世界でもトップクラスの高齢化先進?国となった日本で、福祉車両が類を見ない進化を遂げつつある。先鋒を走るのはトヨタ自動車の「ウェルキャブシリーズ」。中でも新型シエンタに設定された「タイプIII」は、従来の福祉車両の常識を覆す新機能で介護をサポートしてくれそうだ。切迫したニーズがある、からこそ創意工夫が進む

ニーズがある、からこそ創意工夫が進む

2022年9月19日、「敬老の日」にあたって日本の高齢者の人口が3627万人に達したことが発表された。100歳越えの人口も52年連続で記録更新の9万人超。総人口の3割近くが「高齢者」となる日本は、世界有数の高齢化「課題」先進国となった。

画像: トヨタ自動車が公表した資料。外出機会を増やすことで→認知症リスクが減る→在宅介護の可能性が増える→施設介護が減る=国民負担も減る、というロジック。なかなかわかりやすい。

トヨタ自動車が公表した資料。外出機会を増やすことで→認知症リスクが減る→在宅介護の可能性が増える→施設介護が減る=国民負担も減る、というロジック。なかなかわかりやすい。

おかげで日本における福祉車両は、世界を見ても稀有なほど、独自の進化を遂げ高いクオリティを実現、普及してきた。たとえば昨年来、街中を走り始めたトヨタブランドの新車は、100台に1台くらいが福祉車両になっていると聞いて、ちょっとびっくりしないだろうか?

2021年度(2021年4­月~2022年3月)でのトヨタ(レクサス含む)の年間新車販売台数は136万1162台。同じ期間の福祉車両販売台数(トヨタ自動車発表)は、普通・小型車を合わせて1万1276台。レクサス入りでもおおよそ0.8%。トヨタブランドに限れば、おそらくは100台に1台という計算になるだろう。

これを、やっぱ多いじゃんと思うか、意外に少ないねと納得するかは、微妙。

ちなみに2019年度の統計比で普通・小型乗用車の福祉車両は2万1906台を販売しているのに対し、同時期のトヨタ系福祉車両は1万5799台売れている。割合的には実に、約72%を占める。一説によれば実質的には8割ほどと、トヨタのウェルキャブシリーズはそうとうなシェアを占めているのだ。

多彩なラインナップとともに、視点もユニークに

なんといってもこのウェルキャブシリーズ、ラインナップが豊富だ。ミニバン系だけでもアルファード、ノア/ヴォクシー、シエンタ、プリウスαと、サイズやキャラクターのチョイスが自由自在。いわゆるセダンタイプも、プリウス(PHV含む)、アクア、ヤリスに設定されている。なによりもハイエースを持っていることは、強みだろう。

画像: 新型シエンタ ウェルキャブシリーズの開発を担当した中川 茂氏(トヨタ自動車株式会社 CV Company CV製品企画 ZW主査 /Toyota Compact Car Company 製品企画 ZP 主査)。「現場の声」を積極的に聞くことが、「創意工夫」の大きな原動力になったという。

新型シエンタ ウェルキャブシリーズの開発を担当した中川 茂氏(トヨタ自動車株式会社 CV Company CV製品企画 ZW主査 /Toyota Compact Car Company 製品企画 ZP 主査)。「現場の声」を積極的に聞くことが、「創意工夫」の大きな原動力になったという。

それにトヨタは近年、より身近な魅力を開拓することに非常に力を入れている。たとえば新型ノア/ヴォクシーでは、車体設計の段階から福祉車両開発の要素も盛り込み、車いす用スロープを3列目シート下にきれいに折り込める機構を採用。福祉車両としてだけでなく、日常的に使い勝手のよい仕様を作り上げた。

しかも多くのグレードが持ち込み登録ではなく新車時から型式指定を取得していることは注目に値する。公的補助金は受けられないものの福祉車両向けの消費税部分が免除されることから、グレードによってはびっくりするほどわずかな実質負担額で、優れた利便性の恩恵を受けることが可能になっているのだ。

そして、3代目へとフルモデルチェンジを果たした新型シエンタでも、新たな創意工夫を施した福祉車両が設定されている。それが「車いす仕様車“タイプIII”」だ。

シエンタの便利さを損なわない、ショートスロープ仕様

シエンタ「タイプIII」の最大の魅力は、とっても短いスロープにある。「長いからこそ便利な機能が、短くなっちゃってどうするの?」と、思われるかもしれない。けれど、これこそまさに、現場の声と逆転の発想から生まれたユニークセールスポイントになっているのだ。

画像: リアハッチを開けると、バンパーと一体化したスロープ部分が飛び出す。右の輪がついたケーブルを引くと軽い力で元に戻る。張り出しもほとんどなく、荷物の出し入れを邪魔するものはない。ちなみに実測での奥行き(畳まれた2列目シートまで)は、約1700mmほどだった。

リアハッチを開けると、バンパーと一体化したスロープ部分が飛び出す。右の輪がついたケーブルを引くと軽い力で元に戻る。張り出しもほとんどなく、荷物の出し入れを邪魔するものはない。ちなみに実測での奥行き(畳まれた2列目シートまで)は、約1700mmほどだった。

現場の声=福祉タクシーのドライバーには、日ごろから大きな悩みがあった。たとえば、車いすに乗った高齢者をリアハッチから乗せる際に、スロープの出し入れは非常に時間がかかる。病院に迎えに行った際、雨が降ったりしていると、じっとしていられない高齢者も少なくないことなどを考えれば、できるだけ待たせる時間は減らしたい。

そこで、ワンタッチで開閉できるショートスロープ機構の登場だ。実質、ほぼ瞬時にスロープの出し入れができるこの機能は、非常に安心感があるという。

さらに、スロープを出して乗せる際には、車両後方にかなりの余裕が必要になる。2.5~3mほどの間隔が空いていないと、安全に乗降できないそうだ。実は福祉事業者に限らず、一般家庭で購入を考えている時に、このスロープ分のゆとりを確保できるかできないか、が大きな課題となっていた。

けれどシエンタ「タイプIII」のショートスロープタイプなら、その半分くらい間隔が空いていればいい。それはたとえばスーパーなどのあまり広くない駐車場でも、メリットとなるかもしれない。

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ストレスではなく「ライフスタイルの一部」に変えるツール

加えて写真を見ればわかるとおり、大きなスロープが飛び出していないので、車いすを載せない時の荷室が広く、しかも荷物の出し入れが妨げられることがない。短いながらもスロープがついていることで、自転車などの載せおろしは標準モデルのシエンタよりもラクチンかもしれない。

画像: 福祉タクシーのドライバーによれば、経験値として「段差」があるシーンは日常的にかなり多い。特に自宅の上がりかまちまでの高さは、時に300mmほどになる場合もあるという。190mmほどの段差なら、問題はなし。ちなみにスロープの耐荷重は200kgを確保している。

福祉タクシーのドライバーによれば、経験値として「段差」があるシーンは日常的にかなり多い。特に自宅の上がりかまちまでの高さは、時に300mmほどになる場合もあるという。190mmほどの段差なら、問題はなし。ちなみにスロープの耐荷重は200kgを確保している。

地上とスロープ床面との段差は190mmほどあるのだが、これくらいだと力を加えるコツさえ覚えれば「てこの原理」を生かして、意外なほど簡単に車いすを上げて載せることができるのだそうだ。実は長く緩やかな従来のスロープではスムーズに乗り上げさせるまでは良いものの、坂道を重量物を押しながら登るのはかなり不安定で力が要るという。

スロープの短縮やハッチ部分の開閉機構の簡略化(そもそもより軽量になる)によるコスト低減=お手頃価格も大きな魅力だ。タイプIIIの場合、助手席側セカンドシート付の仕様なら、持ち込み登録の必要がないこともあって、普通にグレードのひとつとして選ぶ感覚で購入を積極的に検討することができるだろう。

ここで、ちょっと話を戻そう。超高齢化社会によって特別養護老人ホームなど、施設における介護の需要が急増している。それは、高齢者本人だけでなくその費用負担を介護保険によって支えている一般の人たちにとっても今後、大きな不安要素となりかねない。

画像: 新型シエンタ「車いす仕様車‟タイプIII”」には、ハイブリッド(2WD車)のXと、ガソリン車(2WD)のG、Xが設定されている(すべて型式認定自動車)。助手席セカンドシート付が208万~246万9000円。たとえば写真の仕様(X ガソリン 5人乗り 2WD)の車両価格は、ベース車に対してわずか13万円のプラスの208万円。

新型シエンタ「車いす仕様車‟タイプIII”」には、ハイブリッド(2WD車)のXと、ガソリン車(2WD)のG、Xが設定されている(すべて型式認定自動車)。助手席セカンドシート付が208万~246万9000円。たとえば写真の仕様(X ガソリン 5人乗り 2WD)の車両価格は、ベース車に対してわずか13万円のプラスの208万円。

そんな環境の中、より身近な感覚で買える福祉車両は、施設介護から在宅介護へのシフトを容易にしてくれる可能性が高い。それに高齢者の場合、外出する頻度が多くなるほど認知機能障害などのリスクが減少するという統計もある。

さまざまなシーンで、シエンタの車いす仕様車「タイプIII」は、高齢者とともに家族が過ごす時間を「もっと気軽で楽しい」ものにしてくれそうだ。「介護」というライフスタイルに、ささやかだけれど大切な変化と革新をもたらすことになるのかもしれない。(写真:井上雅行、トヨタ自動車)

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