2006年、Motor Magazine誌はメルセデス・ベンツ Gクラスにスポットライトを当てた企画を組んでいる。取材したG55 AMGロングは、軍用としても機能する堅牢性、信頼性、悪路走破性を持ちながら、パッセンジャーカーとしての快適性や安全性も備えた高級モデルだ。そしてどのようにしてGクラスが憧れのクルマになっていったのかを探る、興味深い試乗記を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年12月号より)

成功の証として人気が高まりつつあるGクラス

先日、六本木通り沿いに停まったクルマから降りて来る高木ブー氏を見た。リーダーとしてウクレレを演奏しているハワイアンのCDジャケットに写っているような派手な花柄のアロハシャツを着ていたので、サングラスを掛けていても、すぐにわかった。ブーさんはメルセデス・ベンツG55AMGロングのハザードランプを点灯させ、近くのビルの中に足早に消えて行った。

ピカピカに磨かれた濃紺のG55AMGロングを眺めながら、僕は妙に納得してしまった。

ベテランなのに、まるで若手芸人のように芸能界のトレンドを押さえているブーさんは、エラいな。

ブーさんと、G55AMGロングとの対比が面白かった。四角四面の見るからに厳めしいオフロード4WDとアロハのブーさんがミスマッチなところが、限定的な昨今のGクラス人気をうまく表していた。

以前、ベントレーのコンチネンタル・フライングスパーについて書いた時にも触れたが、その時代の「大衆」が憧れるクルマというのは、芸能人や野球選手が乗っているクルマと大いに連動しているものだ。

1970年代まで、彼らはキャデラックやリンカーンなどの大きなアメリカ車に乗っていた。富と成功の証だ。それが1980年代に入ると、メルセデスベンツをはじめとするドイツ車、ヨーロッパ車に人気が移っていく。そして、現代はドイツ車人気の傍らで、ロールスロイスやベントレー、レンジローバーなどの高級イギリス車が一部で脚光を浴びている。

この傾向は芸能人やスポーツ選手だけのものではなくて、一般の傾向ともシンクロしている。

ここ数年、彼らの間でホットなのが、Gクラスだ。ブーさん以外にも、明石家さんま氏が乗っていたし、淫行スキャンダルを起こしたお笑いタレント某も乗っていた。いちいち名前を挙げる間でもないほど、多くのプロ野球選手やゴルファー、サッカープレーヤーなども乗っている。

そして、Gクラスに乗っている芸能人や野球選手に憧れる若者が、最近増えてきている。彼らは、一般的なクルマ好きや「走り屋」ではない。またGクラスのことを「ゲレンデ」と呼んでいる。

「頑張って働いているのは、ゲレンデを買うためです」。新宿歌舞伎町のホストクラブに勤める若いホスト氏がテレビのインタビューに答えていた。

ゲレンデヴァーゲンを縮めて、ゲレンデ。アルファロメオを縮めて、アルファとかロメオ(フラットなイントネーションで)と呼んだり、レンジローバーをレンジと縮めたりすることはあるけれど、ゲレンデとは知らなかった。そう言えば、バブル景気が盛んだった頃の並行輸入業者がテスタロッサを「テスタ」、マセラティを「マセ」って得意げに呼んでいたっけ。

芸能人もプロ野球選手もホスト業も、華やかで儚い商売。スポットライト、カクテル光線やネオンなど、光源の違いはあっても成功すれば脚光を浴びることに変わりはない。ゴツいGクラスは場違いじゃないのか。

画像: 凄まじい豪雨に見舞われた取材だったが、それだからこそGクラスが備える力強さと安心感を心の底から味わうことができた。

凄まじい豪雨に見舞われた取材だったが、それだからこそGクラスが備える力強さと安心感を心の底から味わうことができた。

手を抜く余地のない目標、当初はパートタイム4WD

よく知られているように、Gクラスがヨーロッパで最初に成功を収めたのは、軍用部門だった。

1975年に、当時のダイムラーベンツの大株主だったイランのモハンマド・レザー・パフラヴィ国王が「メイド・バイ・メルセデス」の軍用クロスカントリービークルに大きな関心を示し、2万台もの大量発注をしてきた。

だが、イラン向けの2万台が、生産されることはなかった。アヤトラ・ホメイニ師率いるイラン・イスラム革命によって樹立した新政府が、注文をキャンセルしたからだ。

幸い、その後にドイツの地方警察と税関からの400台、アルゼンチンやノルウェー軍、さらにはスイス軍からの4000台の大口受注があったという。

また、これもよく知られていることだが、Gクラスは当時のオーストリアのシュタイヤ・ダイムラー・プッフ社(現マグナ・シュタイヤ社)とダイムラーベンツの共同開発作業によって生み出された。

シュタイヤ・ダイムラー・プッフ社とは、オーストリアの4輪駆動車専門メーカーで、「ハフリンガー」や「ピンツガウアー」といったオフロードビークルを製造していた。

現在のように、SUVなどという言葉すらまだ存在せず、ジープやランドローバーなどのオフロード4WDを目的もなくタウンユースするような酔狂な人もいなかった。だから、そこに新しいマーケットがあるのかどうか不明で、ダイムラーベンツは単独での巨額の投資をためらったのだろう。

1972年に、両社が一般ユーザー向け軽量4輪駆動オフローダーの共同開発合意書にサインしたことから、Gクラスのプロジェクトが始まり、両社の製品企画担当者やエンジニア、デザイナーなどの開発チームはミーティングを重ねた。

それによると、彼らはGクラスを純粋のクロスカントリービークルでもなく、4輪駆動走行が可能な乗用車(当時はほぼ皆無だった)でもない「これまでにない幅広い能力を持つクルマ」に作り上げることにした。

具体的には、軍隊や企業の業務に応えられる堅牢性と信頼性を備え、極悪路を走破できるオフロード性能を持ちながら、他方ではパッセンジャーカーとしての快適性や安全性もおろそかにしない、という欲張りな内容だ。

シュタイヤ・ダイムラー・プッフ社が所有しているオーストリア・グラーツ郊外の山中にあるシェックル・テストコースをはじめとして、北極圏からサハラ砂漠まで、世界中でテストが繰り返された。そして、1979年、グラーツに建設された新工場でGクラスの生産が始まった。

小規模な変更や追加などを頻繁に繰り返してきたが、途中で最も大きな改変は、463シリーズと呼ばれるフルタイム4輪駆動方式を採用したモデルの追加だ。

463シリーズは1989年9月のフランクフルト自動車ショーで発表された高級版で、フルタイム4WDと併せてABSやエアバッグ、ウッドパネルが貼られたインテリアが備わっていた。

ABSやウッドパネルぐらいで高級版と言われてもズッコケてしまうが、当時はそれだけスタンダード版のGクラスが簡潔で質素な内容だったのだ。

1986年にGクラスの累計生産台数が5万台を超え、1987年に463シリーズの企画を開始したと資料にあるから、販売台数が増えるに連れて、Gクラスの性能やデザインはそのままにした高級版を求める声がマーケットから多く寄せられるようになっていったのだろう。

460、461シリーズと呼ばれるスタンダード版は並行して生産され、各国の軍隊や林業、土地測量、調査などのヘビーデューティユース、各種の商業利用などに変わらず用いられていた。パートタイム4輪駆動方式を採り、装飾を廃した必要最小限のインテリアだった。1992年から「グリーンライン」と呼ばれるようになり、ヨーロッパ全土とアメリカで軍用車として利用されている。

フランス軍用には、プジョーが製造した「P4」と呼ばれるGクラスが納められていた。キャンバスのソフトトップとドア、開閉できないプラスチック製ウインドウを備えた完全な軍用車だ。

強固なフレームとシャシを備えたGクラスだから、ボディはどんなものでも載せることができた。現在、日本ではスタンダード版は販売されていないのだが、需要は必ずあると思う。

画像: 元々は機能重視の簡素なインテリアだったが、時代の流れとともに見栄えもグレードアップされた。取材車にはオーダーメイド感覚で選べる「デジーノ」パッケージが装着されていた。

元々は機能重視の簡素なインテリアだったが、時代の流れとともに見栄えもグレードアップされた。取材車にはオーダーメイド感覚で選べる「デジーノ」パッケージが装着されていた。

自力で切り開いていく精神、信じるべきものは我にある

G55AMGロングは、高級版の463シリーズの最高峰にあたるモデルだ。476psを発生するスーパーチャージャー付き5.5L V8を搭載している。

ボタン式のドアノブが古臭い気がするが「カチンッ」という金属と金属が確実に結合された音は、最近のメルセデスから聞くことはできない類いのものだ。音だけでなく、開閉の感触も、確実で明確だ。

スロットルペダルの開け閉めに連動した、エンジンの排気音と振動がシャシとボディに共鳴する。鋼の共鳴が、長く尾を引く。

ペダルが長大なので、小さな足と華奢な靴で付け根部分だけを踏んでいると、スロットルは渋々としか反応してくれない。支点から遠いところを意識して踏む必要がある。

ブレーキペダルとの段差も大きい。右足をスロットルからブレーキに移すのも「ヨッこらしょ」という感じだ。

さすがに高級版の463シリーズ、それも「デジーノ」パッケージのレザートリムを備えている取材車だけあって、車内は豪華に設えられているが、操作部分は完全にひと昔前のメルセデス・ベンツで、とても懐かしくてホッとする。

最大トルクは700Nmもあるから加速は十分以上だが、ロールが大きいのでコーナー手前でしっかりと減速して臨む必要がある。

最近の、スタビリティコントロール+電子制御エアサス任せの馬鹿ッ速いSUVとは、走りっぷりはひと味もふた味も違う。ポルシェ カイエンやレンジローバー スポーツなどは、クルマに任せているのが一番速く、安全に走れるが、このクルマはが運転に「参加」しなければならない。

もちろん、ESPや4ETS(4輪エレクトロニック・トラクション・サポート)、ブレーキアシストなど最新の走行安全システムを備えている。だが、それらのシステムには、自分でできることを行ってからでないと頼れない気がしてくる。

現代のメルセデス・ベンツとも、他のSUVとも違ったクルマを運転している感覚がとても強い。

武骨だが、単に古いということでなく、クルマとドライバーの関係性が現代のクルマと違うからではないか。ドライバーに、まだ完全に運転の主導権が残されていた時代の考え方で作られたクルマだ。そこに、昔のメルセデスの失われた魅力を重ね合わせる人もいるだろう。ミニやランドローバー ディフェンダーなどとも通じる、虚飾を廃した機能優先のスタイリングも魅力だろう。

芸能人やプロ野球選手、あるいはホスト氏のような、己の身体と才覚で人生を切り開いていく人にウケているのも頷けてくる。彼らにしてみれば、これほど頼りがいのあるクルマは他にないのだろう。(文:金子浩久/Motor Magazine 2006年12月号より)

画像: ダッシュボード中央上部には、センター/リア/フロントの順で作動させられるデファレンシャルロックのスイッチが備わる。

ダッシュボード中央上部には、センター/リア/フロントの順で作動させられるデファレンシャルロックのスイッチが備わる。

ヒットの法則

メルセデス・ベンツ G55 AMG ロング 主要諸元

●全長×全幅×全高:4530×1860×1950mm
●ホイールベース:2850mm
●車両重量:2460kg
●エンジン:V8SOHCスーパーチャージャー
●排気量:5438cc
●最高出力:476ps/6100rpm
●最大トルク:700Nm/2650〜4000rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:4WD
●0→100km/h加速:5.6秒
●最高速度:210km/h
●車両価格:1606万5000円(2006年)

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