2005年、プジョーから画期的なコンパクトカーが登場している。背の高いパッケージを採用するとともに、2枚のドアをスライド式として、このセグメントで最上の居住性、積載性、快適性、そして豪華さ、上質さを狙った「プジョー1007」だ。日本市場へ2006年に導入されて注目を集めたが、まずはデビュー直後の2005年4月にスペインで行われた国際試乗会の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2005年9月号より)

プジョー1007はコンパクトクラスでもボディが拡大する現状への回答

クルマのボディ拡大化の流れが止まらない。ニューモデルとなり、全長が従来モデルよりも短くなった最近の例を、ボクは日産のキューブ以外に知らない。ただし、そのキューブは日本専用モデルだからこそ、それが可能だったとも言えなくもない。国際化、ボーダレス化のこの時代、ほとんどの場合はドメスティックな市場だけではなく世界的な市場を見つつ、世界中のライバルに目を向けなければならないわけだから。

居住性、積載性、快適性、そして豪華さ、上質さ。すべての要素でライバルに勝とうとすれば、必然的にボディが大きくなるという理屈は、わかる。特にトレンドセッターであるフォルクスワーゲン ゴルフやBMW 3シリーズなどのドイツ車が大きくなれば、同じセグメントのライバルたちは否が応でもその流れに追従していくしかない。

ただ、クルマは簡単に大きくなっても、街中の道路などはそう簡単に広くすることはできない。だから従来のクルマがモデルチェンジごとに「上」へとシフトしていっても、「下」のマーケットは空洞化するどころか、欧州では拡大傾向にある。

ポロ、206、クリオ(ルーテシア)、MINIなどいわゆるBセグメント市場は欧州自動車市場全体の35%を占め、今後10年間でさらに17%の成長が見込まれるというデータもある。そんなマーケットに新たな付加価値を持って登場したのが、今回紹介するプジョー1007となる。

1007は、2002年のパリサロンでショーデビューしたコンセプトカー「セサミ」がベース。3.8mに満たない全長に左右電動スライドドアを持つ。全高は1620mmと高く、小さなボディサイズながら広い室内空間を確保しているのが特長だ。

ちなみに1007、「既存のモデルをベースに革新的な新しい機能を搭載して開発されたスペシャリティモデル」ということで、中央に2つの「00」がついた4桁の車名となっている。つまりは今後、3007や4007というモデルが登場してくる可能性もあるわけだ。現地では「ワン・サウザンド・セヴン」と呼ばれていた。

エンジンは1.4Lと1.6Lの直4ガソリンと、1.4Lディーゼルの3種類。プジョーでは、フランス本国では45%の比率でディーゼルモデルが販売されるとみているが、残念ながらこのディーゼルの日本導入の予定はない。組み合わされるトランスミッションは、1.4Lガソリンエンジンには5速MTのほか5速AMTである2トロニックが用意される。1.6Lガソリンは2トロニック、1.4Lディーゼルは5速MTのみだ。

安全性も1007の大きなウリとなる。ESPを全車標準とし、サブマリン現象を防ぐ運転席ニーエアバッグを含め計7個のエアバッグシステムを持っている。同セグメントでは初のユーロNCAP5つ星も獲得している。

画像: 2002年のパリサロンでショーデビューしたコンセプトカー「セサミ」をベースに、2005年に登場したプジョー1007。ミニバンなどでスライドドアは珍しい機能ではないが、コンパクトカーで運転席/助手席をスライドドアにするアイデアは斬新。

2002年のパリサロンでショーデビューしたコンセプトカー「セサミ」をベースに、2005年に登場したプジョー1007。ミニバンなどでスライドドアは珍しい機能ではないが、コンパクトカーで運転席/助手席をスライドドアにするアイデアは斬新。

100%使い切る楽しさと伝統の走り味を持つプジョー1007

日本よりも空の青が濃いスペイン・バレンシアの飛行場から外に出ると、目の前に何十台ものカラフルな1007が整然と並べられて待っていた。

ボディカラーにビビッドな膨張色が多く採用されたためだろうか、実際のサイズよりも大きめに映る。ご覧の通りの個性的な顔を持つことも大きく見えるひとつの理由だろう。これは407と同じく、ピニンファリーナとの協力関係でデザインされたスタイリングだという。

キーを渡され、リモコンで電動スライドドアを開ける。これ自体はミニバンの多い日本において、別段珍しい機能ではない。だが、そこは「愛の国」フランス発の新モデル。スマートに助手席側を開き、ジェントルに彼女をクルマに導く、といったシーンを妄想してしまう。

ドア開口部は920mmに及ぶので、リアシートへの乗降も楽だ。その後席は座面がフロントシートよりも高くなっているので、圧迫感はまったくない。定員が4人と割り切られているとは言えさすがに左右の幅は狭いが、タイヤハウスの上にヒジ乗せがあるためか不思議と窮屈さは感じなかった。

まずは1.6Lガソリン車をドライブする。これは2トロニックとの組み合わせだ。高めのドライビングポジションと広いグラスエリアで視界は良好。最小回転半径は、配布された資料には未掲載だったが、コンパクトなボディに加え、短いフロントオーバーハングのおかげで取り回しは非常に良い。

高速に入る。パドルシフトを操作し低めのギアを選べば、ツキの良い加速感で合流できる。パワフルな感覚ではないが、もどかしさはまったくない。1007は電動パワーステアリングを採用する。ドイツ車のようなセンター付近の締まり感はないが、高速になればなるほど直進性が高まる方向で安定するあたりはさすがだ。

高速を降り、アップダウンの激しいワインディング路を走る。ゆったりと、そして深いロールを伴いながらも路面を掴んで放さないこの感覚は、そう、まさにプジョー伝統のあの味だ。切り増しや戻しが少ないごく自然なステアリングフィールで、パドルシフトを駆使しリズミカルに走れば、ミニバンチックなスタイルとは裏腹に極上のドライビングを堪能することができる。

ここで乗り換え。次に運転した1.4Lディーゼルはさらに楽しい。低回転からトルクを発生するエンジンと5速マニュアルトランスミッションのおかげで、クルマの性能を100%フルに使い切る楽しさを味わえた。

そう、それこそがフランス小型車の持つ楽しさ、「使い切りの美学」だ。その後1.4Lガソリン車に乗り換え、市街の渋滞を体験したが、正直、2トロニックのオートマチックモードでのギクシャクした感覚は残った。トルコンATを採用すれば、そうしたマイナス面は解消されるだろう。しかし、それでは小さなエンジンの出力を、ダイレクトに「使い切る」感覚は薄れ、もどかしさだけが残る。伝動効率の高いMT、もしくはMTベースの2トロニックだからこそ、このクルマの持つ味わいを十分に引き出せる。

画像: 明るく広々としたインテリア。インパネ上部のマットやエアコン吹き出し口のべゼルなどはその日の気分で12色から変更が可能。これは「カメレオ」と呼ばれる機能。

明るく広々としたインテリア。インパネ上部のマットやエアコン吹き出し口のべゼルなどはその日の気分で12色から変更が可能。これは「カメレオ」と呼ばれる機能。

渋滞は日本でだけ発生すると考えているならば大間違いだ。パリの中心部は、都内と同じレベルの(もしくはそれ以上の)渋滞が毎日発生している。それにもかかわらず彼の地でMT比率が高いのは、あくまでドライバーの意思に忠実に、そして余す所なく走る自動車像が求められているからに違いない。それに応えるには基本性能が疎かなクルマではいけない。そうやってフランス車は魅力を磨きつつ現代に至っているわけだ。

自動車の楽しさとは、決して絶対的な速度や余裕の大きさだけではない。自分の手足のごとく自在に操る等身大の楽しさだってある。1007をドライブし、そのことを改めて思った。

その優れたデザインセンス、そして好みに合わせて室内のエアコンルーバーなど18パーツを12色から自由に替えることのできる「カメレオ」機能など、1007のウリはまだまだあるが、ここでは触れない。これらは確かに生活を豊かに、そして楽しくするものだ。だが文化が成熟し、心に余裕がある社会でなければ、あまり意味をなす機能とは言えない。自由に、楽しく生きる人が自分の周りにいたとして、その人に対して羨ましさこそ感じるが共感はできない、と思うのと同じように。結局、こうしたフランス車が日本で受け入れられるか否かは、そのクルマのメカニズム的な良し悪しや出来そのものよりも、むしろ日本の社会、ボクら日本人の「余裕」がどれだけあるのかにかかっているのではないだろうか。

フランス車はつまり心の余裕、社会の余裕を計る一種のバロメーターだ。1007は、早ければ2006年に日本に上陸する予定だ。(文:根岸誠/Motor Magazine 2005年9月号より)

ヒットの法則のバックナンバー

プジョー1007 1.6(2005年)主要諸元

●全長×全幅×全高:3731×1686×1620mm
●ホイールベース:2315mm
●車両重量:1216kg
●エンジン:直4 DOHC
●排気量:1587cc
●最高出力:80ps/5750rpm
●最大トルク:147Nm/4000rpm
●トランスミッション:5速AMT
●駆動方式:FF
※欧州仕様

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