レーシングスペックが奢られたメカニズム、500台に満たない生産台数など、希少モデルとしての価値は、数多の名車たちを凌ぐと言っていい。そしてなによりも、BMWスーパースポーツ「M」の哲学の源が、そこにある。Motor Magazine誌の連載企画「スーパーカーFile」から「BMW M1」を紹介しよう。(Motor Magazine 2020年9月号より)

80年代当時のレーシングカーそのもののメカニズム

現在のBMW M社、BMW AG の100 % 子会社として1972年に設立された「BMWモータースポーツ社」によって最初にプロデュースされたクルマがM1。初めてのMモデルである。

そもそもはグループ4、あるいはシルエットフォーミュラと呼ばれたグループ5のレース車両にするべく計画された。サーキット用のマシンを一般公道でも乗れるものに設えたのだ。エクステリアは、当時新進気鋭のジウジアーロが率いるイタルデザインに依頼。エンブレムを後ろに2個付けるという、奇抜なアイデアも盛り込まれた。

直列6気筒を、リアアクスルの前に縦置きするというMR方式の少量生産のスポーツカーの製造は難しい。そのため、BMWは後に多くのレーシングマシン、フォーミュラカーを製造することになるダラーラに委託。当時のフォーミュラカーなどと同じ手法で、鋼管スペースフレームを採用した。

角形の鋼管で骨格を作り、そこで走りによって起こる応力をすべて受け止めるというものだ。そのため、アウターパネルは軽量なFRPで作ることができた。もちろんエアロダイナミクスにも配慮、アンダーボディには平らなパネルが貼られ、空気抵抗を減らすだけでなくダウンフォースも確保できるようになっている。

サスペンションは前後ダブルウイッシュボーンで、フレームの最適な位置に接続。ウイッシュボーンのA型アームの底辺のスパンが長く、コーナリング時に強い力を受けてもアライメントの変化が起こりにくい設計が特徴だ。

エンジンはM88型3.5L直列6気筒で、DOHCに6連スロットル、機械式インジェクターが組み合わされる。そのメカニズムはまさに、当時のレーシングマシンそのもので、最高出力は277ps/6500rpmを発生した。

画像: 最高速度は、262km/hを達成。もともとシルエットフォーミュラへの参戦を前提としたフォルムは実にシャープだ。

最高速度は、262km/hを達成。もともとシルエットフォーミュラへの参戦を前提としたフォルムは実にシャープだ。

生産台数わずか477台。希少車としても価値あり

本格的な製造が始まるとシャシはドイツ国内のバウア社に委託された。その後イタルデザインでFRPボディの組み立てとペイントが施され、最後はミュンヘンで走行系のパーツがアッセンブリーされる。ドイツとイタリアを行ったり来たりの製造では効率は良くない。そのため連続する24カ月間に400台生産するというグループ4の規則を満たすことは、かなり難しかった。

実際に1976年から開発がスタートし、77年に試作車が走り出し、78年のパリサロンでお披露目するところまでは早かった。しかし400台目のラインオフは80年になった。81年に生産が終了するまでの台数はわずか477台(※編集部注:諸説あり)でしかない。それが希少車として、M1の価値を上げている。中古の事故車なのに7000万円という価格を見たこともある。もちろん売値と買値の違いがあるし、相場なので一概には決め付けられないが、投機の対にもなり得るモデルなのだ。

さらに希少なのは「M1プロカー」という追加仕様である。79年から80年にかけてF1の前座レースとして「プロカーレース」というワンメイクレースが行われたが、そこに出場するために造られた。太いタイヤを履くために前後に大きなオーバーフェンダーを備え、ロールケージが入り、エンジンもパワーアップされた。当時、F1レースで走っていたトップドライバーも参戦したため、注目を集めた。

今回のモデルは市販タイプだが、乗り込んでみればヒップポイントとアイポイントの低さに、しっかりレーシングカーの匂いを感じる。なにしろ全高は1140 mmしかないのだ。ミッドシップに直列6気筒エンジンを縦置きで搭載しているので、ドライバーの位置はフロントアクスルに寄っている。

コクピット内にホイールハウスが大きく張り出して来ているため、それを実感できる。両足は、ホイールハウスの右側に押し込むようにしてペダルを踏み込む感覚。それでもペダルスペースの一番左にはフットレストがあるので、コーナリングでも踏ん張りが効く。

ギアは5速(もちろんMT)だが、1速が左手前のレーシングパターンだ。ニュートラルで軽くレバーが動く範囲からさらに左に強く引き(左ハンドルだから)、後方に動かすことにより1速に入る。リバースは1速の位置より左に引いてから前方に押し出す。

クラッチペダルを踏み込み、キーをひねってセルモーターを回すと、掛かるか掛からないか心配する前にエンジンが目覚めた。かなり調子の良いエンジンだ。40年前のクルマとは思えないほど、アイドリングも安定している。

ギアを1速に入れてクラッチをミートさせる。多板クラッチは唐突に繋がって発進がなかなか難しいはずだが、M1の場合はなかなか扱いやすい。アクセルペダルを踏み込まなくても、クラッチペダルを戻してきて半クラッチにできればスルスルと動き始める。さすがに3.5Lのトルクは、低回転域でもゆとりがある。

画像: インターフェイスは機能性重視のシンプルなデザイン。着座位置は低くレーシーなポジションとなる。5速MTはレーシングパターンを採用している。

インターフェイスは機能性重視のシンプルなデザイン。着座位置は低くレーシーなポジションとなる。5速MTはレーシングパターンを採用している。

BMW NAエンジンの原点。パワーの盛り上がりが快感!

走り始めれば、シフトするのが実に楽しい。ゲートがはっきりしている上に、シフトリンケージの剛性が非常に高いからだ。エンジンは、さすが直列6気筒。回転が上がるほどに芯が出て微振動もなくなっていく感触と、回転上昇に合わせてパワーが盛り上がる感じが気持ち良い。エキゾーストノートも楽しめる。久しぶりに乗ったNAのBMWエンジンは、原点の良さが感じられた。

アイドリング時にはそれなりの振動がシートに伝わってくるが、エンジンマウントが薄いか、リジットに近いためだろう。これもレーシングカーっぽいところだ。ブレーキはペダル剛性は高いが、踏力は現代の乗用車と比べると重い。それでも踏み込んだ分だけ効いてくれるし、コントロール性もあるのでなかなか良い。

ハンドルは重い。とくにパーキングスピードでの重さはフロントにエンジンが載っていて、パワーアシストがないモデルのようだった。ただ、走り始めれば剛性感もしっかりしているし、ニュートラルに小さな遊び感はあるものの、基本的には操舵角に従ってヨーが出てくれるので扱いやすかった。

サーキットを走るとやはりMRらしく、重心位置が後ろ寄りという基本ポテンシャルが感じられる。それでも前が軽くてフラフラする感じにはならず、落ち着きがあるので気持ちがいい。

ガソリンタンクはふたつ。給油口も左右にある。左右のタンクは連結していないので、同量のガソリンを入れなくてはならない。合計でなんと116L入るらしい。M1は20世紀の傑作の1台だが、21世紀の今でも、満タン分を使い切るくらいじっくり乗ってみたい、と思わせるクルマだ。(文:こもだきよし)

画像: M88型は、BMW初のDOHCユニット。低重心を実現するために、潤滑系はドライサンプ仕様となっている。後にM5などに搭載されたS38型は、同機の進化版。

M88型は、BMW初のDOHCユニット。低重心を実現するために、潤滑系はドライサンプ仕様となっている。後にM5などに搭載されたS38型は、同機の進化版。

■BMW M1(1981年型)主要諸元

●全長×全幅×全高=4360×1824×1140mm
●ホイールベース=2560mm
●車両重量=1300kg
●エンジン= 直6DOHC
●総排気量=3453cc
●最高出力=277ps/6500rpm
●最大トルク=330Nm/5000rpm
●駆動方式=MR
●トランスミッション=5速MT

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