公道ではほんの一瞬。「本気モード」を体感すれば紛れもなく「スーパーカー」だと実感する。けれど、たとえば寛いだ気分で走行車線をトコトコと走り続けたとしても飽きない。不思議だ。(Motor Magazine 2020年3月号より)

アストンマーティンをライバル視

マクラーレンオートモーティブはミッドシップスーパースポーツカー作りをもっとも得意とするラグジュアリーブランドである。それは2010年に現体制になってから以降も、いや、さらに遡れば1992年に発表されたあのマクラーレンF1からして、ミッドシップスーパースポーツカーのコンセプトが連綿と受け継がれてきたことは明らかである。

そのパフォーマンスが傑出していることは、これまでデビューしたロードカーの最高速度がすべて320km/hを上回っていることからもわかる。さらに言えば軽量高剛性なカーボンモノコックを全モデルに採用している恩恵もあって、ハンドリングは極めて鋭敏。このためワインディングロードであろうとサーキットであろうと至福のコーナリングを満喫できる。

一方で、そうしたスーパースポーツカーならではの特質を、優れた快適性や日常性とともに実現したところがマクラーレンロードカーを象徴するもうひとつの側面でもある。これはマクラーレンF1でテクニカルディレクターを務めたゴードン・マーレイの哲学でもあったわけだが、結果としてマクラーレンは、長距離ドライブも楽々とこなすグランドツーリング性を秘めていたといえる。

その事実を端的に示しているのが2016年にデビューした570GTだった。スポーツシリーズの第一作目としてこの前年にデビューした570Sをベースに作られた570GTは、シャシの設定を一部変更して快適性をさらに引き上げるとともに、直進性重視のハンドリングを実現。そしてテールゲートを設けてキャビン後方にもラゲッジスペースを確保すると同時に、ファストバックを生かしたエレガントなスタイリングをまとってデビューした。

570GTの国際試乗会では、マクラーレンのマーケティング担当者がこんなことを語っていたのを思い出す。「ロンドンのマクラーレンディーラーを訪れる妙齢のご夫婦の中には、ご主人がマクラーレンに関心を示されても奥様が『我が家で買うにはデザインがややアグレッシブなような気がするので、やはりアストンマーティンにしましょう』とおっしゃるケースがあります。そうしたお客様にもご満足いただけるように、この570GTを開発しました」。グランドツアラーのマーケットに参入しようとする思いは、この当時からマクラーレン社内に芽生えていたことがうかがえるエピソードだ。

そうしたマクラーレンの意図が明確な形で現れたのは2019年のことである。この年のジュネーブショーで最上級クラスのアルティメイトシリーズに「ハイパーGT」のスピードテールを発表すると、直後にマクラーレンGTを投入。これまでは570GTだけだったグランドツアラーを、一気に3モデルへと増強したのである。

画像: グランドツアラーとしての「実用性」を実現するロングテールデザイン。

グランドツアラーとしての「実用性」を実現するロングテールデザイン。

GTの素養とスポーツカーとの曖昧な境界

そこで、グランドツアラーとはそもそもなんなのか。改めて考えてみたい。戦前のイギリスでは、バカンスシーズンにヨーロッパ大陸を越えて南仏のコートダジュールまでクルマで旅することが、上流階級の間で一時流行っていたそうだ。

そんなときに彼らが好んで使ったのが、現在グランドツアラーと呼ばれるモデル。長距離を高速で移動するのだから、動力性能が優れているのは必要不可欠。そのうえで長距離移動でも疲れにくい乗り心地の良さや優れた居住性が求められた。また、長旅に使うのだから、ある程度の量の荷物を積むスペースも忘れるわけにはいかない。そして長時間を快適に過ごすための豪華装備も求められたはずだ。

とはいえ、スポーツカーとグランドツアラーの境目は、明確なようでいて曖昧な部分もある。なぜなら、ともに優れた動力性能と走りの良さが求められるからだ。あえて両者を陸上選手にたとえれば、スポーツカーは短距離走が得意なスプリンター、グランドツアラーはマラソンもこなす長距離ランナーと言えるだろう。

では、マクラーレンGTはどんな成り立ちのクルマなのか。マクラーレンのロードカーはこれまでスポーツ、スーパー、アルティメイトの3シリーズに分類できたが、GTは既存のシリーズには属さない独立したモデルと位置づけられている。もっとも、使われているテクノロジーはスポーツのシリーズに近い。たとえば、GTに用いられるカーボンモノコックは「モノセルⅡT」と呼ばれるが、これはスポーツシリーズのモノセルⅡをGT用にモディファイしたものと考えられる。

サスペンションは、4輪のホイールストロークをアクティブに制御できるスーパーシリーズ用のプロアクティブシャシコントロールではなく、プロアクティブダンピングコントロールと呼ばれるダンパーをパッシブサスペンションと組み合わせた新しいタイプを採用している。

ダンパーの制御には720Sで開発されたフィードフォワード理論が盛り込まれているものの、ホイールストロークを能動的にコントロールできる機能を持たないので、メカニカルなスプリングとロールバーがボディを支える。つまり、既存のスポーツシリーズ用サスペンションよりは先進的だが、その原理は720Sが属するスーパーシリーズよりも570Sなどのスポーツシリーズに近いと言えるのだ。

もっとも、エンジンの方は、スーパーシリーズとの結びつきが強いように思える。スポーツシリーズでは3.8Lだった排気量を720Sと共通の4Lに引き上げ、型式名も720S用のM840Tとよく似たM840TEとした。このエンジン、最高出力は620psで720psの720Sには遠く及ばないが、最大トルクは630Nmで、しかもその95%を3000rpmから7250rpmの広い領域で生み出すことで優れたドライバビリティを実現している。これもグランドツアラーに求められる性能のひとつといえるだろう。

GTで注目すべきポイントがあとふたつある。ひとつはラゲッジスペース、そしてもうひとつがそのスタイリングである。GTのラゲッジスペースは、ほかのマクラーレンと同じフロントフード下の150Lの容量に加えて、570GTとよく似たテールゲートを設けることで、その下側に420Lものスペースを生み出している。マクラーレンによれば、ここには、サイズには限りがあるもののゴルフバッグまたは185cmのスキー板が2セット積めるという。

いずれにせよ、フロントフード下のスペースは機内持ち込み可能なキャリーケースを積めるくらい実用的なので、小旅行であればこちらが役にたってくれるはずだ。

画像: インフォテインメントスクリーンとエアベントの周辺は、サテンシルバークロム仕上げで上質感を演出。

インフォテインメントスクリーンとエアベントの周辺は、サテンシルバークロム仕上げで上質感を演出。

スーパースポーツとは明確に異なる走りの個性

GTのスタイリングは、既存のマクラーレンのどれとも似ていない独自性の強いものである。570Sに代表されるスポーツシリーズは前チーフデザイナーのフランク・ステファンソン氏による影響が強く、現チーフデザイナーのロブ・メルヴィル氏が生み出した720Sとはテイストが異なる。

GTをデザインしたのもメルヴィルだが、720Sのシンプルで穏やかな造形をベースとしつつも、より流れるようでエレガントなスタイリングとされている。これもグランドツアラーに相応しい造形といえる。

そんなGTに試乗すると、低速域で足まわりの動き出しがしなやかなことに驚かされる。その後のストローク感も文句なしに滑らかで、スーパースポーツカーとは味付けが明確に異なっている。一方で、プロアクティブシャシとの違いもはっきりしていた。一輪もしくは二輪が路面のくぼみに落ち込んだとき、720Sであればそんなものがなかったかのようにフラットな姿勢のまま通過するが、GTは動きが穏やかとはいえ姿勢がかすかに乱れる。

そうした点を除けば、タウンスピードから高速道路までGTは極めて快適。私は570Sで300kmほどを一気に走ったことがあるが、GTだったら500km、いや1000kmでも疲れ知らずだろう。しかも、そうやって長距離を淡々と走ってもドライバーを飽きさせない魅力が、マクラーレンには備わっている。

それはステアリングインフォメーションであったり路面から伝わる振動であったりロードノイズであったりするわけだが、マクラーレンはそれらの取捨選択が巧みで、必要な情報を伝えつつもドライバーを疲れさせず、しかも飽きさせない。570Sに比べてエンジン音が乾いた高音で、音量が控えめにされている点もグランドツアラーのキャラクターにマッチしている。

もっとも、これらに近い要素は、GT以外のマクラーレンラインナップも持ち合わせている。つまり、グランドツアラー性とスーパースポーツ性の共存。マクラーレンの本質でもあるこの特徴を、GTは見事に体現していたとも言えるだろう。(文:大谷達也)

■マクラーレンGT主要諸元

●全長×全幅×全高=4683×2095×1213mm
●ホイールベース=2675mm
●車両重量=1530kg
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●排気量=3994cc
●最高出力=620ps/7500rpm
●最大トルク=630Nm/5500-6500rpm
●駆動方式=MR
●トランスミッション=7速DCT
●車両価格(税込)=2645万円

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