ローマのキャッチフレーズは「新甘い生活」
スクーデリアフェラーリが設立されて90周年を迎えた2019年は、フェラーリにとってまさに歴史的な1年となった。まず、ロードカーの販売台数が史上初めて1万台を超えて1万131台を記録。加えて1年間で5台のニューモデルを発表したこともフェラーリにとっては初の試みだった。2019年にベールを脱いだのはF8トリブート、SF90ストラダーレ、812GTS、F8スパイダー、そしてローマの5台。ここではローマとF8トリブートという2台のV8モデルを取り上げることで、フェラーリの現在と未来について考えてみたい。
フェラーリといえばV12エンジン、と即答するファンは少なくないだろう。では、V12エンジンに対するV8エンジンの位置付けとはどのようなものなのか?一見すると複雑そうに見えるフェラーリのポートフォリオであるものの、実はエンジン形式とモデルのキャラクターという視点で捉えると、意外にもシンプルな構成であることに気づく。
ここでポイントになるのが「スポーツカー」と「グランドツアラー」の違いである。端的に言えば、スポーツカーは短距離走が得意なスプリンターで、グランドツアラーはロングドライブで最良の一面を見せるモデルと考えればいい。そしてフェラーリは、スポーツカーとグランドツアラーを実に明確に区別しているのである。
V12モデルでいえば、812スーパーファストは「妥協なきスポーツカー」と説明されているが、同じV12モデルでもGTC4ルッソは「スポーティなグランドツアラー」と位置づけられている。
一方のV8モデルでは、F8トリブートを「新しいミッドエンジンスポーツカー」と紹介するが、ローマのことは「新しいミッドフロントエンジン2+クーペ」と呼び、スポーツカーには分類していない。ローマと近い関係にあるコンバーチブルモデルのポルトフィーノも「新しいV8 GT」との位置づけ。つまりローマとポルトフィーノはどちらもグランドツアラーと見ていいことになる。
続いて同じV8モデルのローマとF8トリブートについて、さらに掘り下げてみよう。19年11月にイタリアの首都ローマで行われた発表会において、ニューモデル「ローマ」のキャッチフレーズは「NuovaDolce Vita(ヌオーヴァ ドルチェ ヴィータ)」つまり「新甘い生活」と説明された。
「甘い生活」は1960年に公開された映画で、ローマで暮らす上流階級の人たちのユニークな日常を巨匠フェデリコ・フェリーニ監督が描いた名作である。そんな古典的作品とフェラーリのニューモデルの間に、どんな関係があるというのか?
フェラーリといえば、スポーツカーにしてもグランドツアラーにしても、走りの性能が真っ先に話題になる。しかしローマの狙いは少し異なっていて、「富裕層のライフスタイルに似合うクーペモデル」として企画された。もっとわかりやすくいえば、「ミリオネアが普段遣いするのに相応しいクルマ」ということであろう。
裕福なオーナーが日常の足として使うなら、他のフェラーリのようにスポーティさを前面に打ち出したデザインよりも、控えめでエレガントなスタイリングの方が好ましい。もちろん上質さも重要だが、この点、フェラーリであれば心配は無用。さらにいえば市街地で快適な乗り味も欲しいところだ。その一方で、たくさんの人数が乗れる必要はないが、買い物やちょっとした手回り品を置くのにリアシートはあった方が便利だろう。ローマは、こんな風に発想されたモデルなのである。
とはいえ、ノーズに「カヴァリーノランパンテ(跳ね馬)」を戴く名門の出身であるからには、パフォーマンスを軽視するわけにはいかない。そこでV8ツインターボエンジンには最新のチューニングを施してポルトフィーノ+20psの最高出力620psを達成。コンバーチブルのポルトフィーノとは異なりフィックスドクーペとなるため、車重が72kgも軽い上に、ボディ剛性では曲げ方向で7%、捻り方向で14%もポルトフィーノを上回っているという。さらに見逃せないのがトランスアクスル方式のギアボックスで、SFストラダーレと同じ最新の8速DCTを搭載。軽量化と低重心化を同時に達成したのである。
フェラーリのテクニカルオフィサーであるミハエル・ライタス氏によれば、F1マシンと基本構造が同じだというこの新型ギアボックスはかなり高価だとのこと。このために、ローマの価格はポルトフィーノを上回っているが両車はほぼ同列で、ギアボックスの違いは「新しい製品にはより新しいテクノロジーを投入する」というフェラーリの原則が生かされた結果と捉えられる。
フェラーリV8ミッドシップスポーツの集大成がF8トリブート
続いてF8トリブートについて紹介しよう。モデル名の「F8」は、V8エンジンを積んだフェラーリのスポーツカーを指す。また、トリブートは英語のトリビュートと同じで「賛辞」「感謝の印」の意味。
フェラーリは、V8ミッドシップスポーツモデルの源流が1975年デビューの308GTBにあると定めており、そこから数えて40年以上になるV8スポーツカーの歴史を称えるモデルとして、F8トリブートを発表したのだ。つまり、フェラーリV8ミッドシップスポーツの集大成がこのF8トリブートなのである。
ハードウエアのベースは前作の488GTBで、エンジンは構成的には488GTBと同一だが、吸排気バルブのリフト量を増やしたり排気バルブが開いている時間を拡大するなどして吸排気効率を改善。
エキゾースト系をインコネル製として軽量化を図るとともにパイプ径の拡大で背圧を低下させたほか、ターボチャージャーにスピードセンサーを設けて過給圧制御をより厳密に行うなどした結果、最高出力は+50psの720ps、最大トルクは+10Nmの770Nmを達成。40kgの軽量化とあわせて0→100km/h加速2.9秒(488GTB:3.0秒)、0→200km/h加速は7.8秒(同8.3秒)を実現した。
シャシ面では空力効率が10%も向上しているほか、最新の電子デバイスであるフェラーリダイナミックエンハンサー「プラス」を搭載。高精度な制御により、限界領域のコントロール性を改善したとフェラーリは主張する。
私はF8トリブートをフィオラノテストコースやマラネロ周辺の公道で試乗したが、とりわけ印象的だったのが滑りやすい路面でのドライバビリティで、タイヤの滑り始める過程がわかりやすいほか、操舵系のリニアリティが高いために修正を行いやすいなどのメリットが認められた。また、スタビリティコントロールの進化も著しく、従来はリアタイヤがスライドする以前にトラクションコントロールを効かせてこれを防止していたのに対し、F8トリブートでは横滑り自体を制御してスロットル操作への介入が減った結果、ドライバーがコントロールできる余地が増え、ファントゥドライブ性が向上したと評価できる。
では、今後のフェラーリV8はどのような方向に進んでいくのだろうか?19年に発表されたSFストラダーレは「フェラーリのフラッグシップとして君臨する初のV8モデル」と説明された。F40もV8モデルだったが限定生産なので、カタログモデルとしてはSF90ストラダーレが初となるという認識のようだ。SFストラダーレはプラグインハイブリッドのパワートレーンを搭載しているので、ついにフェラーリにもダウンサイジングとハイブリッド化の波が押し寄せた、と見ていい。
となれば、現状のV8モデルはどうなるのか?フェラーリはすでにV6エンジンを追加すると言明している。ただし、その場合でもパフォーマンス面での後退は許されないはずだから、ハイブリッドシステムが組み合わされると考えるのが自然。一方でV12は今後もラインナップされるほか、早ければ21年にも初のSUV「プロサングエ」がデビューする。つまり、ラインナップは今後も拡大されていく、ということになる。マラネロがアクセルペダルを緩める気配は、どうやらなさそうだ。(文:大谷達也)
■フェラーリ ローマ主要諸元
●全長×全幅×全高=4656×1974×1301mm
●ホイールベース=2670mm
●車両重量=1570kg
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●総排気量=3588cc
●最高出力=620ps/5750-7500rpm
●最大トルク=760Nm/3000-5750rpm
●駆動方式=FR
●トランスミッション=8速DCT
●車両価格(税込)=2682万円
■フェラーリ F8トリブート主要諸元
●全長×全幅×全高=4611×1979×1206mm
●ホイールベース=2650mm
●車両重量=1435kg
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●総排気量=3902cc
●最高出力=720ps/8000rpm
●最大トルク=770Nm/3250rpm
●駆動方式=MR
●トランスミッション=7速DCT
●車両価格(税込)=33280万円