文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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公道を走るF1

2017年にコンセプトが発表されるも、慎重な開発がなされた結果、デリバリーまでには5年以上の歳月が費やされたAMG ONE。
「こんなクルマは、おそらく二度と作れるわけがない。いや、作ってはならないのかもしれない」開発に携わったエンジニアすべてが、同じセリフを異口同音したクルマ。それが、2024年、ついに日本の公道をも走り始めた「メルセデスAMG ONE」にほかなりません。
世界限定275台、価格にしておよそ5億円とも言われるこのマシンは、メルセデスがその130年を超える歴史と、近代F1での絶対的な覇者としてのプライドを賭け、「意地だけで完成させた」最初で最後の “公道走るF1”なのです。

1.6リッターのF1エンジンに2基のモーターを組み合わせ、システム合計1063馬力を発生。常軌を逸している、といっても大げさではありませんね。
アイドリング5000回転を管理する
そもそも、このプロジェクトは2017年のフランクフルトモーターショーで、AMG創立50周年を記念した「プロジェクト ワン」のコンセプトカーが発端。「ルイス・ハミルトン選手が乗ってF1ワールドチャンピオンを獲得した、本物の1.6リッターV6ハイブリッドターボエンジンを、そのまま市販車に載せる」というのですから、世界中のエンスージアストが色めき立ったのも当然のこと。ですが、言うは易くの例え通り、開発には5年以上の歳月がかかる大仕事となりました。理由は簡単で、F1のPUはそもそも「一般公道を走る」ようには作られていないから。

F1オマージュのステアリングはデザインだけでなく、さまざまな機能が載せられたところもF1マシンそのものと言えそうです。
だいたい、始動からして専門のメカニックやエンジニアが取り囲み、PCを接続し、外部から暖機を行い、ようやく1万回転を超える咆哮を上げるのです。アイドリングだけでも5000回転という、繊細かつ凶暴なレーシングエンジンを、市販車の「キーを回せば一発で始動し、交通渋滞に捕まってもオーバーヒートせず、日本のレギュラーやハイオクガソリンで文句も言わずに日常域をこなす」レベルに調教することなど、自動車工学の常識では不可能な領域といっても過言ではないでしょう。
さらに高いハードルだったのが、欧州の厳しい排出ガス規制(WLTP)。超高回転型のF1エンジンは、冷え切った状態ではクリーンな排ガスなど出るわけがない。そこでメルセデスは、始動直後の約1分間は、あえてエンジンを眠らせたまま、4基ある電気モーターの力だけで静かに走り出すように設定。その間に電気的に触媒を急速に温め、準備が整った瞬間に、あの1.6リッターV6ターボが目を覚ますとのこと。
超絶レースモードを実装
システム最高出力は実に1063馬力。エンジン単体でも9000回転で574馬力を叩き出しますが、1万1000回転まで淀みなく突き抜けるとのこと。F1直系の熱エネルギー回生(MGU-H)と運動エネルギー回生(MGU-K)をフルに機能させ、ターボラグなどという概念は文字通りゼロ。フロントに配置された独立2モーターによるトルクベクタリング4WDを介した加速性能は、0-100km/h:2.9秒、0-200km/h:7.0秒、そして0-300km/h加速にいたってはわずか15.6秒。最高速度は電子制御リミッターが作動するものの352km/hまで実測済み。その性能の証明として、彼らは聖地ニュルブルクリンクの北コースで2024年10月には6分29秒090という、従来の市販車最速記録を自ら塗り替える圧倒的なレコードを打ち立てたのでした。

ドラッグリダクションシステムによって、フェンダー上のフラップやリヤウィングが最適な空力性能を発揮。でなきゃ、ニュル最速は狙えません。
ボタンひとつで前後フラップが開き、リヤウィングが空を裂くようにせり上がる「DRS(ドラッグリダクションシステム)」や、車高を40mmも下げて足まわりをガチガチに固める超絶のレースモード「Strat 2」。これら最新のF1からフィードバックされた技術が、記録に貢献していることは言うまでもありません。

ディフューザーの形状もまたF1マシンそっくりで、ボディ下流でのダウンフォース獲得は市販車の中では最大級とのこと。
ガソリンタンクのフタも気楽に開けられない
当然、これだけの怪物を所有するには、オーナーにも相応の覚悟が求められます。例えば、ガソリンを給油するとなったら、まずはコクピットにあるタンク内の圧力を抜くボタンを押し、システムが「OK」と判断するまでキャップを開けることすら許されません。さらに、このレーシングエンジンは5万km走行ごとに本国でエンジンを完全に車両から降ろし、全分解して組み直す「オーバーホール」が義務付けられています。維持の難易度もまた、スーパーカーではなくF1に等しいというわけでしょう。
自動車の歴史がこれからどこへ向かおうとも、この「メルセデスAMG ONE」が放った1万1000回転の咆哮は、人類が内燃機関とモータースポーツに捧げた最後の讃歌として、末代まで語り継がれること間違いなしでしょう。

ホイールはマグネシウム合金製で、カーボンセラミックブレーキを冷却するフィン形状のカーボンカバー付き。

サーキット走行向けテレメトリーや自己診断機能が搭載され、それはAMGの開発チームとモバイルネットワークで連携されています。

新車価格は5億円以上とされましたが、世界限定275台が、コンセプト発表と同時に完売という生まれながらの伝説みたいなクルマです。



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