2005年に登場したE60型BMW M5。F1イメージを色濃く投影したハイテクマシンとして注目されたが、その考え方とはどういうものだったのか。Motor Magazine誌では、その高速性能に注目しながら、メルセデス・ベンツ E55 AMG 、ポルシェ911カレラSと比較、その真相に迫っている。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2005年10月号より)

欧州を代表するプレミアムメーカーと言われるBMWとメルセデス

ヨーロッパメーカーの両巨頭と言われれば、思い浮かべるのはメルセデス・ベンツとBMWというのが一般的だろう。もちろん、欧州の有力ブランドはそれだけではない。そこに「ドイツ車」というくくりを設けたとしても、アウディやフォルクスワーゲンといった錚々たるメンバーが名を連ねることになる。

しかし、それでもメルセデス・ベンツとBMWというこの2つのブランドが一歩抜きん出て他を圧倒するイメージがあるのは、やはり彼らがこれまでに「それなりの事」をやってきたからに他ならない。現在に至る欧州での自動車づくりの歴史を、その中心になって育んで来たのはやはりメルセデス・ベンツやBMWと言えるし、常に他メーカーのベンチマークとしての役割を果たしてきたのもまたそうだった。

プレミアムメーカーという言葉は、まるで彼らのためにあるフレーズのようなものと紹介しても良さそうだ。この2メーカーは、まさに自らの努力によってそうした今の地位を確立してきたのである。

さらに、そんなこの2つのメーカーがここまで高いブランドイメージを手に入れるに至った大きな理由のひとつには、この両者が切磋琢磨をし合う競合メーカー同士として常にお互いの存在を意識し、そしてそのいずれもが「相手にだけは負けられない」という競争心を抱き続けたクルマづくりを行ってきたことも無関係ではないだろう。

見方を変えれば、BMWなくして今のメルセデス・ベンツの姿はなかったはずだし、もちろんメルセデス・ベンツなくして今のBMWもなかったとも言える。この両メーカーが送り出すプロダクツには、今でも合理性に富んだデザインや高度な高速走行性能といった、いかにもドイツの作品らしいと思える共通項を見出すことができる。が、そうした一方で常に自らのアイデンティティを強力にアピールするために、相手の作品が備える特徴あるキャラクターには決して接近をし過ぎないようにとの思慮深さも感じられる点が興味深い。だからこそ「メルセデス・ベンツあってのBMW」だし、「BMWあってのメルセデス・ベンツ」と理解できるのだ。

このあたりが、冒頭述べたような「欧州メーカーの両巨頭」という表現が相応しく感じられる一因になっているとぼくは思う。

画像: 日本では2002年に導入されたメルセデス・ベンツE55AMG。セダンモデルのほか、ステーションワゴンもある。

日本では2002年に導入されたメルセデス・ベンツE55AMG。セダンモデルのほか、ステーションワゴンもある。

MとAMG。高速性能を除けば何もかもが違う

さて、こうしてメルセデス・ベンツやBMWを擁するドイツという国には、ご存知のようにアウトバーンという通行料無料の高速道路が張り巡らされている。そんなアウトバーンがドイツ自動車産業にとっての誇りである。不特定多数の人々が合法的に200km/h以上の世界へと踏み込むことを許すという、世界で他に例を見ない道路の環境が、メルセデス・ベンツとBMWを始めとするドイツのクルマづくりにとっても多大な影響を及ぼしてきたことは言うまでもない。

メルセデス・ベンツやBMWの各モデルというのは「アウトバーンあってのクルマ」でもあるわけなのだ。

ドイツがスピードという合理性を重視する国であることを象徴するアウトバーンという道路。そして、そんなアウトバーンでの性能の高さを象徴するメルセデス・ベンツとBMWの作品群に与えられる称号というのが、それぞれ「AMG」と「M」という記号だ。

そしてここでもまた、「MあってのAMGであり、AMGあってのMである」という繰り返しのフレーズが成立することになる。メルセデス・ベンツとBMWの切磋琢磨の歴史は、このアウトバーン上でも繰り広げられてきたということだ。

AMGの各モデルが狙うのは、突き詰めれば原則速度無制限のアウトバーン上を「いかに快適にリラックスして短時間のうちに移動をするか」という点に集約されているように感じられる。すなわち、「時間をお金で買う」という発想が今でも息づいていることを改めて感じさせられるのが、AMGというエンブレムを持つクルマに共通の特徴的な雰囲気。ドイツを始めとするヨーロッパの地では、700kmや800kmという距離を一気に移動するという行為はさほど珍しいことではない。いわゆるグランドツーリングという行いが、まさに日常にあるのが彼の地であると言って良い。

実際、タクシーなりバスなりで空港まで出掛け、そこで荷物をチェックインさせた後に一時間もの待ち時間を経てようやくのフライト。さらに到着の空港で荷物が出てくるのを待ってから改めてグランドトランスポーテーションの手段を考えるという空路での面倒なプロセスを考えれば、400kmや500km程度の距離ならばクルマで直接移動した方が遥かに合理的というシーンはヨーロッパでは少なくない。

そんなシチュエーションでは、AMGの各車はまさにプライベートなファーストクラスという印象がとても強い。端的に言えば、「一番上等なメルセデス」と紹介しても何の抵抗感も生じないのが、AMGのエンブレムが与えられた各モデルたちと言っても良いだろう。

一方の「M」のエンブレムを付けるモデルは、そんなAMGとはかなりスタンスが異なる存在だ。確かに、アウトバーン上でのスピード性能が大きな売り物という点では、AMG各車と共通項を持つ。しかしむしろ、「そこを除けば何もかもが違う」というのがMの称号を与えられたBMW車たちだとぼくは言いたい。

まず、両者で最も異なる部分はパワーパックに対する考え方だ。すべての「M」のクルマに共通をするのは、まずは高回転・高出力型のエンジンとMTベースのトランスミッションという組み合わせ。これは、昨今過給器きのエンジンやトルコンATを好んで用いるアルピナとの棲み分けを明確にする点でも重要な事柄であると、M社は語っている。

一方、思い起こせばAMGの各車というのは、ボディサイズに対して不相応なほどに大排気量のNAエンジンやスーパーチャージャー付きのエンジンを搭載し、それをトルコンATと組み合わせることでエンジン低回転域から爆発的なトルクを獲得する、というのが代表的なやり方。高めのエンジン回転数によってずば抜けたスピード性能を得ようというM社のやり方は、AMGのそれと決定的に違う。

少なくとも、AMG各車とは対照的に「一番高いの持って来い!」という人にはおいそれとは売りに出せないのがMのエンブレムの付いたクルマたちなのである。通常のメルセデス・ラインナップの頂点に立つAMG車に対し、既存のBMW各車とは別のライン上に位置するのがMのモデルたちというわけだ。

MモデルはBMW車のラインとは別格であることがわかる

そんなこんなのことを考えながら、改めて日本でのツーリングにメルセデスE55AMGとBMW M5で出掛けてみた。欧州の紳士協定によって250km/h(!)でスピードリミッターが作動することになっているとは言うものの、それがなければおそらく300km/hというデータも夢ではないスピード性能の持ち主である両者にとって、この極東の島国で秘めたるポテンシャルを完全に解放できる機会というのは、残念ながらやはり然るべきクローズドコースに持ち込む以外には考えられない。

とは言え、そんなこの国の中でもれぞれのクルマが備える走りのキャラクターの違いはもちろん体感できる。そんな両者のテイストの違いを改めて再認識させられることになったのが今回のツーリングでもあったのだ。

ついに日本上陸となった新型BMW M5は、やはりいかにもM社の作品らしいモデルだ。8000rpm近い高回転で最高出力を発するチューニングの持ち主とは言え、そこは5Lというたっぷりとした排気量の心臓。フロントセクションをアルミ構造とした「ハイブリッドボディ」などの効果もあってか車両重量もE55AMGよりは50kgのマイナス。結果として、例え1000rpm台といったエンジン回転数でもそれなりに力強いトルクを実感させてくれることになる。

さしたる加速を必要としないクルージングのシーンでは、例え60km/h程度のスピードでも7速ギアの使用を可能とするほどだ。その点では、「高回転・高出力型エンジンの持ち主」とは言っても日常シーンでの扱いやすさも十分に兼ね備えるのがこのモデルでもある。

ただし、組み合わせるトランスミッションはあくまでもMTベースのユニット。それゆえに、いかに2ペダル仕様とは言っても機械任せの「オートマモード」では、トルコンAT車ほどのスムーズな走りは期待しようがない。通常のAT車のようにアクセルペダルの踏力を一定とした加速操作では、そのトランスミッションの構造上、シフト時のパワーフローの断続は避けられず、そのたびにギクシャクとした加速感に見舞われる。「一番高いの持ってこい!」式の売り方が通用しないというのは、このあたりを示しているというわけだ。

19インチタイヤを履いた足回りも、低速走行で入力の小さな領域では路面の凹凸をしなやかに吸収するとは言い難い。やはり通常のBMW車のラインからは別格にあるという雰囲気が常に付きまとうのがこのクルマだ。

M5からE55AMGに乗り換えると、正直なところ、ある意味ホッとする。むろん、こちらもアウトバーンで鍛え上げられた大変なスピード性能の持ち主だ。それどころか、メカニカルスーパーチャージャーの助けを借りた5.4Lの心臓は、わずかに2650rpmという低回転からM5の520Nmを超える700Nmという強烈な最大トルクを発することになる。

それゆえに、例えば100km/h後の速度からそれよりも流れの速い追い越し車線に一気に躍り出たいなどといった、日本では頻繁に遭遇をするシーンでのエンジン回転数に依存をしない瞬発力の強さはM5の比ではない。ATはスペック上では今や旧態依然とも言えそうなトルコン式の5速ユニット。が、むしろそれなりにワイドレシオを備えるこのトランスミッションが、エンジンのキャラクターにすこぶる良くマッチし、自在な加速力を味わわせてくれる。アクセルペダルを踏む右足のほんのわずかな動きを、より拡大解釈して瞬時に加速力へとつなげる能力は、M5よりもこちらE55AMGの方が上と言って良い。

しかしそんな一方で、今度は逆にそのあたりがM5派のドライバーに「何ともツマラナイ」と思わせる主要因ともなりそうだ。走り出しの瞬間からしなやかな乗り味を提供するフットワークのセッティングも含め、要するにこちらは「一番速くて、一番ラクチンなメルセデス・ベンツに過ぎない」と思わせるところがあるのだ。

正直なところ、こうして一般の公道上を走行する限り、「スポーツ」というフレーズとは全く無縁だとさえ思えるのがこちらの走りのテイストでもある。

いずれにしても「M」も「AMG」もそれぞれができること、得意なことをわきまえた上でのクルマづくりという印象が強い。まさに似て非なるものと言えるのが、この2台のモデルなのである。

画像: 2004年に997型へと進化したポルシェ911カレラS。

2004年に997型へと進化したポルシェ911カレラS。

低速でも走る楽しみを味わえるポルシェ911カレラS

ところで、こんな2台のセダンたちと奇しくもほぼ同等のプライスタグを下げるのが、ポルシェ911カレラSという同じドイツ発のスポーツカーだ。

まずはドライバーズシートへと滑り込み、ドアを閉じてシートベルトを装着した段階で感じられる人とクルマの一体感というものが、2台のセダンとはやはり異なる。

明らかにセダンデザインとは一線を画すインテリアはもとより、前方へと伸びる特徴的な左右フェンダーの稜線など周囲に広がる光景からも、乗る人の心の昂ぶりを演じようと頑張るスポーツカーならではの取り組みが感じられる。

イグニッションキーをひねりエンジンに火を入れた段階からハートにビンビンと響くエンジンサウンドや、走り始めると実際よりもグンと小さく感じられるボディのサイズ感も、やはり「数字で表すことのできる絶対的な性能だけが魅力の根源ではない」という事実を知り尽くしたスポーツカーならではというテイストだ。低い全高がもたらす路面への吸い付き感の高さも、やはり2台のセダンとは大違い。

そうした印象も含め、むしろM5やE55AMGといったモデルに比べると、よりゆったりとしたペースで走った場合にも、さらに高度なドライビングプレジャーを演出しようという意図の強く感じられるクルマづくりが行われているのが、この911カレラSというモデルだ。スポーツ=スピードという世に出来上がってしまっている短絡回路からすれば、これはこれでちょっと不思議な感覚とも言えるだろう。

ポルシェ911というモデルが、およそ同等の絶対的速さを備えるセダンとはまったく異なるテイストの持ち主であるのは半ば予想通りの当然の結果としても、恐らくは誰もが2台はライバルと認定(?)を行いたくなるはずのM5とE55AMGという2台のセダン同士も、実はこうして想像以上に異なるクルマづくりのフィロソフィーを持ち、そして現実のテイストの違いを備える存在であったことは大いに興味深い。

そして、そんなクルマづくりの自在なハンドリングが行えるからこそ、両者はライバルたちから畏敬の念を持って見られ、それぞれのクルマづくりに賛同する確固たるファンを放さないということになるのであろう。このあたりにもドイツ車人気の秘密が隠されているのかも知れない。(文:河村康彦/Motor Magazine 2005年10月号より)

ヒットの法則

BMW M5 (E60型)(2005年)主要諸元

●全長×全幅×全高:4870×1845×1470mm
●ホイールベース:2890mm
●車両重量:1860kg
●エンジン:V10DOHC
●排気量:4999cc
●最高出力:507ps/7750rpm
●最大トルク:520Nm/6100rpm
●トランスミッション:7速SMG
●駆動方式:FR
●車両価格:1330万円(2005年)

メルセデス・ベンツ E55 AMG (W211型)(2005年)主要諸元

●全長×全幅×全高:4850×1820×1430mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:1910kg
●エンジン:V8DOHCスーパーチャージャー
●排気量:5438cc
●最高出力:476ps/6100rpm
●最大トルク:700Nm/2650-4000rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:1323万円(2005年)

ポルシェ911カレラS (997型)(2005年)主要諸元

●全長×全幅×全高:4425×1810×1300mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:水平対向6DOHC
●排気量:3824cc
●最高出力:355ps/6600rpm
●最大トルク:400Nm/4600rpm
●トランスミッション:5速AT●
駆動方式:RR
●車両価格:1248万円/6速MT、1311.0万円/5速MT(2005年)

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