それではV6+モーターの296GTBはどういったクルマに仕上がったのだろうか。日本上陸早々、試乗が叶った。(Motor Magazine 2022年9月号より)
SF90を凌ぐ「電動化フェラーリ」らしい新鮮な感動
スタートボタンを押してもエンジンはかからず、走り始めてからもエキゾーストノイズが聞こえないことに慣れた私たちにとっては、もはや珍しくないそうした体験も、ブランドがフェラーリとなった途端に印象が変わってくる。
厳密にいえば、フェラーリのPHEVはSF90ストラダーレで経験済みだが、日本にやってきたばかりの296GTBは、1000psのシステム出力を豪語するSF90ストラダーレよりもはるかに静粛性が高く、乗り心地も快適。したがって、電動車らしい新鮮な感動という面では、SF90ストラダーレを大きく凌いでいるように思う。
六本木を出発した私たちは渋谷から首都高3号線に合流。そのまま東名高速を西に向けて走ると、東名川崎インターチェンジを過ぎたあたりでエンジンが始動した。六本木からここまで、約19km。電動モーターにとって不利な高速道路主体だったため、欧州発表値の25kmには届かなかったものの、それでも早朝や深夜の住宅地を電気のパワーで走り抜け、近所迷惑にならない幹線道路までエンジンをかけずに辿り着けるなら、これほどありがたいことはない。
繰り返しになるが、296GTBの乗り心地はなかなか快適だ。足まわりの硬い柔らかいでいえば、間違いなく硬い部類だろう。
でも、路面のゴツゴツ感をうまく遮断してくれるうえに、足まわりから衝撃を受けてもその振動をボディがすっと静めてくれるので、まったく不快には感じない。引き締まっていて疲れにくい乗り心地の典型といえる。
名車250LMがモチーフのデザインはとても美しい
高速道路ではこの硬めのサスペンションがボディをフラットに保ってくれるのだが、296GTBを操る喜びはそれだけではない。新開発の120度V6ツインターボエンジンが驚くほどスムーズなうえ、回転を上げるにつれて背筋がゾクゾクするような快音を響かせてくれるのだ。
その滑らかなファルセットボイスは、低回転域のやや野太いサウンドからは想像もできないほど美しい。ちなみにマラネッロでは、このエンジンのことを「ピッコロV」と呼んでいるそうだ。120度クランクで等間隔爆発を実現したV6ユニットは、V12にも匹敵する美声の持ち主なのである。
今回はスケジュールの都合でワインディングロードを走る機会はなかったが、国際試乗会ではPHEV化に伴う重量増をまったく感じさせない軽快さを実感できた。その理由のひとつが、システム出力で830psを絞り出し、電動モーターがシャープなレスポンスを生み出すパワープラントにあるのは間違いない。いかなるときにもアクセルペダルの動きに即応し、1470kg(乾燥重量)のボディを軽々と加速させる力強さが、モーターやバッテリーの存在を忘れさせてくれるのだ。
そしてコーナリングではショートホイールベースと低重心設計(ここでも120度V6エンジンが貢献している)が俊敏なハンドリングを実現。軽めの操舵力も、そうした印象を一段と強調する役割を果たしている。
フラヴィオ・マンゾーニ率いるチームが描き出した美しいデザインにも心を奪われた。そのモチーフになったのは間違いなく250LMだが、優雅な曲面を複雑に組み合わせながら、結果としてシンプルな美しさを表現したその手腕には脱帽するしかない。とにかく、何時間眺めていても見飽きないスタイリングである。
フェラーリの開発ドライバーであるラファエル・ディ・シモーニは、過日、私にこんな話を聞かせてくれた。「V6がお客様にどう受け入れてもらえるかは、私たちも心配でした。ところが、最初は半信半疑だったお客様も、実際にハンドルを握ると皆さん喜んでくださいます。おかげでセールス面でも大成功を収めています」
どうやら、電動化時代に向けてフェラーリが好スタートを切ったことは間違いなさそうだ。(文:大谷達也/写真:井上雅行)
■フェラーリ296GTB主要諸元
●全長×全幅×全高:4565×1958×1187mm
●ホイールベース:2600mm
●乾燥重量:1470kg
●エンジン:V6DOHCツインターボ+モーター
●総排気量:2922c
●最高出力:610kW(830ps)/8000rpm
●最大トルク:740Nm/6250rpm
●トランスミッション:8速DCT
●駆動方式:MR