細やかな改良で果たした大幅な性能向上ぶり
ポルシェカイエン「ターボS」は、2006年1月のロサンゼルス自動車ショーで、何の前触れもなく姿を現した。
「ターボS」は、カイエンターボのバリエーションとして簡単には見過ごせない。なぜならば、強化されたエンジンパワーが、なんと521psもあるからだ。カイエンターボよりも、実に71psも引き上げられている。
スーパースポーツカーのカレラGTの612psはさておき、911ターボSの450psよりも71ps高く、現行ポルシェの生産車の中で、2番目に高出力のエンジンを積むことになる。
それにしても、521psである。他メーカーのSUVに眼を転じてみると、昨年2005年10月に発売されたばかりのメルセデスベンツML500が306ps、6.2L V8を積むAMG版のML63AMGが510psを発生している。ハハァ、この辺りにポルシェの狙いがあるんだろうな。
ポルシェがカイエンターボSのテストドライブに設定したのは、アラブ首長国連邦のドバイ。ドバイの一般道および高速道路と砂丘で、そのパフォーマンスを確かめることになった。
砂漠の中のリゾートホテルで対面したカイエンターボSは、外見上でカイエンターボとの違いがほとんどわからない。違うのは、20インチの「テクノ」デザインのホイール、4パイプのテールパイプ、テールゲート上の車名ロゴ、ボディカラーと同じ色に塗られたフロントグリルなどだけだ。
とはいっても、ポルシェの常で、パワーアップに伴うブレーキ性能の強化も行われていて、ホイールのスポークの隙間からいかにも強力そうなブレーキシステムが覗いている。
プレスカンファレンスでの説明によると、ブレーキはフロンのディスク径を350から380mmへ、リアを330から358mmへと拡大されている。同時に6ピストン固定式モノブロックキャリパーも大型化され、さらにクーリングダクトに新形状を採用し、放熱性を10%向上させている。タイヤは275/40R20 106Yのオンロードタイプを履く。
注目のエンジンについては、開発担当者のミヒャエル・マハト博士がパワーアップの方法について明らかにしてくれた。エンジン本体はターボやSに用いられているのと同じ4.5L V8を使っている。
何によって71psものパワーアップを実現したかといえば、それは2個のインタークーラーの形状、容積、効率をターボS用に変更したことだ。
左右のホイールハウスに配置されたインタークーラーはアルミニウム製で、深さが50mmから63mmに拡大された。表面積が大きくなったことにより、クーラーの細い軽合金フィンから奪われる熱量が大きくなり、効率が格段に向上する。
さらに、パワーアップに貢献しているのは、インタークーラーに空気が吸入される部分と、冷却した後に排出される部分がアルミニウム化され、本体に溶接されたことだ。カイエンターボではプラスチック製であったために、形状の制限が大きく、取り付けスペースも小さくできなかった。また、溶接することでインタークーラー内部での空気の流れがより最適化され、損失が50%以上削減され、効率が向上した。
2個のインタークーラーを総合的に見直すことによって、ターボチャージャーの過給圧を0.2バール引き上げ、最大で1.9バールにまで高めることができた。それによって、カイエンターボSは最終的に521psを発生している。
改善されたのは、最高出力だけではない。太いトルクが低回転域から発生されている。エンジンの出力特性をグラフで見ると、トルクカーブはアイドリングから急上昇し、2000rpmではすでに650Nmに達している。カイエンターボでは最大トルクが620Nm(2250~4750rpm)であるのに対して、ターボSは720Nm(2750~3750rpm)もの大トルクを発生している。521psの最大馬力も、2000rpm付近から急カーブを描き、5500~6000rpmの間で達している。
ターボSの、このような高出力/大トルク化は、もとになるV8エンジンの構造的な余裕によって実現できたと言えるだろう。
エンジン本体に特別のモディファイを加えないで71psものパワーアップが果たせるのならば、さらなるパワーアップは可能なのか。そして、その予定はあるのか。これらの疑問を、前出のマハト博士に向けてみた。
「今のところ、さらなるパワーアップの予定はありません。乗っていただければ、これで十分だということがおわかりいただけるでしょう」
SUVに521psもの高出力を与える意味は、どこにあるのか。「前進あるのみです。カイエンは、8気筒のターボとSの2モデルでデビューしましたが、6気筒やパワーアップキット、パノラマルーフ仕様などを追加してバリエーションを拡大して来ました。しかし、それでもう十分とは考えないのです。SUVには、さらなる開発の余地が残されていると考えて、ターボSを開発しました」
要するに、パワーアップのためのパワーアップではなく、カイエンシリーズ全体の商品力を向上させるためのひとつの方策だという。521psとう数値に意味を持たせたというわけではないということだ。
常にライバルよりも前に位置することの重要性
さすがに性能は飛び抜けていて、0→100km/h加速は、わずか5.2秒。80→120km/hの追い越し加速は、5速で5.4秒。最高速度は270km/hだ。カイエンターボよりも、それぞれ0.4秒と0.7秒短く、4km/h速い。
ちなみに、トランスミッションは6速のティプトロニックSのみの設定。ごく一部の旧市街地を除き、ドバイの一般道は直線部分が非常に長い。カイエンターボSで、そうした舗装路に走り出す。舗装は一般的なアスファルトだが、風が運ぶ砂が波のように常に路面を漂っている。
ステアリングホイールから、カイエン特有のガッシリとしたボディ剛性の高さが伝わってくる。さまざまなエンジン回転域、速度域での加速感の違いを試してみるが、全体的にトルクが厚くなっているためか、おそろしく速くどこから踏んでも加速するといった印象以外、なかなか正体をつかむことができない。路面に浮いた砂など関係なく、圧倒的な加速を繰り返すだけだ。
オンロード走行では、前輪に38%、後輪に62%の割合でパワーが配分される。走行状況に応じて、電子制御マルチプレートクラッチが前輪または後輪に100%を配分することも可能だ。
高速道路に乗って、ようやくカイエンターボSは本領を発揮し始めた。前が空いたところを見計らって、スロットルペダルを踏み込むと、200km/hはアッという間だ。ひるまずに、右足に力を入れ続けると、250km/hまでもストレスなく達した。
この加速感覚が独特だ。ポルシェのスポーツカー、911やボクスターなどが、日本刀の切れ味のように鋭く空間を貫いていくのに対して、カイエンターボSのそれは、巨大な溶岩が熱いマグマによって押し出されるようだ。すさまじい加速のはずなのに、ターボSはまったく姿勢を乱さない。もちろん、サスペンションはエンジンからのパワーを路面に伝え、同時に路面からの入力を受けて激しく上下しているのだが、その様子を乗員に伝えてこない。ボディ剛性も、おそろしく高い。
次に、くるぶしまで埋まってしまうような柔らかい砂の起伏が続く砂丘にターボSを乗り入れる。PSM(ポルシェ・スタビリティ・マネージメントシステム)をオフにし、タイヤの空気圧を2.8バールから1.2バールに下げる。
車両重量が2.3トンもあるターボSがオフロード用タイヤも履かず、致命的なスタックに陥らずに走り回れるのは、前後輪へのパワーを自動的に配分するPTM(ポルシェ・トラクション・マネージメントシステム)の緻密な働きによるからだろう。車速、横G、操舵角、スロットルペダル位置などさまざまな情報をもとに、駆動トルクを配分している。
PTMはPSMと連携し、オーバーステア、またはアンダーステアが限界を超えた時に、デファレンシャルロックを解除し、個々のホイールにブレーキを掛けて、車両を安定させる。時には、急な下り傾斜で自動的にブレーキを掛ける。
他のSUVでは、ドライバーの判断によって何らかの選択と操作を行わなければならない局面においても、カイエンはPTMにすべてを委ねることができる。ドライバーはDモードを選び、走るだけでよい。PTMは、その総合性と精緻性において、カイエンを他のSUVと決定的に隔てている。
つまり、PTMがオンロードでの超高速走行からオフロードでのトラクション確保までの、広い範囲をカバーする、カイエンの頭脳なのである。「他メーカーからも新しいSUVが続々と送り出されてくる中にあって、ポルシェはさらに一歩前進します。パワーアップは、その前進の要素のひとつに過ぎません」
デビュー以来12万台以上を販売したという好調さに裏打ちされたポルシェの余裕と意地が、カイエンターボSを生み出したのだろう。オフロードでの優れた走破力と、圧倒的なオンロード性能はカイエン・ファミリーの頂点に立つものだ。このクルマを追い抜けるSUVは、そう簡単には生まれてこないだろう。(文:金子浩久/Motor Magazine 2006年4月号より)
ポルシェ カイエンターボS 主要諸元
●全長×全幅×全高:4800×1950×1700mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:2500kg
●エンジン:V8DOHCツインターボ
●排気量:4510cc
●最高出力:521ps/5500rpm
●最大トルク:720Nm/2750-3750rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●0→100km/h加速:5.2秒
●最高速: 270km/h
※欧州仕様