歴代シビック タイプRの開発者に「いまだから語れる開発の舞台裏」と題して、独占インタビューを敢行。計6回の短期集中連載をお届けすることとなった(毎週金曜公開)。その第5回は1997年8月に発売されたシビック タイプR(EK9型)の開発に携わった新地高志氏に、その開発の舞台裏をうかがった。
画像: 【連載・第5回】ホンダ シビック タイプR(EK9)いまだから語れる開発の舞台裏 開発者 新地高志氏インタビュー

PROFILE
新地高志 Takashi Shinchi
シビック タイプR(EK9) 開発者

1973年入社。2~5代目シビック、3~4代目アコードのエンジン開発を担当。97年にはLPL代行として初代シビックタイプRのパワープラント開発を担当。以降、2代目CR-V、2代目ストリーム、4代目ステップワゴンにも同様の立場から携わる。 5代目オデッセイでは、パワートレーン系の開発責任者を務めた。趣味はゴルフ、愛車はヴェゼル。

シビックにタイプRを設定する開発背景とは

画像: シビックにタイプRを設定する開発背景とは

1995年8月、ホンダはDC2型インテグラにレーシングカーに近い性格のパワートレーンを積んだホットバージョン「タイプR」を設定した。タイプRは、レーシングカーのテイストと圧倒的なドライビングプレジャーの獲得を目指して開発したイメージリーダーカーだ。NSXに続くタイプR第2弾の心臓は、専用チューニングを施した1.8LのB18C型直列4気筒DOHC VTECである。

インテグラ タイプRが登場した1カ月後の9月、シビックがモデルチェンジした。黒田博史さんがリーダーとなって開発を行った6代目、EK系シビックの誕生だ。ホイールベースを延ばして居住空間を広げ、安全性能も大きく向上している。

3ドアのハッチバックモデルに設定されたSiRとSiR-IIが積むのは、排気量1595㏄のB16A型直列4気筒DOHC VTECだ。主役となる5速MT車は、最高出力170㎰/7800rpm、最大トルク16.0㎏m/7300rpmの高性能を誇った。

室内スペースを広げ、快適性を高めたシビックは、順調に販売台数を伸ばしていく。だが、タイプRがないことに不満を漏らすファンは少なくない。実は、開発陣も同じことを思っていた。そこで上層部は決断し、その年の暮れにタイプR開発のゴーサインを出している。

「その頃はホンダ車の3分の1がシビックでした。幅広い層の人たちに愛されていました。でも、走りの愉しさにこだわる人からは何でシビックには『タイプR』がないの? という声が届いていたのです。6代目を出すときに検討していたのですが、やはり必要だろう、と意見がまとまり、開発に着手しました。

すでにNSXとインテグラにはタイプRがあります。シビック タイプRは国内専用モデルだったので、もっと身近な存在にしようと考え、味付けの方向を大きく変えました。飛び抜けたスポーツ性の高さは絶対に譲れません。これに加え、日常の足としても楽しめる扱いやすいクルマを狙いました。

価格的にも買いやすいものにしています。20代の若いクルマ好きが買えるように、販売価格は絶対に200万円を切れ、と上からいわれました。コストは厳しかったですね」

と、エンジン開発に携わった新地高志さん(インタビュー時 第1技術開発室)は、開発初期のエピソードを語る。

パワーユニットは、シビックのSiR系が積むB16A型DOHC VTECがベースだ。しかし、エンジン型式がB16B型に変わるほど大幅に手を加えた。どちらのエンジンもボアは81.0㎜、ストロークは77.4㎜で、排気量は1595㏄である。

クラス最高の加速フィールとドライバーの意思に即応するピックアップの良さ、高回転域の痛快な伸びとパンチ力を実現するため、ホンダの技術の粋を集め、新しい技術も積極的に盛り込んだ。高回転に対応できるバルブシステムを採用し、吸・排気抵抗も徹底的に低減した。また、フリクションの低減にも力を注いでいる。

エンジンへのこだわりはハンパなものじゃない!

画像: エンジンにこだわるホンダならではの高出力化技術を投入。吸排気系を徹底的にチューニングするとともに圧縮比をアップ。レブリミットをベース比+200rpmの8400rpmに高めて、当時、世界最高峰となるリッター116㎰を実現したB16B 98 spec.R。

エンジンにこだわるホンダならではの高出力化技術を投入。吸排気系を徹底的にチューニングするとともに圧縮比をアップ。レブリミットをベース比+200rpmの8400rpmに高めて、当時、世界最高峰となるリッター116㎰を実現したB16B 98 spec.R。

「開発に先立って調査したら、シビックでノーマルカーレースに出場しているチームからパワーがもっと欲しい、と言われました。最低でも10馬力はパワーアップしてください、と言われたのです。

そこで185馬力以上のパフォーマンスを目標に掲げ、開発に着手しました。

この時、インテグラ タイプRのB18C型エンジンがあったのが幸いしましたね。苦労したのは、高回転のパワーと低・中速トルクの両立ですね。2輪屋だから高回転は得意なんですが、下のトルクを出すのは得意じゃない。ですが、タイプRのエントリーモデルになるので、扱いやすいエンジンを目指しました。

上(高回転域)の領域は圧縮比アップですね。10.4から10.8に高めました。下(低回転域)の領域はバルブタイミングのチューニングですね。吸気系と排気系の流量をアップしています。エキゾーストのサイレンサーも内部構造を見直し、流量アップを図りました。排気はスムーズに流れます。高回転のひと伸びとともに、心地良いエキゾーストサウンド、これにもこだわりました」

スペシャルチューニングを施した、タイプRに搭載されるB16B型DOHC VTECエンジンについて、もう少し詳しく解説してみよう。

エンジンの出力向上に効果の大きい高回転化を実現するために、バルブ系を大幅に強化している。インテーク側のバルブスプリングは楕円断面の二重スプリングだ。バルブ軸径の一部を細軸化し、傘部をスリム化している。広開角・高リフトに対応する高強度を実現するとともに、高回転域でのバルブ追従性も高めているのだ。ちなみに高回転化のためにコンロッドも軽量化し、回転バランスに優れたフルバランサー8ウエイト仕様のクランクシャフトも採用している。

「インテグラ タイプRと同じように、ベテランの職人が手作業で丁寧に、インテーク系とエキゾースト系のポート内部を研磨しています。わずかな段差までも滑らかに磨くことによって、レーシングエンジンのように軽やかに回るようになりました。

バルブタイミングとリフト量も最適チューニングしています。ピストンは頭頂部を盛り上げて圧縮比を高めました。スカート部にモリブデンコートを施して、フリクションを低減する手法も受け継いでいます」

画像: エンジンへのこだわりはハンパなものじゃない!

リッター116㎰を達成するために高回転型でしたが、
扱いやすさを重視したエンジンに仕上げました

太いトルクを実現するために必要なのは、より多くの混合気を燃焼させることだ。そこでメスを入れたのが吸排気系である。

「吸気系はバルブシートの開口部を60度から45度に鋭角化して、バルブのスリム化と合わせて吸気抵抗を低減しました。排気系も全体を大型化し、エキゾーストパイプの集合部を鋭角化して流れを良くしています。

また、サブチャンバーを追加し、プリチャンバーの大型化とサイレンサーの内部構造の見直しによって流量を増大させました。これらの結果、量産の自然吸気エンジンとしては世界最高レベルのリッター当たり出力116馬力を達成することができました。

最高出力は185㎰/8200rpm で、最大トルクも16.3㎏m/7500rpm。その気になれば8400rpm回転まで使うことができます。スペックを見ると高回転型のように思えるかもしれませんが、驚くほど扱いやすいエンジンに仕上がっています」

ライバルはインテR! 筑波1秒落ちが目標に

画像: 後期型 シビック タイプR

後期型 シビック タイプR

シビック タイプRが操る歓びを高めるために力を入れたのが、意のままの操縦性と優れた制動性能だ。低重心とロール剛性の向上を図りながら、シビックの資質を活かし、優れた旋回性能と地に足がついた安定性を実現した。パワーアップに合わせ、制動力も高めている。具体的にはサスペンションをハードに締め上げ、パフォーマンスロッドを用いてボディ剛性を高めた。車高も15㎜下げて低重心化を図っている。ブレーキのディスクローターもサイズアップした。もちろん、タイヤもインテグラのタイプRと同じ195/55R16サイズのハイグリップタイヤだ。これらのほか、トルク感応型のヘリカルLSDを採用し、ABSも専用セッティングとしている。

新地さんは開発当時をこう振り返る。

「パワーアップしたエンジンに負けないように、タイプRはボディなどを補強し、剛性を高めました。また、ベース車のSiRよりブレーキ性能も1ランク引き上げています。実際にレースをやっていた人たちが担当したから、いいクルマになりました。走行テストの舞台は、ニュルブルクリンクではなく、筑波サーキットと鈴鹿サーキット、そして北海道の鷹栖プルービンググラウンドと栃木のテストコースです。

筑波サーキットのラップタイムは、インテグラ タイプRの1秒落ちを目指しました。目標を達成するには、排気量200㏄のハンディッキャップは『走る』という部分では苦戦を強いられるので、『曲がる』と『止まる』、このふたつの性能アップを徹底的に行いました。

鈴鹿サーキットでは最終コーナー手前の130R(高速コーナー)の進入時に、クルマの姿勢が悪いと言われたようです。そこで量産モデルはチンスポイラーの形状と高さを変えています。開発中は、後にホンダF1の開発などに関わる研究所役員の一人が強力にバックアップしてくれました。レースの入門用マシンとして開発し、最終的にはレース仕様も用意しています。そのためフィーリングチェックとセッティングを土屋圭市さんにもお願いしました。走るたびにどんどんいい方向に向かい、最高の仕上がりになりましたね。

軽量化にも力を注いでいます。レースにも出場するから、ドアの内張りなども剝がしやすく設計しました。軽量化は、各部のぜい肉を削ぎ取り、エアコンなどもオプション扱いとしてSiRより60㎏くらい軽くしています。エンジンやボディの補強などで30㎏ほど重くなりましたが、差し引き30㎏軽くなりました。インテグラ タイプRと比べても、車重は10㎏軽い1050㎏に収まっています」

200万円を切る価格で走り屋たちの心をつかむ

画像: 1995年9月に登場した「ミラクルシビック(EK型)」をベースに、走りの楽しさと運動性能を徹底追求した3ドアFFスポーツ。NSX、インテグラに続くホンダ「タイプR」の第3弾となる。価格は199万8000円だった。

1995年9月に登場した「ミラクルシビック(EK型)」をベースに、走りの楽しさと運動性能を徹底追求した3ドアFFスポーツ。NSX、インテグラに続くホンダ「タイプR」の第3弾となる。価格は199万8000円だった。

正式発表は、シビック生誕25周年の節目となる97年8月だ。販売価格は199万8000円のバーゲンプライスである。この時期、ホンダはオデッセイに代表されるクリエイティブムーバーが大ヒットしていた。だが、シビック タイプRは走り屋から持てはやされ、初代のインテグラ タイプRに次ぐ販売台数を記録している。

インタビューの最後に、新地高志さんに、現在と未来のタイプRについて語ってもらった。

「開発者にとって“R”の称号は、とてもハードルが高いのです。エンジンが高性能じゃないと認めてくれないし、サスペンションもサーキットを走れるくらいポテンシャルが高くないと認めてくれません。今のタイプRは私たちが開発したシビックよりスポーツ性が際立って高く、スパルタンです。多くの人が楽しめるように、間口を広げてもいけると思います。今は昔と違って排出ガス規制が厳しいし、燃費も良くないとダメです。タイプRを出すのは難しい時期ですが、今の時代にふさわしいタイプRを送り出して欲しいですね」

画像: 200万円を切る価格で走り屋たちの心をつかむ

■インタビュー・文:片岡英明
■インタビュー日:2017年3月23日

This article is a sponsored article by
''.