選び方から変わってくる。

いちばん大きな車輪を前に置く

英国のトレキネティックが2026年10月5日に発売した電動車いす「GTE Series 4」は、ひと目で成り立ちの違いが分かる。座の両脇に、自転車のようなスポークとブロックタイヤを持つ大きな車輪が2本。小さな車輪は後ろに1本あるだけで、三輪で走る。

画像: 林の中を行くGTE Series 4。ブロックタイヤの大きな車輪が前に2本並ぶ

林の中を行くGTE Series 4。ブロックタイヤの大きな車輪が前に2本並ぶ

地面に最初に当たるのが大きな車輪なら、砂利や芝に前を取られにくい。国内の電動車いすにも前輪を大きくして段差に備えるものがあるが、この1台は車体を動かすいちばん大きな車輪をそのまま前に持ってきた。芝、砂利、砂浜、林の道、ぬかるみ、雪にも対応する走破性を誇る。

モーターは左右の車輪の中心にひとつずつ収まっており、手元のジョイスティックで操る。上れる坂は10度まで。多くの人が使う建物の車いす用スロープは、日本国内のバリアフリー法施行令では勾配12分の1、角度にして約4.8度までが原則だから、その2倍ほどの傾きに対応できるというわけだ。

車体の設計も車いすの枠にとらわれない。座を支えるのはガス式のサスペンションで、石畳や林の道の凹凸を受け止める。体をつつむ座面のフレームに至っては、創業者のマイク・スピンドル氏によるF1の部品づくりのノウハウを活かしたカーボンファイバーの一体成形。モーターを2つ抱えた電動の車いすながら、重さはわずか37kgに抑えられている。

画像: 座幅16インチ仕様の外寸。小さな車輪は後ろに1本だけ付く

座幅16インチ仕様の外寸。小さな車輪は後ろに1本だけ付く

車輪を下の位置へ。車体の下が6cmから12cmに

さらに面白いのが車輪の付け根だ。フレームの左右の板に、車輪の取り付け位置が上下に2か所ある。上に付けると、車輪はまっすぐ立ち、車体の下の空きは6cm。街なかや屋内を走るときの位置になる。

画像: フレームの板にある上下2か所の取り付け位置。どちらに付けるかで車体の高さが変わる

フレームの板にある上下2か所の取り付け位置。どちらに付けるかで車体の高さが変わる

下に付け替えると、車体が6cm持ち上がって空きは12cmに増え、同時に車輪の下側が外へ開いてハの字になる。張り出した木の根や、ぬかるみに残ったわだちをまたいでいける高さになり、ハの字に開いた車輪が左右の踏ん張りを受け持つ。

画像: 車輪を下の位置に付けた状態。車体が上がり、車輪は下側が外へ開く

車輪を下の位置に付けた状態。車体が上がり、車輪は下側が外へ開く

付け替えに力仕事は要らない。座を下げ、車体の下にある台を地面に下ろしてから座を上げると、車体が浮いて車輪が地面を離れる。あとは1本8kgの車輪を外し、もう一方の位置に付け直せばいい。車体を持ち上げたり、支えたりせずに済むから手間は少ない。

画像: 付け替えのときは、車体の下の台が車輪を地面から浮かせる

付け替えのときは、車体の下の台が車輪を地面から浮かせる

車輪の位置を変えて車体の下の空きを増やすこの仕組みを、トレキネティックは全地形対応の車いすで初めてのものだとしている。前後の車輪の間隔も長く取ってあり、坂の下りで前へつんのめりにくい。

乗用車の荷室に入り、体に合わせて作る

悪路に踏み込む作りとなっているが、クルマに積める点は普通の車いすと変わらない。車輪を付けたままでも外しても、ふつうの乗用車の荷室に載る。林の入り口や浜辺の駐車場まではクルマで運び、そこから先を車いすで行くといった運用も可能だ。

個人個人の体格や状況に合わせた作り込みもなされている。座面は注文時点で、幅を約41cm、44cm、48cmの3つから選択可能。姿勢を支える専用の座席を載せることもでき、採寸のうえ英国の工場で1台ずつ受注で組み上げられるため、長く座っていても体が崩れにくい1台に仕立てられる。電動と手動は切り替えられる。背もたれの後ろの持ち手に操作部を付け、付き添う人が後ろから運転する仕様にすることだって可能だ。

約301万円から。日本で選べる1台との距離

価格は£13,990から。日本銀行が公表する2026年10月の裁定外国為替相場、1ポンド215円で換算すると、約301万円からになる。

日本の道に置いてみると、大きさと速さはなじみのある枠に近い。長さ120cm、幅70cm、高さ120cmに収まり、時速6kmを超えない電動車いすは、道路交通法で歩行者の扱いになる。GTE Series 4は長さ120cm、最高速度も時速6kmで、この上限と同じだ。幅はいちばん細い座面の仕様で70cmから74cmあり、広いほうは日本の基準を超える。

では、いま日本で選べる1台はどこまで行けるのか。国内で高い走破性をウリにしている電動車いすに、ウィルのModel C2がある。前輪を大きくして5cmの段差を乗り越え、芝生や砂利道も走れるモデルだ。メーカー希望小売価格は51万8000円からで、補装具費の支給制度や介護保険のレンタルも使える。

芝生と砂利道までは、国内の1台で届く。GTE Series 4が見せているのは、その先だ。車体の下を12cmまで持ち上げ、木の根やわだちの向こうへ車いすを連れていく作りに、約6倍の値が付いている。日本に正規代理店はないため、国内導入の可能性は低い。

それでも、舗装が途切れた所で引き返すか、そのまま進むか。その分かれ目を、車輪の位置ひとつで動かせる車いすがあるという事実は、足が不自由でもアクティブな活動ができるというひとつの可能性を示した事実は揺るがない。今後の展開に期待だ。

画像: 石畳の街を走るGTE Series 4

石畳の街を走るGTE Series 4

トレキネティック GTE Series 4 主要諸元

・区分:電動車いす(日本未発売)
・全長×全幅×全高:120cm×70〜74cm×78〜84cm(座幅16インチ仕様)
・座幅:16インチ/17.5インチ/19インチ
・重量:37kg
・使用者の最大体重:114kg
・最高速度:6km/h
・航続距離:25km
・登坂能力:10度
・最低地上高:60mm(車輪が上の位置)/120mm(車輪が下の位置)
・モーター:150W×2(車輪内蔵)、トルク1輪あたり50Nm
・バッテリー:リチウムイオン(航空輸送に対応)
・装備:ガス式サスペンション、カーボンファイバー製の座、リクライニング、電動と手動の切り替え、介助者用の操作部
・衝突試験:ISO 7176-19
・製造:英国(受注生産)
・価格:£13,990から
Photo: Lumira Studio, Darrin Jenkins

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