日本で新型シビックが発表されてから2カ月後、2021年10月19日、北米ホンダは新型シビックにSiモデルを投入することを発表した。日本では高性能なシビックと言えばタイプRばかりが注目されているが、実は1984年に3代目に設定された「Si」もまた、「RS」に始まったホンダスポーツスピリッツの正統を受け継いでいる重要なモデルだ。国内外でのその人気ぶりを振り返りながら、新しいSiの日本上陸への期待値を占ってみよう。まずは、日本市場でのSi事情から。

初めての「Si」は、特別なエンジンを積んだモデルであることの証だった。

画像: 3代目「ワンダーシビック」は、カジュアルハッチバックとして誕生。しかし、Siのハイパフォーマンスはサーキットでも楽しむことができ、モータースポーツでも活躍した。

3代目「ワンダーシビック」は、カジュアルハッチバックとして誕生。しかし、Siのハイパフォーマンスはサーキットでも楽しむことができ、モータースポーツでも活躍した。

「Si」とはSport Injectionの略から始まった、と言われている。最新の電子制御燃料噴射装置(ホンダPGM-FI)を採用していることを意味するように思われるが、その技術そのものは25-iなどに搭載されていた1.5L 直4SOHCユニットにも使われていた。

だからどちらかといえば「Si」は、DOHC16バルブ化も含めた特別なエンジンを搭載しているスポーツグレード、というイメージがある。そのエンブレムを初めて冠したのは、1984年からの3代目「ワンダーシビック」だったが、なんと言ってもウリは「F1テクノロジーの投入」だった。

画像: ロングストロークで低速域から太いトルクがあり、DOHCらしい吹け上がりも楽しめたZC型エンジン。バルブ挟角は約50度と実にコンパクト。F1直系のスイングアーム式バルブ駆動が効いている。

ロングストロークで低速域から太いトルクがあり、DOHCらしい吹け上がりも楽しめたZC型エンジン。バルブ挟角は約50度と実にコンパクト。F1直系のスイングアーム式バルブ駆動が効いている。

エンジンに関する技術だけでも、枚挙にいとまがない。4バルブ内側支点スイングアーム方式、異形中空カムシャフト、4連アルミシリンダーブロック、センタープラグにペントルーフ型燃焼室、等長インテークマニホールドやら4-2-1-2のエキゾーストマニホールドやらによる高回転、高出力化を徹底。さらに水冷多板式オイルクーラーによる信頼性の向上など、レース由来のハイレベルな技術が、市販モデルにふんだんに盛り込まれていたのである。

それはさしずめ、「タイプR」に匹敵するホンダならではのこだわり、と言っていいだろう。こだわりまくった結果、「ZC型」1.6L自然吸気エンジンは最高出力135ps/6500rpm、最大トルク15.5kgm/5000rpm(グロス値)を発生。1.5L SOHCユニットに対しては35ps、2.3kgmものパフォーマンスアップを果たしたのだった。

トヨタ4A-GEUとの最大の違いは、全域で豊かなトルク特性

画像: 4代目「グランドシビック 」Si。ホイールベースはCR-Xよりも200mm長く、挙動が穏やか。コーナーでの限界がつかみやすく、優れた操縦性を見せた。

4代目「グランドシビック 」Si。ホイールベースはCR-Xよりも200mm長く、挙動が穏やか。コーナーでの限界がつかみやすく、優れた操縦性を見せた。

当時、シビックのライバルと言えばやはりトヨタのレビン/トレノ(AE86=ハチロク)。すなわち「ZC型」のライバルはテンロク名機として不動の人気を誇った4A-GEU型1.6L直4DOHCユニット(130ps/6600rpm、15.2kgm/5200rpm)となる。世代的にはZC型の方が1年ほど若くスペックも上回っていたが、感性領域(わかりやすく言えば好みの問題だが)ではどちらも一長一短があり、このクラスのスポーツモデルを狙う若者たちを大いに悩ませた。

もっとも、実際に乗り比べてみると、ZC型の低速から豊かなトルク特性は体感的な速さで4A-Gを上回っていたように思える。ZC型は吹きあがりの軽快感やレスポンスも抜群、ハチロクに対して40kgほども軽いボディを生かした機動性は、とてもファミリーハッチバックとは思えないスポーティなものだった。「でもシビックってFFでしょ」という声もあったが、こと走らせる楽しさに関して、シビックSiがハチロクにひけをとっていたとは思えない。

画像: ショートホイールベースならではの高い機動性がCR-Xを操る醍醐味。ZCの全域で豊かなトルクによって、圧倒的なキビキビ感を楽しませてくれた。

ショートホイールベースならではの高い機動性がCR-Xを操る醍醐味。ZCの全域で豊かなトルクによって、圧倒的なキビキビ感を楽しませてくれた。

この時、Siグレードは3代目シビックの派生モデルとして新たに登場したCR-Xにも設定されている(パワーユニットは同じ)。さらに1985年にはプレリュードやアコード(エアロデッキ)、ビガーにも、2L 直4DOHCユニット(B20A型)を搭載した「2.0Si」がラインアップされる。また、プレリュードには2001年に生産終了となるまで、2.2Lまで排気量を拡大したF22B型を搭載するSiが設定されていた。

その一方でZC型はといえば、キャブレター仕様やSOHC版など、汎用タイプのバリエーションが展開されていった。「特別なエンジン」と言うにはやや微妙な立ち位置へと、変わっていったのである。

Si消滅。スマートなシビックに、高性能モデルは不要だったのか?

画像: 4代目グランドシビックに追加設定されたSiR。マイナーチェンジで前後バンパーやライトまわりのデザインを変更。ボディサイドには「DOHC VTEC」のロゴが入る。

4代目グランドシビックに追加設定されたSiR。マイナーチェンジで前後バンパーやライトまわりのデザインを変更。ボディサイドには「DOHC VTEC」のロゴが入る。

いわゆる「テンロクスポーツ」のカテゴリーは90年代に入っても活況で、ライバルの増殖や進化に対抗すべくシビックSiも進化し続けた。面白いのは、ライバルたちの多くが次第にスーパーチャージャーやターボなど過給機によるポテンシャルアップを厭わなくなっていったのに対して、この頃のSiは自然吸気であることにこだわり続けていたことだろう。

4代目「グランドシビック」では、1989年、新たにVTECを採用したB16A型1.6L自然吸気エンジンを搭載する「SiR系」を設定。最高出力160ps/7600rpm、最大トルク15.5kgm/7000rpm(ネット値)と、同時期のZC型を30psほど上まわるピークパワーを実現した。

画像: ZC型の事実上の後継機として驚異のリッター100psを達成したB16A型。全面新設計のテンロクエンジンだ。

ZC型の事実上の後継機として驚異のリッター100psを達成したB16A型。全面新設計のテンロクエンジンだ。

1991年、シビックは5代目「スポーツシビック」にフルモデルチェンジ。高性能モデルはSiR系に統一され、日本のシビックラインアップからZC型は姿を消す。B16A型は6代目「ミラクルシビック」まで搭載されていたが、2000年9月にフルモデルチェンジとなった7代目「スマートシビック」に「SiR」の設定はなかった。同じ頃には、CR-Xが1999年の生産終了までB16A型を、トルネオが2002年の最終型までF20B型を、それぞれに積んで「SiR」を称している。

ちなみにZC型(DOHC/PGM-FI仕様)は1985年にデビューしたクイントインテグラにも搭載されたが、グレード名は「GSi」とされていた。のちに3代目インテグラのB16A型搭載グレードが「XSi」となり、さらに1993年デビューの4代目では1.8L化されたB18C型搭載の「Si VTEC」が設定されている。

このB18C型は5速MT仕様で180ps/7600rpm、17.8kgm/6200rpmと十分な高性能を誇っていた。しかし1995年からインテグラに追加設定された「タイプR」に受け継がれた際には、200ps/8000rpm、19.0kgm/6200rpmを発生。この頃、高性能エンジンのメルクマールと言われていた「リッター100ps」のハードルを、ターボなどの過給機なしであっさり超えてしまったのだった。後編に続く。(文:Webモーターマガジン編集部 神原 久)

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