2004年に日本で発売が開始されたキャデラックSRXは、「変貌するキャデラック」を象徴するようなモデルだった。Motor Magazine誌では2007年春、連載企画の「プレミアムカーのこころ」で、マイナーチェンジされたばかりの新型キャデラックSRXを取りあげた。今回はその模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年7月号より)

インパクトが大きかったル・マン24時間参戦

ここ10数年間でのキャデラックの変貌ぶりは、目覚ましい。

変貌は、3つあった。まずは、モータースポーツへの本格的取り組みだ。2000年のル・マン24時間レースLMPクラスにワークスチームを送り込んだのを皮切りに、以後、アメリカン・ルマンシリーズやIMSA、SCCAなど、さまざまなカテゴリーのレースに参戦している。

常に何らかの形でモータースポーツにコミットメントしている自動車メーカーとは違って、キャデラックの2000年のル・マン24時間参戦はインパクトが大きかった。

その50年前の1950年に「クーペ・デビル」でル・マン24時間に出場した歴史を持つものの、キャデラックからサーキットをイメージする者は、誰もいないだろう。キャデラックが期待される姿とは、アメリカの高級車として豪華に、エレガントに振る舞うことだったからだ。

「キャデラックは、何かを行おうとしている」サルテサーキットのピットレーンで、シルバーに輝く「ノーススターLMP」を眺めながら、僕はキャデラックの狙いがどこにあるのか図りかねていた。「いったい、キャデラックの狙いはどこにあるのか?」

ル・マン24時間のプレスカンファレンスでは、当時のキャデラック・ブランドの責任者であるジョン・F・スミスが、次のように参戦理由を述べていた。

「キャデラックが世界、特にヨーロッパ市場に進出するためには、モータースポーツによる訴求が重要な役割を果たす」

さまざまなカテゴリーのレースでGMと一緒に戦ってきた、ライリー・アンド・スコットというアメリカの一流どころのレーシングカー・コンストラクターと提携して、マシンを製作したが、残念ながら目覚ましい成果は挙がらなかった。それでも、キャデラックはル・マン24時間制覇を諦め切れず、コンストラクターを代えたりして挑戦を続けたが、勝利をつかむことはできなかった。

2007年シーズンも、SCCAの「スピード・ワールド・チャレンジGTシリーズ」に3台のCTSVとワークスチームを送り込み、積極的なモータースポーツ活動を推し進めている。セブリングでの開幕戦では、ローソン・アッシェンバッハが2位に入賞した。

もうひとつのキャデラックの変わりぶりは、製品のデザイン戦略を一新したことだった。「アート・アンド・サイエンス」というキャッチフレーズを掲げ、イメージの革新を目論んだ。

「エヴォーク」というコンセプトカーに始まった「アート・アンド・サイエンス」なる造形コンセプトは、全盛期のジョルジェット・ジウジアーロ以上のパキパキ折り紙細工デザインで、鋭いエッジとフラットな面、縦長のヘッドライトユニットなどが特徴だった。

それまでは、長大なボディに小さめのグリーンハウス、細長いテールライトなど、どこから見ても伝統的なアメリカ車そのものだったキャデラックが、突然変異的に一新されたものだから、ビックリした。

エヴォークのデザイン要素と特徴は、新しく投入された小型セダンCTS、セヴィルの後継STS、電動ハードトップ付きラクシュリー・オープン2シーターXLRに敷衍されていった。

その後、キャデラックのコンセプトカーは、「イマージュ」、「シックスティーン」と発表され、「アート・アンド・サイエンス」調は以前ほどエキセントリックではなくなった。適度に角が丸められ、暖か味が差してきた。

画像: 「シグマ・アーキテクチュア」と呼ばれる乗用車用FRプラットフォームをベースに、AWD機構を組み込んだSUVとして登場。

「シグマ・アーキテクチュア」と呼ばれる乗用車用FRプラットフォームをベースに、AWD機構を組み込んだSUVとして登場。

変わることへの挑戦、その意外さと積極性

これらのコンセプトカーと同時期に発表されたのが、キャデラック初のSUV「エスカレード」だった。

ライバルのフォードが、自身のラグジュアリーブランド「リンカーン」から「ナヴィゲーター」や「アヴィエーター」などのSUVとピックアップトラックの「ブラックウッド」などをヒットさせ、フォード・ブランドからも大型SUV「エクスカージョン」をヒットさせているのを追撃する形で送り出されたのが大型SUVのエスカレードだ。

エスカレードは大きなボディと迫力あるスタイリングによってヒットした。ボディを延ばし、デッキを設けた、EXTというピックアップトラックも台数を稼ぎ、両車を併せて、一時はアメリカで最も販売台数の多いキャデラックだったほどだ。

だが、エスカレードは、もともとはシボレー・サバーバンやGMCユーコンなどと共通のシャシを持った三つ子車である。キャデラックの上組みと関連するが、国際商品化だ。

変貌の3つめは、ほとんどアメリカだけで販売していたキャデラック(というか、アメリカ車のほとんど)を積極的にヨーロッパや中国などで販売していこうという姿勢を示したことだ。

また、エスカレードの成功から、アメリカ以外の地域でもキャデラックのSUVを広く売っていこうと考えたのだろう。現実的なサイズのSUV。それが、SRXではないか。

キャデラックのここ10年間の変貌ぶりを端的に体現しているのが、SRXに思えてならない。

エスカレードほどバカでかくなくても、SRXは現代のSUVの平均からすれば、十分に大きい。全長4965mm、全幅1850mm、全高1710mm。2955mmというホイールベースは、STSと同一。同一な理由は、SRXがSTSやCTSに用いられているGMの後輪駆動車用プラットフォーム「シグマ・アーキテクチュア」を採用しているためだ。

つまり、エスカレードがトラックベースのシャシを持つのに対して、SRXは乗用車のシャシを発展させているのだ。

キャデラックによれば、SRXも「アート・アンド・サイエンス」の造形センスが折り込まれているそうだが、XLRやCTS、STSなどとはずいぶんと趣を変えている。

特に、SRXの側面はグリーンハウスに前後方向の抑揚が付き、さらにボディ中心に向かって絞り込まれているように見える。この躍動感ある造形が、とても魅力的だ。

ボディサイズほどに大きさを感じさせず、いかにもクルマらしい。四角四面で造形に動きの見えない他のアート・アンド・サイエンスとは大違い。

そのSRXがビッグマイナーチェンジを受けた。変更点の主なところは、オートマチックトランスミッションの6速化、右ハンドル版の追加、インテリアの改良だ。センターデフを介して前後輪にトルクを配分する4輪駆動システムには変更はない。

日本で販売されるSRXには、3.6L V6と4.6L V8の2種類のエンジンが搭載されている。また、65万円(!)ものオプションだが、電動格納式の3列シートも用意されている。

画像: 「ノーススター(北極星)」という名のキャデラック用4.6L V8エンジン。とても滑らかで力強い。

「ノーススター(北極星)」という名のキャデラック用4.6L V8エンジン。とても滑らかで力強い。

優しいという好ましさ、求めるのは独自の調和

乗り込んでみると、マイナーチェンジ前のSRXとの印象の違いが大きい。その理由は、インテリアのデザインと素材遣いが改められたことによって、質感が大いに向上したことだ。先代は、「アート・アンド・サイエンス」というコンセプトによって、意あって力足りずという印象が否めなかった。今回の改変によって内容が伴ってきた。

6速化の効果も顕著だ。高速道路での100km/h巡航でのエンジン回転数は1500rpmに過ぎない。1500rpmしか回っていないから、静かなこと。角張った大きなボディは空気抵抗が大きいので、風切り音が騒がしくなるはずなのだがうまく抑えられている。だからSRXでの高速巡航は、静かで快適だ。

レクサスLSやクラウンの上級車種が標榜する、「無音化を志向する静けさ」ではなく、さまざまなノイズのハーモニー(と言うのもヘンだけれども)を調和させた静粛性の高さだ。ナチュラルで好ましい。

どこか特定の部分を突出させるのではなく、あらゆるものが高いレベルでバランスされている。一見すると、個性が弱そうに感じられるが、そうではなくて、一台のクルマとして調和が取れているのだ。

この好印象は走りっぷりからも得ることができた。エンジンのトルクは、アイドリング域から十分に太く、レスポンスも良い。トランスミッションはマニュアルシフトモード付きだが、強いエンジンブレーキが必要な時だけ使った。

ハンドリングも、いかにもアメリカ車らしい鷹揚さを残しているが、それが全体にマッチしている。ポルシェ・カイエンやレンジローバー・スポーツのような鋭さは持ち合わせていないが、自然で柔らかい。

試乗車の20インチタイヤと「マグネティック・ライド・コントロール」を備えたサスペンションも分をわきまえていて、ロールをホンの少し抑え、乗り心地に締まりを少々与えているのが効果的に働いている。

スポーツカー並みのペースで走ろうとするヨーロッパのSUVたちとは違って、SRXの走りっぷりは優しい。オンロードとオフロードでの走行性能だけを突出させているSUVが増えていく中にあって、SRXは独自の道を行っている。

SRXはバランスの取れた走りっぷりと快適性、上質な仕上げを第一に追い求めている。それは、今までのキャデラックが一貫して求めてきたものだ。この10年間のキャデラックの改革に成否が下されるのには、もうしばらく時間が掛かるだろうが、SRXがその成果のひとつであることは間違いない。

SRXをSUVとして見るのではなく、新しい時代のキャデラックとして捉えれば、その実力と価値が自ずと明らかになるだろう。(文:金子浩久/Motor Magazine 2007年7月号より)

画像: インテリアのデザインと素材が改められ、質感が大きく向上。ATは6速となり、右ハンドルも設定された。

インテリアのデザインと素材が改められ、質感が大きく向上。ATは6速となり、右ハンドルも設定された。

ヒットの法則

キャデラック SRX 4.6 主要諸元

●全長×全幅×全高:4965×1850×1710mm
●ホイールベース:2955mm
●車両重量:2060kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4564cc
●最高出力:324ps/6400rpm
●最大トルク:420Nm/4400rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●0→100km/h加速:7.4秒
●最高速度:225km/h
●車両価格:758万5000円(2007年)

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