既存事業の盤石化を図りつつ、新領域へチャレンジ
2021年4月、本田技研工業の新社長に就任した三部敏宏氏は、その就任記者会見でこうスピーチした。
「ホンダは人の描く夢を大切にし、常に本質と独創性に拘り続ける会社でありたいと思います。研究所は昨年から先進技術の研究に特化しており、環境負荷ゼロ社会と、事故のない社会の実現に向けた、先行技術の研究に取り組んでいます。そして、さらに次の夢として、モビリティを三次元、四次元に拡大していくべく、空、海洋、宇宙、そしてロボットなどの研究を進めています。先進・先端技術へのリソースはしっかり確保し、独創的な技術研究を強化していきます」
ホンダの新領域への取り組みがどういったものなのか、大きな注目を集めていた。
そんな中で公開された「新領域ビジョン・テクノロジー」に興味津々。もちろんまだ実用化されるわけではないが、ホンダがなにを考え、どういったことを開発しているか、紹介しよう。
ご存知のように、ホンダは幅広い製品を提供するモビリティカンパニーであり、創業以来、多彩なパワーユニットを通じて、人々に行動する「パワー」を提供し、移動と暮らしの進化に貢献してきた。そんなホンダがいま開発に着手しているのが、空の移動をさらに身近なものとするeVTOL(electrical Vertical Take Off and Landing=イーブイトール:電動垂直離着陸機)。
eVTOLは、水平方向に設置された8つのプロペラと垂直方向の2つのプロペラを持つ、さながら人が乗れる巨大なドローン。乗車定員はパイロットのほか4名を想定。いずれはパイロットを必要としない完全自動運転を目指すとしている。垂直離着陸が可能なので、広い滑走路を必要とせず、都市間の移動が快適に行えるとしている。
10個のプロペラを組み合わせることにより、快適でスムーズな飛行が可能となり、ローターを小径化することで街中で離着陸時の静粛性も実現できる。複数のローターを備えることで、万が一の際の信頼性・安全性も飛躍的に高まるというわけだ。
そこにはこれまで培ったきた電動化技術、複合制御技術、自動運転技術、空力技術、ホンダジェット、ホンダマリンなど自身のコア技術が生かされていることは言うまでもない。航続距離は都市間の400kmを想定しており、そのためにサスティナブルな燃料を使った小型軽量ガスタービンエンジンとジェネレーターを搭載する。ガスタービンは航続距離を伸ばすための発電用に採用されたもので、クルマのハイブリッドで言うところのシリーズハイブリッドに近いだろう。
ホンダでは、この eVTOLをコアに地上のモビリティと連携し組み合わせることで新たなモビリティエコシステムによる新価値の創造を目指すとしているが、完全自動運転車を組み合わせた移動サービスは大きな可能性がありそうだ。
eVTOLの実用化に向けた動きは始まっており、すでに模型による飛行実験を開始、早ければ2030年代にはアメリカで事業を展開したいとしている。
eVTOLはホンダの新領域チャレンジのほんの一端。今回の発表ではこのほか、ロボティクス技術を生かした多指ハンドと独自のAIサポート遠隔操縦機能を搭載した「アバターロボット(分身ロボ)」、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で開発を進める燃料電池技術と高圧水電解技術を生かした月面での循環型再生エネルギーシステム、再使用型の小型ロケットなども紹介された。
こうした先進領域の開発は、現在、本田技術研究所で行われている。本田技術研究所は本田技研工業とは別の独立した研究開発機関として知られているが、量産車に関する開発領域が増えてしまい新しい価値の創造に注力できていなかったことから、二輪や四輪などの量産車の開発は本田技研工業が行い、本田技術研究所は先進領域を中心に研究開発する組織に生まれ変わっている。