当時、グリップの強さは衝撃的だった
強烈なグリップ力はコーナリングスピードを上げることができ、同時にブレーキング能力も引き上げた。アクセルペダルを思い切り踏み込んでいっても、エンジンの力をトラクションに換え素晴らしい加速をした。
公道を走れる市販タイヤなのに、そのグリップの強さは衝撃的だった。アドバンHFタイプDのデビュー当時(今から36年ほど前)のインプレッションはこんなイメージだった。
衝撃的だったのはタイヤを見たとき。当時としては常識破りでしかなかった。トレッド面は外側のショルダー部分に溝はなく、レーシングスリックにディンプルをつけた程度。トレッド面のグリップ確保だけでなく、サイドウオールもしっかりしたタイヤで、スポーティモデルのタイヤとして一世を風靡した。
トレッドパターンから心配されていたウエット性能のグリップレベルは高く、耐ハイドロプレーン性能も意外や悪くない。
現代のスポーツタイヤのトレッドパターンを見ると、そのほとんどがブロックパターンではなくHFタイプDのような、リブを基調としたトレッドパターンになっていることからも、36年前にいかに進んだデザインをしていたのかがわかる。
YOKOHAMA創立100周年の記念
そしていまこのアドバンHFタイプDが復活しようとしている。日本のタイヤメーカーとしては初めてのことだ。その理由を、横浜ゴムの藤本廣太氏が説明してくれた。ひとつは横浜ゴムが今年創立100周年にあたり、その記念になるということ。HFタイプDはこの会社の100年の歴史の中でも大ヒット商品だったことがわかる。
もうひとつの理由は、旧車オーナーからの強いリクエストだ。1980〜90年代に走り回っていたスポーツカーは今でも現存し、ヒストリックカーとして多くの愛好家が保有する。しかし古いクルマのパーツ類はなんとか入手できても、当時のタイヤはない。現代のタイヤサイズとは異なり、ヒストリックカーとはうまくマッチングできずに困っているという事情があった。
俗にZ432、S30、AE86、ハコスカ、ケンメリ…というようなクルマにマッチするタイヤを要求されていたのだ。今年1月のオートサロンでの展示でも予想以上の注目度だった。
当時の開発担当は、いまは決済をする立場に
社内の企画会議では、幸か不幸か、当時このタイヤに携わっていた人たちが決済をする立場になっていた。割と反対されずにゴーになったのだが、実際に作業が進んでくると、細かいところまでこだわりを持って指示が飛んできたという。
たとえば、トレッドパターンのイン側のショルダー部にADVANの小さな文字がブロックの上にのせる、とか、サイドウオールは模様をつけずに仕上げる、などなど、昔を知っているからこそのアドバイスだった。
そのためタイプDのフットプリントは、当時のものとまったく同じになったという。しかし溝の中の形は現代風にアレンジされている。それは欧州の規則に合わせなくてはならないからだ。タイヤの走行音の規制があり、ノイズの低減を余儀なくされたのだ。丸いディンプルは同じでもその底がやや浅くなり、よく見ると2段になっているところがオリジナルと異なる。
なぜ欧州の規則が関係するのかと尋ねたら、ポルシェ用に承認された当時のタイヤ(A008P)の復活を欧州でも望まれているから、それに応える用意をしているという。ポルシェのヒストリックカーオーナーも、当時と同じヨコハマタイヤを履きたがっているのだ。
このHFタイプDが流行っていたころには、まだ生まれていなかった井上拓哉氏が開発を担当した。トレッドパターンは同じでも、いまの構造やコンパウンドを使えば簡単にグリップアップしてしまうが、あえてそこは抑えたという。ヒストリックカーにマッチするグリップ力、つまりクルマの性能とバランスさせることを重視したという。
それは尖った性能ではなく扱いやすさにつながるので、ヒストリックカー用でなくても好ましいことだ。今のコンパウンドを使うということは、自動的に当時よりも転がり抵抗が小さいタイヤになっているという。
日本のクルマ文化が熟成した証拠
当時は、古くなると溝底のクラックが出たが、復活するHFタイプDは溝深さを0.7mmほど浅くし、溝の形状も工夫してクラックが出ないように対策済みだ。クラッシックカーの年間走行距離はさほど長くないから、この問題は出ないだろう。
横浜ゴム100周年記念行事としてのアドバンHFタイプDの復活は、日本のクルマ文化が熟成した証明でもある。
新しいクラシックカーはヤングタイマー、30年以上のクラッシックカーはオールドタイマーと呼ばれて珍重されているが、そんなヒストリックカーが生きながらえるために、タイヤを提供するということは素晴らしいことだ。おそらくこの企画は採算度外視。横浜ゴムがクルマ文化のために100周年を機に社会貢献をしているのだ。
ヒストリックカーオーナーはこの秋の復活が楽しみだろう。