SKYACTIVテクノロジーと魂動デザインで新たなファンを獲得している近年のマツダ。一方で、世界で唯一量産に成功したロータリーエンジンとその搭載車に今でもただならぬ愛情を注ぐ人たちがいる。そんなオーナーと貴重な愛車を7日連続でご紹介! 本日は2代目RX-7ひとすじを29年。カスタムを繰り返し愉しむオーナーとその愛車の話。(取材・文:増田 満/写真:伊藤嘉啓)
2代目RX-7はチューニングするとさらに光る!
そのスタイルやピュアスポーツカーとしての性能から、ポルシェと比較されることが多かったサバンナRX-7は、1985年にフルモデルチェンジして2代目のFC3S型に進化する。ボディは一回り大きくなり、理想的なディメンションを獲得。さらにリアサスペンションがリジッドアクスルからマルチリンク式独立懸架方式に進化したことでコーナリング性能を大幅に引き上げ、フロントブレーキには国産車初の装備である対向4ポットアルミキャリパーが採用された。またエンジンは12Aに代わり13Bターボが標準となり、最高出力は185psへ向上。230km/hを超える最高速を手に入れていた。
SA22CからFC3Sに進化しても、デイトナ24時間レースを始めアメリカのIMSAシリーズには参戦を続けたが、レースでは717に始まるプロトタイプレーシングカーの活躍が印象に残った。そういう意味では、2代目RX-7はレースというより、公道を走るスポーツカーとして大いに評価されたといっていい。それはやはりストックの状態で高い加速・コーナリング性能を備えていたからで、13Bに進化したロータリーエンジンはチューニングすることで当時最速と言える性能を獲得できたからだ。
FC3Sが現役だった当時を知る世代には最速のスポーツカーという印象が強い。そしてこのFC3Sに乗る齋藤勉さんも、RX-7がFD3Sに進化したからといって乗り換えることなく、現在まで29年も乗り続けるほど惚れ込んでしまったのだ。
FC3Sが生産を終了した後、ディーラー展示車だったFC3S(GT-R)と出会い入手したのが現在まで乗り続けているこのクルマ。当時のオートサロンで見たRE雨宮グレッディⅠの姿に憧れて手に入れた。だから当然のようにチューニングを繰り返してきた。とはいえ、チューニングしたロータリーエンジンは耐久性が落ちてしまう。実に今のエンジンは3基目だという。
現在のエンジンは、ノーマルポートのままエキセントリックシャフトをFD用に交換して3分割強化アペックスシールを装着。エアフローレスとしたうえでハイフロータービンに変更し、燃調などはHKSのVプロで制御している。その結果、330psというハイパワーを手に入れた。増大したパワーに合わせて、ブレーキは前後ともFD用のキャリパーとディスクローターを流用して対応しているそうだ。
ボディも激しくカスタムしてあるが、なんと5ナンバーを維持するためワイドフェンダーなどにはしていない。装着したエアロパーツはRE雨宮製で、ボディの外寸が変わるようなことはしていない。これも80年代当時を知る世代ならではのセンスだろう。興味深いのはフロントフェンダー。試しに穴を開けてみたら具合が良かったので、なんとスリットを自分で開けているのだ。
チューニングを繰り返しつつ、ボディのカスタムを自分流に楽しむ。そんなスタイルがFC3Sにはよく似合っていると思える齋藤さんと愛車なのだった。