一見奇抜なデザインだったり、そこまでしなくてもと思うほどの走行性能だったり、使い切れないほど多機能だったり・・・こうした強い個性を持つクルマはこれまで数え切れないほど登場し、数年で消えていくこともあった。ここでは数ある星の中から1990年代〜2000年代に登場した「個性が強すぎる」国産車にスポットライトを当てて解説していこう。今回は、現在のヴェゼルに繋がるコンパクトクロスオーバーSUVのルーツ「ホンダHR-V」だ。

ホンダHR-V(1998年〜2006年)

ホンダHR-Vは1998年9月、「ワゴンでもクロカンでもない、アーバンクールなハイライダー」と謳って登場した。

正直、「何言ってんだか分かんないんですけど」と、突っ込みたくなるコピーだった。

画像: 全長×全幅×全高=3995×1695×1590mmとコンパクト。直線基調のフォルムも斬新だった。

全長×全幅×全高=3995×1695×1590mmとコンパクト。直線基調のフォルムも斬新だった。

ホンダは1995年に初のクロカン4WDであるCR-Vを投入し、シティ派クロカンとして人気を得ていた。車名からその延長線上かと思いきや、ちょっと様子が違っていた。

最低地上高は190mmとたっぷり取っているのに、全高は割と低めに抑えている。そして何よりも3ドアワゴンボディであることに驚かされた。まるでワンダーシビックがハイライダーになったかのような出で立ちだっただけに、「何に使うの?」という声が多かった。

ホンダは時としてそれまでの範疇にとらわれないクルマをリリースする。当時は一般的ではなかった車高を上げるハイライダー化もそうだったが、そこにはホンダの目論見があった。それは見下ろし感覚のドライビングポジションだった。

運転席のアイポイントを地上から1300mmとすることで得られる運転のしやすさ。これを20年以上前に具現化したのがHR-Vだったのである。

ベースとなったのはホンダ・ロゴだった。それだけに全長×全幅×全高は3995×1695×1590mmとコンパクトだった。全体としては直線基調のフォルムだったが、丸灯をデュアルで内蔵したヘッドランプ、ホイールアーチのオーバーフェンダー、スポーティなルーフレールスポイラー(オプション)など、HR-Vならではのアレンジが目を引いた。

エンジンは1.6L版直4SOHCで、FF用にLEV仕様の105ps、4WD用にVTEC仕様の125psを用意。トランスミッションは5速MTとホンダマルチマチックのCVTを組み合わせるが、デュアルポンプ式4WD+CVTはホンダ初のこととなった。合わせてHR-Vはホンダ初となる衝突安全ボディである「G-CON」を採用していたのだった。

日本では今一つ不人気だった3ドアが、ドイツでは大ヒット

先進性を盛り込んだHR-Vだったが、設定が3ドアのみだったりラゲッジスペースが285Lと少なめなこともあって、販売はいまひとつ伸びなかった。

画像: 高い最低地上高に、スタイリッシュな3ドアボディ。当時、すでにシティ派SUVが登場していたが、ホンダHR-Vのコンセプトはなんともユニークだった。

高い最低地上高に、スタイリッシュな3ドアボディ。当時、すでにシティ派SUVが登場していたが、ホンダHR-Vのコンセプトはなんともユニークだった。

そこで登場から1年も経たない1999年7月に5ドアを追加する。全長、ホイールベース共に100mm延長してのことだった。一方で最低地上高を175mmに下げ、ハイライダー度は控えめになっていく。

インテリアではフルフラットを可能としたフロントシート、リクライニング機構を設けたリアシートを採用して商品性をアップ。

この間、3ドアは輸出されて、特にドイツを中心としたヨーロッパで大ヒットする。デザインも含め、これまでになかった新しさが人気の要因だった。

その後、HR-Vはラインナップのさらなる充実が図られ、2001年7月の改良で、4WD専用だった125psのVTECエンジンをFFにも搭載。同時にフロントグリル内をハニカムに、前後バンパーを大型化したりしてイメージアップを図る。

そして2003年10月には最後のマイチェンを行い、フロントスポイラーを装備。これを機に3ドアは消滅する。そして2006年2月には販売終了となる。デビューから7年半、この間、販売台数は6万9000台を数えたのだった。

ホンダ初のクロスオーバーであるHR-Vの志は、2013年12月に登場のヴェゼルに受け継がれる。フィット・ベースによる優れたスペース効率を身に着け、大ヒット作となるのだった。(文:河原良雄)

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