懐かしい、アメリカ車らしいテイストと風格
フォードの「MUSTANG」は昔、「ムスタング」と呼ばれていた。車名の由来である第二次大戦の名戦闘機「P51」を日本人はローマ字読みでそう呼んでいたから、クルマの方も「マ」ではなく「ム」だったのだ。本誌の表記も1970年代半ばまでは「ム」である。ま、そんなことはどうでもいいですね。
新しいマスタングはなんだかタイムスリップして1960年代から抜け出してきたような、存在感のあるクルマだ。初代マスタングは第二次大戦後生まれの、いわゆるベビーブーマー世代をターゲットとして企画されたモデルで、1962年に試作されたプロトタイプはなんと2シーターミッドシップのスポーツカーだった。
しかしそれではマーケットが限られるということから量産型(1964年発売)はコンベンショナルなFR車となったのだが、これが想像を絶する大人気モデルとなった。時代は新しいジャンルの「スペシャリティカー」を待ち望んでいたのだ。
当初の販売計画は年間10万台だったが、最初の1年でなんと42万台近くが売れ、1966年には早くも累計100万台を突破した。
そんな「ブーム」となったマスタングの名は日本のクルマ好きの間にも広く知れわたるようになる。アメリカの象徴的ブランドはリーバイス、コカコーラ、ジッポー、ギブソン、マクドナルド、そしてクルマがマスタングというわけ。
しかし1960年代から70年代にかけての日本では、クルマは高嶺の花。「ガイシャ」は遠い遠い存在だった。このマスタングが掘り当てた鉱脈を日本でも、とトヨタはセリカを1970年にリリースした。高度成長の波乗って成功を収めたが、最近生産中止となってしまった。北米ではスペシャリティカーの市場はいまだ健在で年間20万台規模あるという。
さて新型マスタングだが、ひとことでいうなら懐かしい、アメリカ車らしいテイストと風格を備えているということ。今や伝統的な、悪く言えば古いプロポーションがなんともいえず私には好ましい。まさしくご先祖様を髣髴とさせる佇まいである。
搭載されるエンジンは新製したオールアルミの4.6L V8と4L V6の2種類。試乗車はV8を選んだ。
ドライバーズシートに腰を下ろすと、インテリアにも初代マスタングのデザインテイストを取り入れているのがわかる。ごっついT字型のATシフトレバーは古典的だが、これが北米では「正解」なのだろう。
メーターはバックライトの色を125色から選べるというが、日中なのでよくわからなかった。走り出して「おお」、と呟いたのは、V8の「音」だ。静かなV8に馴れた耳には、マスタングのサウンドは「走ってますぜ」といわんばかり。もちろん日本の規制値に適合しているのだが、図太く響くエクゾースト音はいわばハーレーのようでもある。
パワーステアリングの感触は適度な重さ、ずっしり感がある。むしろドイツ車の方が現代では軽い。ATは5速でティップシフトなどの仕掛けはなく、ごくコンベンショナル。パワー、トルクが304ps、433Nmもあるから、ちょこまかシフトする必要なしと考えているのだろう。
そろそろと街中を流している姿もカッコいいのだが、ひとたびアクセルを踏みつけるとそこはV8、気分のいい加速を示す。知らぬ間に速度が上がっているV8高級車とは違う、野生の加速感だ。クルマは洗練されている方がいいのだが、されすぎると面白くはない。そのあたりをフォードの技術者は確信犯で味付けしているのだろう。
足まわりもしかりで、フロントはストラット、リアには3リンクのリジッドアクスルを配している。いまどき何でリジッド? なのではなく、ユーザーからの要望を反映させたのだという。確かにリジッドアクスルはキャンバー変化が一定であり、何より堅牢。リアが多少ハネてもマスタングの豪快な乗り味はコレというのが結論らしい。
団塊世代の諸氏はご一考を。マスタングで「あの時代」に戻れるかも。(文:御田昌輝/Motor Magazine 2006年12月号より)
フォード マスタング V8 GT クーペ プレミアム 主要諸元
●全長×全幅×全高:4765×1880×1385mm
●ホイールベース:2720mm
●車両重量:1630kg
●エンジン:V8SOHC
●排気量:4606cc
●最高出力:304ps/5750rpm
●最大トルク:433Nm/4500rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:460万円(2006年)