彫りの深さが強調されたフロントマスク
こんなときに限って天気予報が見事に的中して、ミュンヘンで新型アウディA1スポーツバックとSQ2の2台を借り出した私たちは間もなく本降りの雨に見舞われた。まったくカメラマン泣かせの天候だが、A1はブルー、SQ2はイエローと2台揃ってビビッドなボディカラーだったことは不幸中の幸いといえるかもしれない。
とりわけ「ターボブルー」といって、アバンギャルドなレストランのデザートにでも使われていそうなソースを思わせるちょっとおいしそう(?)な色合いのA1は、ドイツの鉛色の空の下でも生き生きとして見えた。そういえば、アウディがこんなに個性的で色鮮やかなペイントを用いるのは、初代TT 3.2 V6に用意されていたパパイアオレンジ以来のことのような気がする。
いや、A1が雨のなかでも強い存在感を放っていたのはボディカラーのせいだけではない。天地に浅く、ややつり目のヘッドライトと、直線とシャープなコーナーの組み合わせで切り取られたエアインテーク類からなるフロントマスクは、これまでのA1とは比べものにならないほど目鼻立ちがくっきりとしている。
同じく人間の顔にたとえるなら「決然たる表情」といっていいかもしれない。雨のなかでもその顔つきがぼんやりとしたものにならなくて済んだのは、そんな造形の妙が効果を発揮していたからだろう。
コンパクトながらアウディデザインの血統をしっかりとアピール
ボディサイドの作り込みを見るとシャープで力強い。キャラクターラインが鋭利な点はこれまでのアウディと同じだが、「彫り込む深さ」はこのA1になってぐっと増した。しかも、ショルダー部分とボディの比較的低い位置に刻まれた2本のキャラクターラインはいずれも直線的で後ろ上がり。デザイナーが疾走感や強い躍動感を描き出そうとしていたのは間違いがない。
このショルダーのキャラクターラインより1段高いところに前後のブリスターフェンダーを設けるのは、マーク・リヒテ氏がアウディのチーフデザイナーに就任して以来のデザイン言語だが、同じ造形がA1にも採用された。
本来、これは4WDのクワトロを表現する手法だが、試乗車はFF。したがってこのデザインはクワトロかどうかを示すためのものというよりは、アウディの正しい血筋を受け継いでいることを示す、デザインモチーフのようなものと捉えたほうが正しいようだ。
キャビンに乗り込んで真っ先に目に飛び込んでくるのは、Q3スポーツバックと同じMMIタッチディスプレイである。インフォテインメントの形式名としてはA6以上の上級モデルと同じだが、Q3やA1などのコンパクト系では上段にタッチディスプレイ、下段にエアコンなどの操作系をコンベンショナルなスイッチやダイヤルでまとめた構成となっている。
実は、これがなかなか使いやすかった。その理由のひとつが、タッチディスプレイがエアコン吹き出し口と並ぶダッシュボードの高い位置に設けられていて、ドライバーの視線移動が最小限で済む点にある。また、大きなディスプレイがドライバーに向けて10度ほど傾けられていることも視認性を向上させる一因といえる。
もうひとつの理由は、運転中はブラインドタッチとならざるを得ない下段の操作系が前述のとおりコンベンショナルなスイッチ/ダイヤル系のため、慣れれば手探りでもコントロール可能なことにある。
上級モデルでは、この部分もタッチディスプレイ式とされているが、私にはQ3やA1で用いたソリューションのほうが理に適っているように思える。40TFSIと呼ばれるグレードの試乗車に搭載されているエンジンは最高出力200ps、最大トルク320Nmの2L直4ターボ。デビュー時にラインナップされたエンジンとしてはもっともパワフルで、ギアボックスはSトロニックという組み合わせだ。
エンジンを始動させる。アイドリング状態でも明確にエンジン音が聞こえる設定は、アウディでいえばもっともスポーティなRSモデル以外ではほとんどお目に掛からなかったもの。もちろん、うるさいわけではないが、ボボボボッという音が常時聞こえる点はいささか意外だった。いままでにはないスポーティさ、もしくは強い刺激を期待する若者向けのセッティングといえるかもしれない。
エンジンの反応は、ヨーロッパの最新排出ガス規制をクリアしたアウディの多くがそうであるように、低速域でやや心許ない印象を抱いた。エンジン回転数が上がってしまえば力強いしレスポンスも良好なのだが、ボトムエンド付近では踏み込んだ瞬間にぐいっと背中を押されるような力強さが薄い。
もっとも、この辺はヨーロッパ仕様特有の問題であるような気がしている。というのも、国際試乗会でヨーロッパ仕様をテストし、その後、日本で改めてハンドルを握ったTTやQ8は、いずれも国際試乗会での印象が信じられないくらい力強いトルクを生んでいたからだ。同じことがA1でもあてはまるかもしれない。
躍動感を強調する味付けと質感は上級車と同等
同様に、サスペンションセッティングの解釈もアウディは少し方針を改めたようだ。ひと言でいえば、これまでよりダンピングが強めでどっしりとした乗り心地なのである。おかげでボディがフラットに保たれる傾向は強まったのだけれど、路面からゴツゴツという軽いショックが伝わってくることがこれまでよりいくぶん増えた。
もちろん、直接的な衝撃が乗員に伝わるわけでもなければ、不快な振動が残るわけでもない。そういう意味でアウディらしい上質さは残っているのだけれど、その表現の仕方がよりビビッドで若者向けになったような気がする。
ステアリングフィールは相変わらずレスポンスが鋭く、そして正確だ。しかも前後のグリップバランスが良好で、ハンドリング特性の変化が少ない。リアのスタビリティが高く、このようなウエットコンディションでも安心感が強いのはアウディらしい美点といえる。
試乗を終えて、アウディらしさが明瞭に感じられる部分と、変わりつつアウディの方向性の両方が見えたような気がした。
前輪駆動ベースのシャシでも優れたハンドリングや乗り心地、洗練さを表現できるのがアウディの強みだ。このうち、乗り心地や洗練さではやや若者向けに振ったようだが、絶対的な品質感の点では引き続きアウディらしいアドバンテージを感じた。
先代のA1の試乗会に参加した際、アウディのエンジニアから「装備の豊富さでいえばもちろんA8にかないませんが、すでにそこに装備されているものの素材やクォリティに関していえばA8とA1で差をつけることはありません。それはアウディ流です」という言葉を聞いたことがあるが、その点はまったく変わっていないように思う。
ただし、クルマの躍動感、元気さの表現という面はもう少しわかりやすく強調されたように感じた。前述のとおりアウディは品質感が優れているので、これまでは余計な味付けを前面に押し出さない傾向があった。料理にたとえれば、良質なダシがベースで薄味の京料理のようなものである。
ただし、このままではコンパクトカーの主なターゲットである若者層の支持が得にくいと判断されたのかもしれない。そこで新型A1ではうまみの強いダシはそのままに、そこに加える調味料を少しだけ多めにしたようなのだ。
いっぽうで、アウディの最新モデルを見る限り、A4以上の上級モデルはこれまでどおりの上質ダシ+薄味の方向性が維持される模様。元気なコンパクトモデルと上品な上級モデル。このふたつのラインが、今後のアウディを形作っていくことになるのだろう。(文:大谷達也)
■アウディA1スポーツバック40TFSI 主要諸元
●全長×全幅×全高=4029×1740×1433mm
●ホイールベース=2563mm
●車両重量=1260kg
●エンジン= 直4DOHCターボ
●排気量=1984cc
●最高出力=200ps/4000-6000rpm
●最大トルク=320Nm/1500-4400rpm
●駆動方式=FF
●トランスミッション=6速DCT