誰もが力を引き出せる扱いやすい走りが魅力
真価を発揮するのは、路面の良いワインディングロードだ。硬く感じられたサスペンションは、思い切ってコーナーに飛び込んでいくとちょうどいい案配に。大きめのピッチングとローリングを伴いながら、しかしそれによって4輪をビタッと接地させて、安定したまま走り抜けることができる。タイヤの違いも大きいのだろう。ギガとのコーナリングスピードの差は歴然で、意図的にアンダーステアやオーバーステアを出そうとしても、姿勢は簡単には乱れない。しかも、いざ挙動変化を誘うことができたとしても、ソリッドな動きのおかげでグリップ限界をさまようのははるかにラクという具合だ。
ちなみに「SPORT BOOST」スイッチを押すと、電動パワーステアリングの操舵力もグッと重くなる。ただし個人的には、前輪のグリップ感が掌にしかと伝わってくれば、軽いに越したことはないと考えており、あまり好ましいとは思えなかった。いろいろなモードがあるのは良いが、せっかくならば、それぞれ個別にセッティングできるようにしてほしいところである。
エンジンもフットワークも、アバルトのそれはベースとなったグランデプントが築き上げたものから大きく逸脱することはなく、全域においてそのレベルを底上げしたものと評することができそうだ。あるいはボーイズレーサー、それもイタリアンホットハッチへの期待値からすると、刺激が足りなく思える人もいるかもしれない。
実際のところ、昨年秋にイタリアで試したアバルト500も、似た方向性に躾けられていた。つまり新生アバルトが目指す境地は、こうした扱いやすく誰もが引き出せる高性能にある。そう考えて、まず間違いはないだろう。
このアバルト グランデプント、発表に際しては最高出力を180psまで高めてシャシをさらにレベルアップさせたesseesse(エッセエッセ)の遅れての投入も公表されている。要するに過激で刺激的という領域は、このエッセエッセが受け持つことになるのだろう。ちなみにエッセエッセとは「SS」のイタリア語読み。かつての500アバルトに存在した高性能モデルに与えられていた名だ。
小さなエンジンから大きな出力を生み出すイタリア製のマイクロロケット。そんな前提条件から勝手に思い描くのは、ピーキーで乗り手を選ぶマシンだ。しかし、いま目の前にある復活なったアバルトは、もっと間口の広い、そして懐の深い、現代的なハイパフォーマーに仕上がっていた。
「つまり軟弱ってこと?」 いやいや違うのだ。考えてみてほしい。そのパワーとトルクはベース車のほぼ倍になっている。それを、こんなにしれっと普通に走らせているのだから見くびってはいけない。アバルトの「マジック」は、形を変えて確かに息づいているのである。
このアバルトグランデプント、車両価格は270万円とアナウンスされている。その動力性能、そして走りがもたらす充足感からすれば、十分リーズナブルと言えるはずだ。もちろん今の若きクルマ好きには、まだこの値段では簡単に勧められはしないのも事実。
だが、それなら是非せめて気持ちの若い、あるいは僕のように少なくとも若いつもりでいるユーザーに、誇りを持ってそのステアリングを握ってほしい。コンパクトカーはガマンの選択じゃない。あえて乗りたいものなんだと、その颯爽とした走りで鬱屈した世間にアピールしてほしいと思うのだ。(文:島下泰久/写真:永元秀和)
アバルト グランデプント 主要諸元
●全長×全幅×全高:4060×1725×1480mm
●ホイールベース:2510mm
●車両重量:1240kg
●エンジン:直4 DOHCターボ
●排気量:1368cc
●最高出力:114kW(155ps)/5500rpm
●最大トルク:201Nm/5000rpm
●ブースト時最大トルク:230Nm/3000rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FF
●タイヤサイズ:215/45R17
●最高速度:208km/h
●0→100km/h加速:8.2秒
●車両価格:270万円(2009年当時)