AMGのパフォーマンススタジオが製作するカスタムモデル
サーキット脇に佇むSLK 55 AMGから、ちょっと異様なオーラが漂っていた。まず全長4mそこそこの車体の四隅から、はみ出すように押し込められたメッキ仕上げでキラキラ輝く19インチの鍛造アルミホイール、中央ばかりでなく左右にも、威嚇するような大きな開口部を持つフロントスポイラー、そして極め付けは固定されたカーボンファイバー製の軽量ルーフが備わっていたのだ。
近づいてコクピットを覗くと、そこにはカーボン製の軽量レーシングバケットシートが押し込まれている。ここまでは視覚的なインパクトであるが、渡されたマニュアルを読むと、さらに5.5L V8エンジンは改良されたインテークエアフローシステム、抵抗の少ないエアフィルター、そして新開発のエグゾーストマニフォールドなどを採用することで、最高出力はスタンダードの360psから400psへ、最大トルクも510Nmから520Nmへとそれぞれ増大していることがわかった。
これらのチューニングと徹底した軽量化(マイナス45kg)によって、このSLKのパワーウエイトレシオは4.3kg/psから3.7kg/psへと向上しており、0→100km/hまでの加速所要時間は4.9秒から4.5秒へ、さらに200km/hに達するまでには17.5秒から15.5秒へと大幅にパフォーマンスが向上している。ただ、最高速度は標準装備されているタイヤの限界もあり280km/hに制限されている。
このクルマの正式名称だが「SLK 55 AMGブラックシリーズ」という。メルセデス・ベンツのスポーツスペシャルティカーを生産するAMG内に、今年2006年7月から発足した「パフォーマンススタジオ」で入念に組み立てられているカスタムメイドモデルである。
そして今回は、このクルマの紹介とシェイクダウンを兼ねてトラックテストに招待されたわけである。ちなみにこのコースは、南ドイツの温泉保養地として有名なバーデンバーデンの西にある2kmほどの小さなサーキットで、クラッチやブレーキを生産しているLUK社が所有している場所である。
特別な7Gトロニックの反応の素早さは驚異的
コクピットに入ると、チーフエンジニアのオラーフ・ヘルホルツ氏がクルマの特徴を説明してくれる。このクルマのアイデア面でのベースになったのは「F1のセーフティカー」で、アジアのエンスージアストからのオーダーに応えて、これとほぼ同じスペックの車両をデリバリーしたことがあるという。
「このブラックシリーズのシャシは、もちろんサーキットでのスポーツ走行を目指してチューニングしてあります。具体的には標準でニュルブルクリンクの北コースの設定にしてありますが、コースとドライバーの好みに応じて5mm単位で車高をコントロールが可能です」とヘルホルツさんは説明する。また「SLKはもともとショートホイールベースなのであえてデファレンシャルロックは採用していません。その方が突然の挙動変化を誘発せず素直なコーナリングができるはずです」とレポーターをコースに送り出す。
このレーシングSLKの第一印象は、ソフトで素直というものだった。まずサスペンションは思ったよりソフトで、ある程度ロールを許すが、コーナーでかなりパワーをかけても決してトラクションを失わない。またワイドタイヤにもかかわらずステアリングフィールはシュアで、路面からの情報は手に取るようにわかり、カウンターステアも自然に決まる。
驚いたのはAMGスピードシフト7Gトロニックの反応の素早さである。まるでトルクコンバーターと思えないほどスリップはなく、シフトは即座に行われる。
またコーナーの手前では、素晴らしい制動力が光る大径ディスクブレーキ(360×32mm)で減速し、シフトダウンのためにやや長めにパドルを引くと瞬時に2あるいは3段下のギアが選択され、パワーダウンすることなくコーナーを素早く脱出することもできる。
まさにサーキットでのスポーツ走行を楽しむために生まれてきたようなこの特別なSLK 55 AMGだが、ドイツでは10万7300ユーロ(16%の付加価値税込みで約1555万円)で、すでに発売が開始されている。日本向けにはビジネスプランは決定していない。
AMGパフォーマンススタジオのマーケティングディレクターであるマリオ・シュピッツナー氏によれば「現在その可能性を探っている段階」とのことであるが、乗れば病み付きになることは請け合いである。一度AMGユーザーを誘ってデモンストレーションを行ってみるのも良いのではないかと思う。(文:木村好宏/Motor Magazine 2006年9月号より)