偉大なエンジンと偉大なボディデザイン
2018年のル・マン24時間でトヨタが悲願の初優勝を遂げ、続く2019年も連覇を達成したことは記憶に新しい。今回は20世紀末、ル・マンの頂点を目指して開発され、ガソリンエンジンの最終章を飾った国産LMP(ル・マン プロトタイプ)マシンの登場だ。
1989年、日産はル・マン用マシンとしてR89Cを開発。ローラ製の車体に、エンジンは自社製の3.5LのVRH35という、勝負に出た仕様だった。1990年のル・マンには改良型のVRH35Zを積んだ7台ものR89Cと90CKが出走したが、ジャガーとポルシェの壁は厚く、当時の日本車&日本人最高の5位獲得にとどまった。しかし予選トップタイム、本戦最速ラップ、直線最高速を記録。ハイパワーと信頼性は高い評価を得た。
1991年のル・マンに向けて、幻のR383以来20年ぶりの自社開発車体/R91CPを投入する。VRH35Zは最高回転数とブースト圧をアップした予選仕様をテストしていたが、最高出力は推定1200psといわれ、富士スピードウェイでは推定400km/hを記録。F1を超えたハイパワーに「日本一速い男」の異名を持つ星野一義と同僚の長谷見昌弘は、「乗るのには覚悟が必要」という逸話を残している。無論、最高出力でレースを走るわけでなく、レース時は800ps以下で使ったという。
しかし1991年、ル・マンはレギュレーションでターボを禁止。さらに日産は、業績悪化で参戦が困難になった。1992年、R92CPは国内耐久選手権の6戦全勝と、デイトナ24時間の優勝という輝かしい戦績を残しながら、ル・マンを走ることはなかった。
時は流れて1998年。トヨタは6年ぶりにワークス体制でル・マンに戻った。このとき登場させたのがGT-One TS020だ。衝撃的デザインのマシンは同時に物議を呼んだ。というのも、当時のル・マンは市販車ベースのマシンに限定していた期間で、前衛的なフォルムの怪物マシンがGTと言えるのか?と、ファンや他チームの攻撃対象となった。しかしトヨタはル・マンの規定を完全かつ正確に解釈しており、参加は認められた。
アクの強いTS020のデザイナーは、フランス人のアンドレ・デ・コルタンツ。1991年からのNA(自然吸気)化に伴って「カウルを被ったF1」と呼ばれる形態が生まれ、その代表的傑作車プジョー905(1992/93年のル・マン総合優勝)をデザインしたのが彼だ。
1994年以降、事実上グループC=ワークスマシンが撤退して以来、眠っていたコルタンツの新構想を現実化させたマシンこそTS020といえる。
F1で主流だったハイノーズこそ採用していないが、フロントウイングとノーズコーンを一体化したフロントカウルに始まり、コクピットは限りなくシングルシート化された幅の狭い形状で、ドアは申し訳程度しか開口しない。コクピット両側は、フロントカウルを大胆にえぐり取ったエアスクープから吸気する空気が、ラジエターを抜けターボまで続くダクトとなっている。フロントフェンダー内側は切り取られ、タイヤが見えていた。
前衛的なフロント部とは対照的に、リアは低く薄く滑らかに整形され、低ドラッグの手本のような美しい造形を持つ。搭載エンジン、3.6LツインターボのR36V-Rは600ps程度に抑えられていたが、出場車中最強のものであることはタイムが物語っていた。深紅の怪物は2年連続参戦したが優勝には届かず、またもトヨタはル・マンでのワークス活動を休止する。
しかし、TS020の与えた影響は、今日のLMPマシンまで脈々と受け継がれている。(文 & Photo CG:MazKen/取材協力:トヨタ自動車、日産自動車)
※1991/92年のR91CPとR92CPは、カウル形状が若干異なるだけの同形式。1998/99年を戦ったTS020も同じ。
■日産 VRH35Z エンジン諸元
●型式:水冷・90度V型 8気筒/4バルブDOHC
●排気量:3496cc
●ボア×ストローク:85×77mm
●ツインターボ(IHI製 RXー6)
●最高出力:800ps以上/7600rpm
●最大トルク:80kgm以上
■トヨタ R36VーR エンジン諸元
●型式:水冷・90度V型 8気筒/4バルブDOHC
●排気量:3496cc
●ボア×ストローク:85×77mm
●ツインターボ(IHI製 RXー6)
●最高出力:800ps以上/7600rpm
●最大トルク:80kgm以上