2008年、全長3mを切る超コンパクトカー「トヨタiQ」が登場した。軽自動車より短い全長ながら3人+1人乗車を可能とし、1Lエンジンで10・15モード燃費は23.0km/L。「パッケージ革命を起こした、これまでにないコンパクトカー」にMotor Magazine誌も注目。その新しい価値、真価はどんなところにあるのか。先駆者であるスマートと乗り比べながら、iQの本質に迫っている。ここでは登場間もなく行われた試乗テストの模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2009年1月号より)

あくまでもトヨタ車の一員として誕生したコンパクトカー

全長わずかに3m足らずというマイクロコンパクトぶりが最大の特徴のトヨタiQ。このモデルが、パッケージングの構築に際してスマートに何らかのインスパイアを受けたであろうことは想像に難くない。

もちろん「スマート」とは、1997年の初代モデルの欧州デビュー当初はシティクーペ、その後にはフォーツーを名乗った例のスーパーコンパクトなモデルを示している。実際、iQ開発の責任者は、かつてイタリアのとある空港へと降り立った際、そこにスマート専用の駐車場を発見したことが超コンパクトな4シーターモデル開発へと背中を押されたきっかけのひとつとも述べている。

駐車難を代表とした都市部での交通問題を解決するため、その占有面積を何とか最小限のものにしようと、まずは「2.5mという全長の中で何ができるか」という考え方からすべてのプログラムがスタートしたのが、スマートのプロジェクト。一方、かくも大上段へと拳を振り上げたスマートに比べると、iQは「いかにもトヨタ車的」だ。

確かに、全長3m未満という特徴は共有。が、iQの全幅はスマートよりも10cm以上も広く、ほとんど5ナンバーサイズの規格一杯という値だ。そしてそれは「これがトヨタ車だから」という理由からでもあるはず。生産は既存の設備が最大源に活用され、実際にその組み立てラインは輸出用のカローラと共有。iQのための新規開発アイテムも「後続各モデルへの展開の可能性を配慮した設計」が図られているに違いない。

すなわち、そこからはスマート開発の際のような「独善」は許されなかったことが読み取れる。よもや2シーターなどというシーティングや、RRという駆動系レイアウトも論外であったに違いない。iQよりも10年以上も早くリリースされたスマートが、大きな話題を獲得しつつも商売の上では大苦戦を強いられたことを知るトヨタが、それと同じ轍を踏むはずもないのである。

未来に向かって「マイクロコンパクトワールド」を築こうと画策したスマートと、あくまでもトヨタ車の一員として誕生したiQとは、かくして「似ずに非なる存在」という関係が成立するということになる。

画像: 現代的なデザインのなかに落ち着きと高品質感を兼ね備えたインテリア。マンタをイメージしたという三角デザインのセンタークラスターが広さを演出する。HDDナビシステムはオプション設定(32万7600円)。

現代的なデザインのなかに落ち着きと高品質感を兼ね備えたインテリア。マンタをイメージしたという三角デザインのセンタークラスターが広さを演出する。HDDナビシステムはオプション設定(32万7600円)。

全幅の大きさがもたらすメリットとデメリット

そんなiQに乗り込んでみる。惜しいのは、2ドアボディの中に3+1のシートレイアウトを成立させた結果、日常シーンでの乗降性に明確なマイナスの結果をもたらしてしまっている点だ。

iQの全幅は前述の通り、ほとんど5ナンバーサイズの規格一杯。しかも、後席へのアクセスも考慮したドアは長く大きいから、ドアオープンの際に必要な横方向へのスペースはその分大きくならざるを得ない。これは当然、コンパクトさを売り物とするiQというモデルにとっては大きなハンディキャップとなる。

相対的に縦長のドア形状で、わずかに開いた隙間からほぼ立ち姿勢のままにスッと乗り降りできるスマートとの乗降性の差は明白だ。例えばドアの開放に伴って外側にせり出す特殊ヒンジを使えば、乗降性の問題はある程度克服が可能であったはずだし、そうしたところに知恵とコストをかけるべきが自ら「マイクロプレミアム」を謳うモデルではないだろうか。

一方、そんなiQで感心なのは、やはり何とも巧みなそのキャビンパッケージだ。そもそも、前面衝突時の安全性確保のためにスマートがリアエンジンのレイアウトを採用せざるを得なかったのに対し、iQは工夫を凝らしたフロントエンジンレイアウトで対応。スマート比30cm足らずの全長のアドオンで大人3人がストレスなく乗り込める空間を捻出したワザは、見事な技術の勝利という以外にない。

フットワークのテイストは、路面や走行速度の違いによる印象差が大きい。基本的には車両サイズを忘れさせる滑らかさを味わわせてくれる半面、首都高速道路のように継ぎ目が続くシチュエーションをそれなりの速度で通過すると上下Gがかなり強く、時にピッチングモーションも気になるレベルだ。

「パッソと同じユニットを用いた」というために安っぽいスターター音は興ざめだが、アイドリング時の滑らかさは頑張った。3気筒エンジン特有の音色は耳に届くものの、スマートでは少々気になるバイブレーションは巧みにシャットアウト。電子制御式の液体封入マウントも採り入れた「贅沢な」パワーパックの支持方法が大きな効果をもたらしたことは想像に難くない。

画像: 前席シートバックを薄型にして後席スペースを確保。運転席ニーエアバッグ、助手席シートクッションエアバッグなど全部で9つのエアバッグを標準装備。

前席シートバックを薄型にして後席スペースを確保。運転席ニーエアバッグ、助手席シートクッションエアバッグなど全部で9つのエアバッグを標準装備。

走り出しの力強さは、正直あまり感心はできないレベル。きつい上り坂発進では1人乗り状態でもいささかの動きの鈍さを感じるから、フル積載状態でエアコンが働いたりしていれば物足りなさを覚える人も少なくないだろう。より俊敏なダッシュ力を期待するのであれば、2009年中に登場と噂される1.3Lモデルを待つのが賢明そうだ。

一方で、感心させられたのはその直進安定性の高さで、これはまさに「わずか2mというホイールベースを忘れさせてくれる水準」。多少の横風にもビクともしないライントレース性の高さは特筆ものだ。ただし、そうした落ち着きを演じるために、ハンドリング特性は強めのアンダーステアに躾けられている。むろん、タイヤにタップリとしたグリップの余力が残る日常シーンではその傾向を意識させられることはまれだが、高速道路出口ランプのタイトなコーナーや山岳路では、そうした性格の持ち主であることは知っておくべきだろう。

iQの走りの個性がもっとも輝くのは、実はUターンなどステアリングを大きく切り込んだ場面。内側後輪を軸にクルリと回る感覚は、スマートのそれとも大きく異なる。「内輪差を意識せずにステアリングを大きく切り込むのがこれほど楽」だと再認識させられた。

ちなみに、高速直進安定性という項目ではやはりスマートは少々辛い。トラックと並走状態になるだけで乱流によって進路を大きく乱された初代モデルに比べれば、新型は格段の進歩だが、それでもiQのような磐石な安定感は持ち合わせていないことを実感させられてしまう。

すなわち、いずれにしてもより耐候性に富んだグランドツアラー的なキャラクターは、この2台ではiQの方が遥かに高いことはハッキリしている。それでも、「iQで500km先までひとっ走りする気になるか?」と問われれば、それはちょっと遠慮をしておきたいというのが率直な気持ち。が、とにかく「一人前の自動車としての資質はスマートよりも高い」と表現することができるのがiQというモデルである。

画像: 快適とまでは言えないものの、大人が座っても見た目ほど狭く感じない不思議なリアシート。助手席後ろならば膝まわりに若干の余裕もできる。

快適とまでは言えないものの、大人が座っても見た目ほど狭く感じない不思議なリアシート。助手席後ろならば膝まわりに若干の余裕もできる。

ところで、そんなiQの資質というのは、兄貴分であるヴィッツと比べた場合にはどのような関係になるだろうか?

トヨタ発の革命児として生を受けたiQも、さすがにファーストカーとしての機能性ではヴィッツにはかなわない。iQの場合、法的には4名乗車が可能であるとしてもその状態では「事実上、荷物はまったく積めない」という物理的な制約が存在するゆえだ。3名乗車は無理なくこなしても、それもフロントパッセンジャー側のシートを極端に前出ししての状態。となると、それはiQにとって一種のテンポラリー=一時的な使用状況と受け取るべきだろう。

一方、こうなると今度はそんなヴィッツとiQの間に生じた「価格の逆転現象が気になる」という人も現れそうだ。「小さい方が高価とはナニゴトか!」と、当然そうした声も上がろうということだ。

しかし、iQやスマートが実現した「超」の文字が付くコンパクトさには、それなりの「原資」が必要となっている。たとえば、iQには専用の駆動レイアウトや特殊なデザインの空調システムが開発されているし、スマートのボディ骨格はどう考えても他車には流用が効かない。

iQの場合、そこは「トヨタの一員」であるだけに、そうしたアイデアはいずれ他のモデルへと展開され、結果としてコストダウンが進むことも当然予想はされる。が、現時点ではやはりそこには「技術凝縮のための相当のコスト」が掛かっていると受け取るべきだろう。そして、それが自らのライフスタイルに合致していると判断されれば、そんな製品は多少の割高感が伴っても受け入れてもらいたい、というのがトヨタの本音であるに違いない。

トヨタに期待したいのはソフトウエアの整備

しかし同時に、そんなiQというモデルを世に提案したトヨタには、是非とも「そうした提案型商品を日本でも生かせるような環境づくり」にも一役を買って貰いたいと思う。

たとえばスマートの市場導入に際しては、ヨーロッパのさまざまな市町村単位でカーシェアリングの導入が試みられ、ドイツ・シュツットガルト市では観光局とタッグを組んでタクシーよりも安価な観光地めぐりを実施しようとした実績も存在する。また、DB(ドイツ鉄道)とのコラボレーションによって低料金で人とクルマを輸送するというプロジェクトが仕掛けられたとも聞いている。

ところが、残念ながらトヨタに関しては、iQ導入に際してその種の働き掛けが行われたという話題は日本はおろか欧州でもまったく耳に届いてこないのだ。

それでも、スペースさえ見つければ都市部でも合法的に駐車が可能な地域では、「全長が短い」というだけで大きなユーザーメリットを生み出してくれる。ところが、基本的に都市部の路上駐車は禁止という日本ではその恩恵にも預かれないし、ましてや「軽自動車」というカテゴリーにのみ大きな恩典制度が与えられている現状では、自動車税に関しても「全長3m未満」のおいしさは何もないということになってしまう。

もしもトヨタが、iQというハードウエアの投入だけで日本市場でのプロモーションを終わらせるとすれば、「欧州向けに開発したモデルを、ついでに日本市場にも投入しただけ」というイメージが付きまとうことは免れない。だからこそ、この日本最大のメーカーにはiQというモデルの特長を生かすためのソフトウエアづくりの分野にも、ぜひ努力を積んでもらいたいと思うのだ。

例えば、全長3m未満のモデルに対して、駐車禁止の適用除外区域の制定。あるいは、バスレーンの走行許可というような運用が可能になったりすれば、実際にiQを所有するメリットが一気に高まるというユーザーは少なくないだろう。税制面も同様で、例えば走行時の実燃費/CO2排出量の少なさで累進的な課税を行えば、本来そこでは過給器付きの軽自動車より安価な税金でなければつじつまが合わないのがiQというモデルの真の実力でもある。

端的に言って、現時点では「その特長を日本では生かしきれない」のがiQ。そしてそうしたことは、スマートでもまったく同様!というのは、これまでの日本でのスマート販売実績を見ても納得できる事柄だ。

iQというモデルが今後日本でその真価を発揮することができる否かは、この先のインフラづくりにかかっているといっても過言ではない。iQがこれまでのコンパクトカーと異なるのは、そうした夢を見せてくれる大きなポテンシャルを秘めているという点にもある。(文:河村康彦/写真:永元秀和)

画像: 通常助手席前にあるエアコンユニットを小型化しセンタークラスター内に収納したことで助手席インパネを大きく削り、足元スペースを拡大。オフセットして座ることで後席左側乗員の膝スペースも確保している。

通常助手席前にあるエアコンユニットを小型化しセンタークラスター内に収納したことで助手席インパネを大きく削り、足元スペースを拡大。オフセットして座ることで後席左側乗員の膝スペースも確保している。

トヨタ iQ 100X レザーパッケージ 主要諸元

●全長×全幅×全高:2985×1680×1500mm
●ホイールベース:2000mm
●車両重量:890kg
●エンジン:直3DOHC
●排気量:996 cc
●最高出力:50kW(68ps)/6000rpm
●最大トルク:90Nm/4800rpm
●トランスミッション:CVT
●駆動方式:FF
●燃料・タンク容量:レギュラー・32L
●10・15モード燃費:23.0km/L
●タイヤサイズ:175/65R15
●車両価格(税込):160万円(2008年当時)

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